第60話 お義父様がおっしゃるには

「え、っと……。伯爵様?」

「うん、お義父様、ね」


 あ。これは、呼ぶまで許していただけない雰囲気ですね。

 それを早々に悟った私は、小さく深呼吸をしてから。意を決して、その言葉を口にしました。


「お、義父、様」


 あまりにも呼び慣れていないせいで、少しぎこちなくはなってしまいましたが。


「うん。これからはそう呼ぶように。いいね?」


 大変いい笑顔で告げられてしまえば。私はただ首を縦に振るしか、できることはないのです。


「は、はい。お義父様」

「よろしい」


 …………。これは一体、何の時間でしょうか?

 いえ、分かりますよ? これから家族になるということは、つまり私は義理の娘になるということですから。

 間違ってはいない、のですが……。


(何でしょうか、この……伯爵様をお義父様とお呼びすることに対する申し訳なさと、抵抗感は)


 とはいえ、伯爵様ご本人がそうおっしゃっているのですから。私はただ、それに従うのみなのです。

 今後はちゃんとお義父様とお呼びできるように、しっかりと練習しておかなければなりませんね!


「それで、先ほどの話に戻るんだけどね?」

「は、はい!」


 けれど、今はこちらが最重要事項なのです。

 もしかしたら伯爵さ……じゃないですね。お義父様は、何か妙案をお持ちなのかもしれませんから。

 しっかりと、耳を傾けなくては。


「まず、あちらからの手紙にはどちらにしても返事をするべきだろうから。君はただ、素直な気持ちを文字にすればいいよ」

「素直な気持ち、ですか?」

「そう。心配してくれた感謝の気持ちや、病弱だと勘違いされるような見た目ではなくなったことなどを、ね」


 確かに、ヴァネッサお姉様にお返事のお手紙を書くとすれば、まず最初にそれが思い浮かびます。

 けれど。


「それだけでは、誤解がとけない可能性もありませんか?」

「そうだね。だから、ここからが提案なんだけれどね。返事の手紙の中に、私やマニエスの手紙も一緒に入れるんだ」


 お義父様がおっしゃるには、私の言葉だけだから信用していただけない可能性が高いだけで。他の方の言葉もあれば、信憑性しんぴょうせいは高くなるのだと。


「それに、どうしてもということならば、正式に顔を合わせる機会を作ることも可能だからね」


 ひと目見なければ信用できないと言われても、今の君の姿を見ればきっと安心できるはずだよ、と。お義父様は、とても優しい瞳で提案してくださいました。

 マニエス様と同じ、金の瞳で。私のことを、真っ直ぐに見ながら。


「そう、ですね。確かに、お義父様のおっしゃる通りです」


 たとえ、手紙だけでは信じてくださらなくても。今の私の姿を見ていただければ、きっとヴァネッサお姉様も安心してくださるはず。

 そうならないのが、一番ですが。

 もし本当に、どうしてもお姉様に信じていただけなかった時には。お義父様にお願いしてみるのも、いいかもしれません。


「そうと決まれば、まずは便箋を選ばないとね。封筒は、なるべく真っ白なものを用意しよう」

「真っ白!? いいのですか!?」


 紙の製法の関係上、真っ白な紙はとても高価で貴重なものなのです。

 それを、まさか。私がお姉様に宛てる手紙に、使わせていただけるなんて……!


「もちろんだよ! 可愛い未来の義娘むすめの、大切な家族に出す手紙なんだから。そのくらい当然だよ」


 そう言って、飛び切りの笑顔を向けてくださったお義父様は。どこかとても嬉しそうで。

 そして同時に、どこかマニエス様を思い起こさせます。


(……逆、ですね)


 マニエス様の笑顔が、お義父様そっくりなのです。

 お顔立ちはお義母様に似ていらっしゃいますが、笑い方はお義父様譲りだったのだと。

 意外なところで新しい発見をして、私は嬉しくなってしまいました。


 だって、今の私は。

 マニエス様のことならば、何でも知りたいと思ってしまうほどに。

 あの方を、お慕いしているのですから。





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