第70話 告白

 社交シーズンが終了した、その翌日。

 ほとんどの貴族が領地へとお戻りになる予定のこの日は、お義父様やマニエス様のお仕事もお休みなのだそうで。

 最近本当にお忙しそうだったマニエス様と二人、久々にガゼボでゆっくりとアフタヌーンティーを楽しんでおりました。


「本当は、久々にどこかに出かけたかったんだけどね」

「馬車がれつになっていると、お聞きしました」

「そうなんだよ」


 考えることは、皆様同じですから。領地へとお戻りになるために、この日ばかりは王都の外へ向かう馬車が列になるのだそうです。

 ちなみにシーズンが始まる前のほうが、比較的混まないのだそうですが。それでも王都入りする日を見誤ると、予定よりも到着が遅れることもあるのだとか。

 私はそもそも、デビュー前でしたし。ソフォクレス伯爵家は、基本的に王都でのお仕事が主ですから。私もマニエス様も、体験したことはなく。

 ただそれを聞いて、大変そうですねとお話しするだけで。あまり関係はないことだと思っていました。


「ようやく落ち着いたのに、二人で出かけられないなんてね」

「え? あ。私も、ですか?」

「そうだよ。僕と、ミルティア。二人でまた、美味しいものを食べに行こう」


 まさかそれが、こんな風に関わってくるとは。

 確かにそう言わてしまうと、何だかお出かけできないのが残念に思えてくるから、不思議です。


「今度はどこへ行こうか?」

「他にもまだ、行く場所があるのですか?」

「もちろん。まだまだ、連れて行きたい場所はたくさんあるからね」

「ふふ。楽しみです」


 初めてのお出かけも、初めての外食も。とっても楽しかったので。

 マニエス様が連れて行ってくださるのなら、きっとどこでも楽しめる気がします。


「僕も、ミルティアと一緒に行けるのが楽しみだよ」


 二人で穏やかに笑い合う、優しい時間。

 シーズンが終わる直前は、本当にお忙しそうにしていらしたので。ようやくゆっくりしていただけると思うと、私もホッとしてしまいます。

 そっとソーサーごと手に取って、カップを傾ければ。ちょうどいい温度で淹れられている紅茶が、喉を潤してくれました。


「……ねぇ、ミルティア」

「はい」


 その瞬間、この時期にしては珍しく少しだけ強い風が吹いて。私のミルクティー色の髪が、一瞬視界をさえぎります。

 一年前よりも、ずっと輝きを増したのは。きっと普段から、丁寧にお手入れしてくださっているからなのでしょう。

 そして風がおさまったあとも、少しだけ顔にかかったままの髪が気になったのですが。私が、それに触れるよりも先に。


「好きだよ」


 そう言いながら、マニエス様がそっと私の髪を払ってくださ――。


「……え?」


 え、っと……。すみません、今……。聞き間違い、でしょうか?

 きっとそうですよね。

 でもそれなら、マニエス様は今、何とおっしゃったのか……。


「僕は、ミルティアのことが好きだよ。一人の、女性として」

「…………っ……!?」


 き、聞き間違いではなかったのですか!?

 いえ、それよりも!

 そんな、急に……!


「ミルティア」

「っ!!」


 私が混乱している間に、マニエス様は私のすぐ目の前に膝をついて。


「どうか僕と、結婚してほしい。占いの結果の政略的なものじゃなくて、君自身の意思で」


 その金の瞳を真っ直ぐにこちらに向けて、真剣な表情で。

 そんな風に、おっしゃるので。


「えっ、あ……あのっ……」


 私はただただ、混乱したまま。


「おっ、お申し出は大変ありがたいのですがっ、そのっ……! お召し物が、汚れてしまいますからっ……!」


 そんなことを、口走ったのです。

 我ながら、何と明後日あさってな方向に回答しているのだと思わないわけではないのですが。この時の私は、それだけ冷静ではいられませんでした。


「……ふッ。ごめっ……、そうだね、汚れるね」


 けれどそんな私に、マニエス様はこらえきれなくなったように吹き出して。そのまましばらく、笑っていらっしゃいました。

 怒るでも、呆れるでもなく。

 ただ一言。


「ミルティアらしいね」


 なんて。本当に、楽しそうに笑いながら。


(ど、どうしましょう……!)


 それでも、決して立ち上がろうとはしてくださらないマニエス様に、私は何と返すべきなのか。

 立ち上がっていただこうと考えるあまり、本来お伝えするべきお返事にまで頭が回らないでいると。


「ミルティアに好きになってもらえるように、これから僕は頑張るから。だから一年後までに、答えが聞けたら嬉しいな」


 そんな風に、マニエス様がおっしゃるので。

 思わず。


「ちっ、違うのですっ……! 私はすでに、マニエス様をお慕いしております……! ですが、そのっ……」

「本当に!?」


 何も考えずに口走った言葉に、マニエス様が強く反応を示されて。

 そこでようやく、自分が何を口にしたのかを、理解したのです。


「あっ、あのっ、そのっ……」

「ねぇ、ミルティア。それ本当だよね? 嘘とか冗談とかじゃ、ないよね?」

「ち、違います! あ、いえ、そのっ……ほ、本当です! 信じてくださいませ!」


 焦りすぎた私は、もはや支離滅裂しりめつれつといいますか。果たして何に対して否定をしているのかすら、よく分からない状況になっていたのに。


「もちろん、信じるよ!」


 いつの間にか、マニエス様に抱きしめられていて。


「…………っ!!!!」

「そっか。……そっかぁ」

「んっ」


 耳元で聞こえてくる、嬉しそうなマニエス様の声が。くすぐったいのに、心地よくて。

 そして何より、恥ずかしくて。


「あ、あのっ……」

「今度、二人でお揃いのものを買いに行こう。ね?」

「っ……。は、はぃ……」


 穏やかだったはずの時間が、いつの間にか全く別のものになってしまって。使用人の皆様に、微笑ましそうに見守られていることにすら気が付かないまま。

 何とも微妙な形で告白してしまったのだと、私が気付いたのは。その日、ベッドに入った直後だったのです。






―――ちょっとしたあとがき―――



 締まらない告白が、どこか彼ららしい気がします(笑)





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