第63話 占いの結果を邪魔する者 -マニエス視点-

 父上から、話は全て聞いていた。

 スコターディ男爵から届いていた手紙の内容も、ミルティアの姉だという人物からの手紙の内容も。

 そして、それを読んだミルティアの反応も、全部。


「……それに対して僕も手紙を書け、なんて」


 正直、気が進まない。

 そもそも占いの結果を邪魔する者に、どうしてそんなことをしてやらなければならないのか。

 ソフォクレス伯爵家にとって、占いの結果は絶対。特に『嫁取りの占い』は、本人ですら覆せないもののはずなのに。

 それを理解していないような愚か者たちに、そこまで丁寧にしてやる必要が本当にあるのか?


「今後、我が家が有利に事を進めるため、か」


 父上は、ミルティアの反応を見て、そう判断されたらしい。

 しかもすでに、占ったあとで。

 そう言われてしまったら、やらないわけにはいかない。

 それを頭では理解しているものの。


「正直、気が進まない」


 だって相手は、ミルティアを長年虐げてきた人物だ。

 そんな人間に、慈悲が必要だろうか? ミルティアにしてきたことと、同じ目に遭うべきじゃないのか?

 少なくとも僕は、そう思ってしまうけれど。


「……ミルティアは、そんなこと望んでないんだもんなぁ」


 むしろ彼女は、本気で心配してくれているのだと勘違いしているのだとか。

 ミルティアらしいといえば、らしいのかもしれない。

 だってきっと、純粋で無垢むくなあの心は。人を疑うことも、悪意を向けられるということも知らない。

 どう考えても、悪意の真っただ中で過ごしてきたにもかかわらず。


(守りたいと思うのは、きっと僕だけじゃない)


 父上や母上だって、きっとミルティアのそんな心を守りたいと思っているはず。

 だから。先に占って結果を得てから、父上は僕を呼び出したわけで。

 それに父上は、僕の気持ちを知ってる。あの髪飾りを贈る意味を教えてくれたのは、他でもない父上だから。


「僕は、ミルティアがいい。ミルティアじゃないと、嫌だ」


 それはもしかしたら、我が家の全員が考えていることなのかもしれない。

 だって母上はこの一年近くの間に、数えきれないくらい何度もミルティアと紅茶を飲みながら、楽しくおしゃべりをしてきているし。

 父上だって、なるべく彼女にスコターディ男爵家の人間を近づけないような方法で解決したいって、おっしゃっていたし。


 僕たちはもう、ミルティアが嫁いでくる前提で動いてる。

 この家の未来を考えた時に一緒にいるのは、ミルティアだけなんだ。


「……あぁ、そうか」


 つまり、僕はそれを手紙に書けばいいのか。

 どれだけミルティアが大切なのか。我が家にとって必要な存在なのか。


 そして。


「僕にとって唯一の、占いが導いてくれた運命の婚約者なんだって」


 まだ、本当の意味での婚約はしていないけれど。でも僕の婚約相手は、ミルティアで決定しているから。

 彼女に髪飾りを贈った時点で、ソフォクレス家ではそういう認識になった。


「うん、そうしよう」


 本当のことしか書かなくていいし、ミルティアがいかに素晴らしいかを文字にするだけなら、苦じゃない。

 いまだに信じられないけれど、どうやら本当にこの姉という人物は、僕の顔を気に入ってるみたいだし。

 だったら眼中にないという事実を突き付けるのが、一番手っ取り早い。

 他の女性を持ち上げるという、傷つけるのではない方向でね。


「……本人には、まだ言えていないから」


 『愛してる』の一言は、手紙には使わないようにしよう。

 それは、もっと先。ちゃんとミルティア本人の目の前で、自分の口から伝えるまで。

 今はまだ、文字にすることも控えておこうと決めた。





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