第69話 初めての居場所

「婚約式の日取りが決まった」


 大切なお話があると、お城からお戻りになられたお義父様に談話室に集められた私たちは。突然のことに驚いて、少しの間だけですが動きが止まってしまいました。

 一緒にお城に行っていらしたマニエス様だけは、一切の動揺を見せていらっしゃらなかったので。きっと、ご存じだったのでしょう。


「シーズン終了直後の、休日。陛下の御前にて、宰相さいしょう立ち合いのもと、この場にいる我々だけで行われる」

「まぁ!」


 嬉しそうな声をあげたのは、お義母様。その神秘的な黒い瞳は、どこかキラキラと輝いていて。

 けれど、私は一点だけ。どうしても気になってしまったのです。


「スコターディ男爵家は、参加しなくてもよろしいのですか?」


 本来婚約式というのは、お互いの当主と当人同士がサインをするものだったはずです。少なくとも、私はそう教えられました。

 なので片方の家が不在というのが、果たして許されることなのかと。疑問に思って口にした私に、とても申し訳なさそうな顔をしたお義父様が。


「すまないね。私やマニエスの顔を、あまり多くの人物に知られるわけにはいかないんだ」


 そう、説明してくださったのです。

 確かにお二人は外出される際、常にフードを被りお顔を隠していらっしゃいますし。何より、理由は以前お聞きしているので、私も理解しています。


(素顔を知る人物は、少ないほうが安全ですよね)


 少し残念ではありますが、ソフォクレス伯爵家の掟ですから。

 私は、この家に嫁ぐ身。であればスコターディ男爵家よりも、ソフォクレス伯爵家を優先すべきなのは当然です。

 何より大切にすべきなのは、お義父様やマニエス様の身の安全ですから。


「ただこれに関しては、男爵とも直接話をして理解を得ているよ。すでにあちらのサインはもらっているから、そこは安心して欲しい」

「そうだったのですね。ありがとうございます」


 お父様がご存じなのであれば、何も問題はありません。

 それなのに、私は。


「申し訳ありません。出過ぎたことを口にして」

「いやいや、そんなことはないよ。その疑問は当然のものだからね」


 ソフォクレス伯爵家が特殊なお家柄だと知りながら、私が口にした疑問は。ともすれば、大変失礼に当たるものだったにもかかわらず。


「それに、君はもうこの家の一員だ。素直に思ったことを口にするのは、家族として当然だよ。出過ぎたことなんかじゃない」


 お義父様はそんな風に、優しく声をかけてくださるのです。

 まだ正式な婚約すらしていない私に対して、家族だと。


「そうよ。ミルティアさんはもう、私たちの可愛い義娘むすめなんだから」


 お義父様もお義母様も、そうおっしゃってくださって。


(あぁ。私は、なんて……)


 幸せな場所に、今いるのでしょう。

 何のお役にも立てないのに、こんなにも優しい方々に囲まれて。受け入れていただいて。


「陛下の許可もいただいているから、まだ書類にサインをしていないというだけで、事実上の決定だよ。だからここはもう、ミルティアの帰ってくる場所なんだ」


 それは、つまり。

 私にも、初めての居場所ができたということ。


(こんなにも、あたたかい場所が)


 私の、帰ってくる家に、なるなんて。

 スコターディ男爵家にいた頃は、確かに血の繋がった家族はそこにいました。けれど同時に、私が本来いるべき場所ではなかったのです。

 私があの家で生活する時間が長くなればなるほど、ただ貧しさに拍車がかかるだけ。負担にしかならないのだと、私は理解していましたから。

 仕方のないことだと。早くいずこかへと嫁ぐことだけが、私にできることなのだと。ずっと、思っていたのです。


 けれど。


 ソフォクレス伯爵家の皆様は、私を家族だと。ここが、私の帰ってくる場所なのだと。そう、言ってくださっている。

 ようやく私にも、本当に居るべき場所が見つかったような気がして。


「ありがとう、ございますっ……」


 その言葉が、あたたかさが。何よりも、嬉しくて。

 あふれてくる涙を、止めることができませんでした。


「ミ、ミルティア……!?」

「あらあら、まぁまぁ」

「おやおや」


 慌てた様子で目元を拭ってくださったのは、マニエス様。

 そんな私たちの様子を、お義父様とお義母様が微笑ましそうに見ていたなんて。

 この時の私は、知るよしもなかったのです。





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