第61話 図々しいにもほどがある -ソフォクレス伯爵視点-

 最初に手紙の内容を読んだ時の、私の素直な感想は。


「図々しいにもほどがある」


 本当に、ただそれだけだった。

 もちろんそこには、嫌悪や呆れも含まれていたけれど。

 それ以上に、スコターディ男爵家の長女の図々しさに、ただ腹が立った。


「よくもまぁ、こんな見え透いた嘘を並べたてられたものだな」


 本心は、ただマニエスの婚約者になりたいだけだろうに。

 所詮しょせん、子供の浅知恵だ。社交界を生き抜いてきた大人たちに、こんな言葉で通用するはずがない。

 スコターディ男爵も、それは知っているはず。あの手紙の内容を考えれば、娘にこんな文面を書かせるとは思えない。

 ということは、だ。


「勝手に娘が先走ったか。愚かだな」


 そもそも病弱だと思っていたのなら、なぜ最初に自分が名乗りを上げなかった? あの時点では、占いの結果はスコターディ男爵家の娘としか言っていなかったはずなのに。

 今さら婚約者を交代しようなどと言い出せば、裏があると公言こうげんしているようなものだと、なぜ分からないのか。

 しかも、次期伯爵の子供を産む重圧だと? そんなもの、どこに嫁ごうと同じことだろうに。


 だが――。


「お姉様が、ここまで私のことを心配してくださっていたなんて、全く知らなかったものですから……」


 そんなことを言い出した、目の前のもう一人のスコターディ男爵家の娘に。私は思わず、自分の耳を疑った。

 けれど話を聞いていく内に、それがどうやら幻聴ではなかったらしいということを思い知る。


「きっと男爵家にいた頃の私しか知らないお姉様からすれば、痩せ細った姿の私は病弱に見えていたのだと思います」


 それはおそらく、男爵の真似をしただけだと思うのだが?

 どうやら彼は、社交界では下の娘のことを病弱だと、周りに話していたらしい。単純に、家から出さないための理由付けでしかなかったのだろうが。

 だが今は、話を遮るよりも促すべきだろうと判断して。私は言葉を絞り出す。


「……なるほど。それで?」

「なので、そんな私を心配しすぎて、婚約相手の変更を申し出てくださっているのだと。そのために、わざわざ私宛にお手紙を下さったのだと考えると……。どうしても、せっかくのご好意を無下にすることもできなくて」


 この手紙の内容が、好意、だと……?

 一体どこをどう読めば、そんな風に解釈できるというのか。

 どう見ても、上辺だけの心配の言葉だろうに。


「ご自身が男爵家を継ぐしかないからと、今までずっと努力してきたはずなのに。こんな風に提案してくださる優しいお姉様に、どうしたら安心していただけるのが分からないのです」


 ただ、そう話す目の中に、嘘は一切なくて。

 本当に、本気でそう思っているのだと。私には、分かってしまったからこそ。


(何ともまぁ、素直に育ったものだ)


 書かれている文字を、そのまま素直に受け取った。つまりは、そういうことだろう。

 我が家に来た当初、つくろおうという意志すら感じられないほど、あまりにも酷い状態だったせいで。私はてっきり、家族に疎まれ虐げられていることを認識しているのだと、考えていたけれど。

 逆に貴族の汚い部分を、この子はある意味全く知らないのかもしれない。

 社交界どころか、屋敷の中ですらまともに知らなかったのであれば。可能性は、ないわけではない。

 が。


(報告を受けている環境下が事実だったのだとすれば、ある意味で大物かもしれない)


 明らかに、他者からの悪意を向けられている環境で育ってきたはずなのに。まさかその悪意が、欠片も伝わっていなかったなどと。

 知れば、相手は驚くかもしれない。

 そして同時に、それは上手く使えばこの問題を一気に解決できるかもしれないと。そう、思う。


(とはいえ、無垢な少女を傷つけるのは本意ではないな)


 最初は、徹底的に痛い目を見せてやろうかと思っていたが。

 まずは、手紙の返事を送ってからだ。

 その先の、向こうの出方でかた次第では。今度こそこの子が、真実を知ってしまうかもしれない可能性も。


(否定は、できないな)


 果たして、どちらを選ぶのが正しいのか。

 このまま美しい勘違いをしたままと、醜い真実を知るのと。


 結局、考えても答えを出すことはできないだろうと悟った私は。あとで占っておくべき重要な項目として、しっかりと頭の中のメモに残しつつ。

 マニエスのためにも、可愛い未来の義娘むすめのためにも。今の私に何ができるのかを、もう一度考え直してみることにした。





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