第66話 国王陛下のお怒り -マニエス視点-

「なるほど。『嫁取りの占い』から一年、何の音沙汰おとさたもなく未だ婚約式を執り行おうとしない理由は、そういうことだったか」


 ソフォクレス伯爵家による国王陛下への謁見には、二種類ある。

 一つは、他の貴族の家と同じように、謁見の間にて行われるもの。こちらは周りに大勢の護衛や、場合によっては諸侯しょこうがズラリと並んでいたりする。

 そして、もう一つが。


「建国の時代より国に尽くしてきた、ソフォクレス伯爵家をないがしろにするとは。随分と腹立たしい者たちがいたものだな」


 陛下と、たった数人の護衛しか存在していない中。王城の中にある、陛下専用の貴賓室のソファに向かい合う形で行われるもの。

 まさに、今がそれだった。


「この手紙の内容も、ふざけているとしか思えん。いくら貧しい男爵家とはいえ、娘の教育にも問題がある」


 しかもどうやら、今回の件はかなりの大事おおごととして捉えてくださっているようで。

 全てを見透かすような青い瞳は、険しく細められながら。まるで射抜くかのように、テーブルの上の手紙に向けられていて。

 長年かけて蓄えられてきたのであろう、白く長い立派なひげを、先ほどからしきりに撫でていらっしゃる。

 国王陛下のお怒りは、かなりのものだった。


(特に髭を撫でていらっしゃる場合は、要注意だと)


 屋敷を出る前に、父上から教わった。

 陛下が髭を触るというのは、少し特殊な行動で。どうやら平静であろう、冷静になろうという心の表れなのだとか。

 逆を言えば、その行動が出てきた時点で相当お怒りなのだと思いなさい、と。

 基本的に普段は見ることのできない、こういった場所だけでの行動だからこそ。それに伴うお気持ちが本物なのかどうか、疑う理由すらなかった。


「して、どう考えている?」

「我が家の特権を、行使させていただきたいのです」


 問いかけられたのは、父上。だからこそ、その問いに答えたのも父上だったけれど。

 父上が言葉を言い終わると同時に、僕に向けられた陛下の目線の意味はきっと。


(最終確認に近い、何か)


 それは、覚悟を問われているのかもしれないし。一生に一度きりだからこそ、本当にいいのかという意思確認なのかもしれないけれど。

 どちらだったとしても、僕の答えはただ一つだけ。


「ただ一人きりと、心は決まっております。占いの結果に指定がなかったからといって、今さら婚約相手を変えるつもりは全くございません」


 僕の婚約者になるのは、将来の伴侶になるのは、ミルティアだけ。

 他の誰でもない。


「よくぞ言った!」


 僕の嘘偽りない本音を聞いた陛下は、それはそれは嬉しそうに頷かれて。


「姉妹だからどちらでもいいだろうと、そんないい加減なことがまかり通るはずがない。見え透いた嘘を乗せた言葉など、無意味でしかないのだ」


 机の上にある、ミルティアの姉だという人物からの手紙を、睨むように。底冷えしそうなほど、冷たい視線を向けられる。

 それはつまり、彼女が隠したかった意味を全て悟られているということ。

 僕でさえ読み取れたのだから、陛下に読み取れないはずがなかった。


「さて、ソフォクレス伯爵よ」

「はい」


 けれどなぜか、陛下は父上に。それはそれは楽しそうな、いい笑顔を向けて呼びかける。

 まるでこれから、良いことが起こるかのように。


「今回の件、なかなかに問題ある事案だと捉えたのだが。この認識は、間違っているか?」

「いいえ。陛下のおっしゃる通りでございます」

「それならば、このあたりで一度しっかりと周知させる必要がある。なぁ、そうは思わんか?」


 いい笑顔、ではなかった。訂正しよう。

 これは、きっと。


「えぇ、えぇ。もちろんです、陛下」


 執務室で、父上が見せた笑顔と同じ。

 冷たくて鋭い、黒い笑顔。


「それにはどんな方法が適切か……。あぁ、ちょうど良い。占ってはくれぬか?」

「もちろんです。陛下のためであれば、喜んで」

「嬉しいことを言ってくれるものだ。そうだなぁ、それでは――」


 目の前で行われているのは、茶番だ。こんなやり取り、本当は必要ない。

 ただ、今後聞かれた時にそう答えるために。念のため、で行われているやり取りにすぎない。


(ある意味で、これも政治であり社交ですから、ね)


 父上に向けて、そんな思いを込めて視線を送れば。なぜかそれに気付いて、小さく微笑んでくださるけれど。

 どうしてか、全く嬉しくもないし安心もできないのは。明らかに、会話が黒すぎるからなのだろうということは。僕の心の中だけでの呟きに、留めておこうと思う。

 と同時に。


(陛下から向けられる我が家への信頼を、僕も裏切らないように気を付けよう)


 味方であれば、これほど心強いことはないけれど。強い力を悪用したり乱用したりするのは、陛下への裏切り行為でしかないから。

 過信せず、ここぞという時にこそ使うべき。

 今回はそれを学ぶいい機会だったと、そう思っておこう。





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