第62話 私のものよ! -ヴァネッサ視点-
「どういう、ことよ……!」
ようやく手紙の返事がきたと知って、期待して読んでみれば。
役立たずからの言葉は、ただただ私が心配していたことへの感謝の気持ちと、ちゃんとよくしてもらっていて幸せだというものばかり。
表面上だけ見れば、まるで私を気遣っているかのような文面にも読めるけど。
「婚約者の交代について、言及してないじゃない……!!」
これじゃあただの当てつけじゃないの!!
それとも、そういうつもりでこの手紙を書いたの!?
しかもご丁寧に、占い師一家からの手紙まで添えた状態で!!
「私のことを馬鹿にしてるの!?」
役立たずの
跡取りだっていう人物は、役立たずを運命の婚約者なんて書いているし!
向こうの当主だという人物なんて、役立たずのほうを迎え入れることが決定してるみたいな書き方をしてきているし!
しかも名前すら書かれていないとか、非常識にもほどがあるわ!
「ふざけないで! あの美形は私のものよ!」
そう。私のものになるはずなの。
あんな役立たずなんかのものになるなんて、許せない!
「ヴァネッサ、落ち着きなさい」
お父様が私に声をかけてくるけど、この状態で落ち着いてなんかいられない!
いくらここがお父様の執務室の中だからといって、役立たずなんかに
「お父様はどうして落ち着いていられるの! 私が役立たずに馬鹿にされているのよ!?」
「ヴァネッサ……」
私の気持ちが分からないはずがないのに、お父様はどこか困ったような顔をして私の名前を呼ぶ。
むしろここは、役立たずにお叱りの手紙を送るべきなんじゃないの!? それがお父様のするべきことでしょ!?
「まさかお前が、役立たず宛に手紙を書くとは……。予想していなかった私も悪いが、これでは
「どうしてよ!? 別に変なことなんて書いてないじゃない!」
そう。私は変なことなんて、何一つ手紙には書いていない。
あくまで私は妹を心配する、優しくて
病弱な妹のために婚約者の役目を交代して、自分がその重圧を肩代わりする。そんな妹思いの姉。
そういう、筋書きになっていたはず。
「そうだ。だから役立たずからの手紙の返事が、こういう内容になったんだ」
「……? どういうこと?」
こんな私への当てつけのような内容の手紙になる理由が、一体どこにあったの?
「お前は、あれの愚かさを知らない」
お父様は、一度小さくため息をついてから。
「いいかい? ヴァネッサ」
まるで幼い子供に言い聞かせるかのように、語り始めた。
「お前と違って、あの役立たずに
そんなことは、私だって知ってる。
そもそもこの家に、跡継ぎでもない人間を育てるだけの金銭的余裕なんてない。
だから私だって、ドレスのデザインを我慢し続けてきたんだから。
「つまり、手紙に書かれている内容の裏を読むなんて芸当は、できるわけがないんだ。あれにそこまでの賢さは、備わっていない」
「それって、まさか……」
「お前が書いた内容の通り、本気で心配しているのだと勘違いしているということだ」
「そんな!」
そんなに愚かだったの!?
言葉の通り、何の役にも立たないことは知ってたけれど。
まさか、言葉の裏を読むことすらできないくらい、だったなんて……。
「だが問題は、そこではない」
「……違う、の?」
裏を読めないのなら、素直に婚約者を代わりなさいと手紙を出し直せばいいと思った私に。
お父様は、もう一度。今度は深く、ため息をついて。
「役立たずには、読み取れなくても。あの家の他の者たちには、お前の
「……!?」
そんな!
だって、役立たず以外の人間が読むことも想定した上で、あの手紙を出したのよ!?
それなのに、どうして……。
「お前はまだ、社交界の本当の恐ろしさを知らない。まだデビューしたばかりの、幼い子供だ」
「そんなことないわ! 私はもう、立派なレディーよ!」
「見た目や知識だけならば、な。だが、圧倒的に足りていないものがある」
「足りていないもの……?」
お父様は、それが何なのか分からない私に対して、小さく肩をすくめて見せると。
「経験だよ、ヴァネッサ。お前には圧倒的に、社交界での経験が足りない」
そう、言った。
「で、でもっ……だからって……!」
それだけで分が悪くなる、なんて。お父様は少し、
だって、そうじゃないと……。
「ヴァネッサ、私はね。お前のために、あの家の当主と手紙で駆け引きを繰り広げていたんだ」
「駆け引き……」
そんなものが、必要なの?
ただ、私と役立たずが入れ替わるだけなのに?
「まずは一度でも面会する機会を作って、本当にあの青年が占い師一家の人間なのかを確かめること」
「そんなの! あの家の人間に決まっているじゃない!」
いつ見ても、ローブにフード。そんなことをしている人物は、あの家の人間しかいない。
だから、間違っていないはずなのに。
お父様は何で、そんなことにこだわってるの……!
「そうだろうな。だが同時に、その場に役立たずも連れてこさせることができる」
「……それが、何か関係あるの?」
「その場でお前たちが入れ替わっても、我が家に出された王命は娘を嫁がせろというだけのもの。人物の指定がなかったからこそ、それが可能なはずだった」
「え? そうなの?」
入れ替わるのって、難しそうだけど。
「最後に家族だけで話がしたいとでもいえば、どうとでもなる。必要なら、役立たずを無理やり連れ帰ればいいだけだ」
「……そうしたら、その場には私しか残らなくなる?」
「そうだ。本人の希望だとか、急に病気が悪化したとでも言っておけばいい。本当のところは、向こうは知らないはずだからな。そうなれば、あの家もお前を迎え入れるしかなくなるだろう?」
確かに、お父様の言う通りかもしれない。
実際、外では病弱な人間だということになってるんだし。急に再発したって、おかしくないし。
本当の家族だからこそ、心の内にある真実を話してくれたと言えば。きっと誰も、反論できない。
「まだ正式に婚約していない今だからこそ、そういう少し強引な手も選択肢として残しておけたんだ。だが……」
言い淀むお父様は、私を見てまたため息をついた。
まるで、呆れているかのように。
「お前の手紙のせいで、向こうから婚約相手を固定する
「そんな!」
そんなことされたら、あの美形が手に入らないじゃない!
いやよそんなの!
「その前に、何とか一度だけ話し合いの場を設けられないかと、提案中だ」
そう言ったお父様は、痩せた手を額に当てて、顔を上に向ける。
私からは、その表情は見えなかったけれど。
「まったく……。お前が余計なことをしなければ、まだ可能性はあった。こちらがここまで
呆れと後悔と、そして少しの失望。
言葉や声に含まれていたのは、明らかに今まで私がお父様から向けられたことのないものだった。
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