第68話 邪魔者は退場したよ -マニエス視点-

 話し合いは、思っていたよりもずっと落ち着いていて。

 もしかしたらそれは、スコターディ男爵家の長女がいなかったからかもしれないけれど。


「スコターディ男爵。我が国におけるソフォクレス伯爵家の重要性は、しかと理解できているか?」

「……はい、陛下」

「では、この手紙は?」

「その……。そちらは、私の知らぬ間に娘が出していたものでして……」


 それ以上に、陛下の存在が大きい。


(というよりも、大きすぎる)


 これは明らかに、陛下がソフォクレス伯爵家の味方だと言っているようなもの。

 しかもここでの発言は、全て記録係が残していて。

 当然、虚偽の発言などできるような雰囲気ではなかった。


「なるほど。娘の教育を間違えたか」

「はい……。お恥ずかしながら」

「……して、こちらの手紙は?」

「っ……」


 目に見えて怯えているスコターディ男爵は、自分の手紙を出されて少し目を泳がせていたけれど。

 結局。


「……王命にて、我が家の娘を差し出せとのことでしたので。考え直した結果、より教育の行き届いている娘のほうが良いのではないかと思い至り」

「あとからか?」

「その……当時は驚きのあまり、気が動転しておりまして……」


 嘘では、ないのかもしれない。実際、驚いてはいただろうし。

 ただ……。


(いらないほうを、差し出したんだろう?)


 それが、ミルティアだった。

 本当に最低限の教育しか施していない娘を、仮にも格上の家に差し出したわけで。

 それは、気が動転してたからじゃない。これ幸いと、捨てるも同然の気持ちで。喜んで選んだんだろう?

 自分の、意思で。


「なるほど。より家の利になる娘を手元に残しておきたかった、と。そういうことか」

「決してそのような……!」

「違うのか?」

「っ!!」


 否定をすれば、貴族として家のことを考えていないということになり。肯定すれば、王命を軽く考えていたということになる。

 どちらにしても、責められるのは同じこと。

 つまり、スコターディ男爵は選択を迫られているわけだ。貴族として、当主として。当時、どんな判断を下したのか。そして、今どう答えるのか。

 試されているとも、言える。


(……まぁ、答えられるのは片方だけかな。結果が出てしまっている以上)


 そもそもミルティアを差し出した時点で、王命を軽く考えていた証拠。つまり、家のためだと答えるしかないわけで。

 案の定。


「…………我が家の、存続を。第一に、考えておりました……」


 スコターディ男爵は、そう言って陛下に頭を下げた。

 ある意味、素直に答えたとも言える。実際そのつもりだったのだろうし。


「ふむ。まぁ、仕方のないことではあるか」


 そう、仕方がないこと。貴族として考えるのであれば、それは決して責めることはできない。

 ただし。


(証人をわざわざ作っているということは、噂を広めろと言っているようなもの)


 スコターディ男爵家が貧しくなったのは、先代の夫人のせい。それは男爵本人の口からも、調査の結果からも明らかにされていて。

 つまり。男爵家の現状に関しては、彼らに非はない。

 だから今回のことは、お咎めなし。


(とは、いかないよね)


 少なくとも、表面上はお咎めなしだろうけれど。実際は、窮地に立たされる。まず間違いなく。

 シーズン終了直前とはいえ、噂はあっという間に広がるだろうし。婚約者のいない男爵家の長女は、今後お相手探しに苦労するだろう。妥協する必要だって、出てくる。

 それでも。


(家格が上だから、だけじゃない)


 この国の貴族でありながら、唯一の占い師一家であるソフォクレス伯爵家を軽く見て、馬鹿にしたようなものだから。

 スコターディ男爵家は、国すら敵に回すところだった。それを考えれば、多少の苦労など安いものだろう。


(それにきっと、下手に重い罰なんかが課せられたら、ミルティアが悲しむ)


 彼女にはこれからもずっと、勘違いしたままでいてもらうつもりだから。

 愛されていなかった、なんて。そんな真実、伝えるつもりはない。


「スコターディ男爵家は、今後ソフォクレス伯爵家への一切の接触を禁ずる。それで手打ちとしてやろう」

「……陛下の温情おんじょうに、感謝いたします」


 今までと、何ら変わりはない。そういう意味では、本当にお咎めなしとも言える。

 確かにはた目からなら、最大限の温情に見えるだろうけれど。


(男爵家の長女にとっては、どうなんだろうね?)


 名前を覚える気すらない、オレンジ色のドレスを着ていた人物は。うるさいくらいに、まとわりついてきたけれど。

 今後それがなくなると思うと、僕としては嬉しい限りだし。

 もしそれで万が一にでも、また近付いてくるようなことがあれば。次は、きっと許されない。


(男爵自身は、意外とちゃんと貴族として振舞っているみたいだし)


 だからこそ、ミルティアのことも一切表には出てこなかったわけだから。

 おそらくもう、接触されることは二度とないし。何より男爵が、しっかりと目を光らせるはず。


(さすがに、邪魔者は退場したよ、なんて。ミルティアには言えないけど)


 でも僕の気分としては、まさにそれだった。

 それに。


「婚約式への出席は、必要ない。スコターディ男爵。今ここで、婚約式に必要な書類にサインを」


 陛下から差し出されたそれに、男爵はざっと目を通すと。


「……承知いたしました」


 文句ひとつ言わず、差し出されたペンを手に取って。迷いなく、サインをしてみせた。

 これでもう、あとは正式に婚約するだけ。


(待っててね、ミルティア)


 その前にもう一つ、僕はやらなければならないことがある。

 ちゃんと、僕の気持ちを。彼女に正直に伝えなきゃ。





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