第65話 ソフォクレス伯爵家の特権 -マニエス視点-

「父上、お話があります」


 ミルティアを我が家に迎えてから、僕がこうして父上の執務室に自ら入るのは三度目。

 父上に呼ばれたことは何度もあるけれど、自分からお時間を頂くということは、本当に少なくて。

 そしてだからこそ、父上は何についての話なのか、すでに見当がついているはず。


「分かった。この書類だけ終わらせてしまうから、座って待ていなさい」

「はい。ありがとうございます」


 その証拠に、こうして執務中でも対応してくださって。

 しかも父上の侍従が、当然のように僕たち二人分の紅茶の準備を始める。

 つまりは、そういうこと。


(ミルティアのためなら、僕は何だって利用してみせる)


 そう、覚悟を決めたから。

 彼女のために、できることを。彼女を傷付けずに、全てを終わらせるために。

 僕は今、ここにいる。


「それで、お前はどうするつもりだ?」


 何を、という言葉すらなく。ソファへと腰を下ろした父上は、すぐに本題へと入る。

 侍従たちも外に待機させて、執務室の中を早々に僕たち二人だけにしていたからというのもあるんだろうけれど。


「このままわずらわされ続けるのも困りますし、何よりいつかミルティアが真実を知って、傷付いてしまうかもしれません」


 今はまだ、あの手紙の内容さえ、本当に心配してくれているのだと思っているミルティアが。もしもいつか、言葉に隠された意味を知ってしまったら。

 きっと彼女は、心を痛めるだろうから。

 今ならまだ、優しい勘違いのまま。家族から完全に切り離すことができる。

 だからこそ、今のうちに断ち切ってしまわなければならない。


「そうなる前に、ソフォクレス伯爵家の特権を使わせてください」


 それは、最初にスコターディ男爵からの手紙が我が家に届いた折に。父上が教えてくださった、我が家だけに許された権利。

 占いで国のために尽くす、ソフォクレス伯爵家だからこそ。一人前だと認められるための、最初に成功させなければならない『嫁取りの占い』に関する事柄だからこそ。

 唯一許された、それは。


「スコターディ男爵家への、調印式への強制参加執行の許可をいただきたいのです」


 『嫁取りの占い』によって選ばれた家が、娘の嫁入りを理由もなく断り続けた場合に限り。国王陛下の名において執行される、調印式への強制参加命令。

 それは事実上の王命を意味し、断れば謀反むほんの意ありと捉えられてもおかしくないほどの不義理。

 貴族である以上、王命に逆らうことは許されない。これからも貴族で居続けたいのであれば、なおさら。

 特に今回は、スコターディ男爵家から嫁入りさせるという契約をとっくに締結(ていけつ)させているからこそ。何よりも強い力を発揮する。


「なるほど。お前は、真実を知らせないまま終わらせる道を選んだということか」

「はい」


 言葉の通り、強すぎる強制力。だからこそ、我が家ですら『嫁取りの占い』に関する場合にのみ許された特権。

 そしてそれは、一代につき一度しか行使できない。

 それを知っていてなお、迷いなく頷く僕の目を。父上はソフォクレス伯爵家の嫡男特有の金の瞳で、じっと見つめたあと。

 ふっと、柔らかく微笑んだ。


「私も、同じことを考えていた」


 それは、つまり……。


「……お許しを、いただけるのですか?」

「もちろんだ。可愛い息子の、一世一代の願いだろう? 叶えてやりたいと思うのが、当然の親心だ」


 そう言って、父上はこちらに手を伸ばして。

 僕の髪を、ぐしゃぐしゃと乱暴に撫でまわした。


「わっ! わっ! 父上っ……!」

「ははは! 大きくなったなぁ、マニエス」


 乱暴だけれど、優しくてあたたかいそれは。きっと、父上からの最大の賛辞なのだろう。

 実際、その声もどこか嬉しそうで。


「さてそれじゃあ、陛下への謁見えっけんの申し込みからか。証拠の手紙も山ほどある。それに、いい機会だ」


 けれどその雰囲気は、次の瞬間。一気に別のものへと変化した。

 どこか冷たいような、鋭い空気を纏って。


「マニエス。お前に、社交界を……いや。政治を、教えてやろう。我が家が勝ち得てきた信頼と実績が、陛下に重用ちょうようされるということが、どういう立場にあるのかということを、な」


 そう言ってゆったりと笑った父上に、少しだけ恐怖を覚えたけれど。

 それに気圧けおされたままではいけないと、真っ直ぐに見つめ返して。


「お願いします」


 決意を込めて、そう口にした。

 その瞬間、満足そうに笑った父上の顔を。きっと僕は、一生忘れることができないだろう。





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