第71話 正式な婚約
お義父様がおっしゃっていた通り、私とマニエス様の婚約式は、シーズン終了後の最初の休日に行われました。
実は今までの一年の間に、この日のためのドレスの準備までされていて。婚約式の内容も、どなたかにお見せするわけでもなく。
ただ
「それでは、ソフォクレス伯爵。サインを」
二つ置かれた、深い色合いの
先にお父様のサインがされていたからなのでしょう。お義父様だけが呼ばれて、その片方にサラサラとペンを走らせていらっしゃいました。
ちなみにお屋敷を出る際に、本来であれば両家がそれぞれ並ぶのですが、今回は全員が陛下と向かい合う形で座るように変更していると教えていただきました。
スコターディ男爵家からの参加が、私だけになってしまうので。それに対する
「ソフォクレス伯爵子息は、伯爵のサインの下に。スコターディ男爵令嬢は、男爵のサインの下に。それぞれ、同じようにサインを」
少ない人数とはいえ、陛下の御前である以上はお城の中の、とても広い一室を使わせていただいているので。緊張は、もちろんしているのですが。
それ以上に。
(これに、サインをすれば……)
私は、マニエス様の正式な婚約者になれる。そのことが、とても嬉しくて。
進行をしてくださっている宰相様が、私のほうを見て片方の台を手で指し示していらっしゃいます。
示されたそれに歩み寄れば、そこには確かにお父様のサインが。書類の内容は当然、正式な婚約についての説明と同意。
空白になっているのは、婚約者本人のサイン欄のみ。
その時ふと、隣の台の前に立つマニエス様に目を向けると。
(あ……)
下を向いたことで流れ落ちた銀の髪を、そっと耳にかけて。露わになったその顔は、口元は弧を描き。目元は柔らかく細められたまま、けれど視線はしっかりと用紙に向けられていました。
そんな、優しい表情のまま。一切の
むしろ。
(私と、同じで)
もしかしたら、この時をずっと待っていてくださったのかもしれない、と。幸せをかみしめているのかもしれない、と。
そう思えば、私も自然と笑顔になってしまうのです。
(迷いは、ありません)
婚約のお話をいただいた時に抱いたのは、ただただ感謝の念。それだけでした。
けれど、今は。
(私はずっと、マニエス様のお側にいたいのです)
こんな役立たずの私を、必要としてくださって。好きになってくださる方は、きっと二度と現れない。
何より、私がマニエス様のお隣を、誰にも譲りたくないのですから。
置かれていたペンを手に取って。私もまた、迷いなく空欄へとサインをしていくのです。
マニエス様の横に並んで、二人で未来を歩いていくために。
「今この時をもって、ソフォクレス伯爵子息とスコターディ男爵令嬢は正式な婚約者となった。両者にとって、共に歩む未来が輝かしいものであらんことを。……おめでとう」
最後の一言は、きっと定型文ではなかったのでしょう。宰相様のお顔は、とても優しいものでしたから。
こうして私とマニエス様は、正式な婚約を結ぶに至ったのです。
そう。この瞬間から、私は正真正銘マニエス様の婚約者。
「これからもよろしくね、ミルティア」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。マニエス様」
向かい合って、笑い合う。そんな日々が、これからも続きますようにと。
私は心の中で一人、そっと願うのでした。
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