第59話 分不相応

「お姉様が、ここまで私のことを心配してくださっていたなんて、全く知らなかったものですから……」


 その瞬間、伯爵様が小さく「ん?」とおっしゃったような気がしたのですが。ジッとお顔を見つめても、特に何も言及げんきゅうされなかったので、気のせいだったのかもしれません。

 このまま黙っているのも変なので、私は話を続けます。


「きっと男爵家にいた頃の私しか知らないお姉様からすれば、痩せ細った姿の私は病弱に見えていたのだと思います」

「……なるほど。それで?」

「なので、そんな私を心配しすぎて、婚約相手の変更を申し出てくださっているのだと。そのために、わざわざ私宛にお手紙を下さったのだと考えると……。どうしても、せっかくのご好意を無下にすることもできなくて」


 そして何より、私が大丈夫ですとお手紙のお返事を書いたところで。きっとヴァネッサお姉様の中では、私はずっと痩せ細った姿のままでしょうから。


「ご自身が男爵家を継ぐしかないからと、今までずっと努力してきたはずなのに。こんな風に提案してくださる優しいお姉様に、どうしたら安心していただけるのが分からないのです」


 私を思って提案してくださったそのお気持ちは、とても嬉しいのです。

 けれど、マニエス様のお隣だけは。婚約者という立場だけは、誰にも渡したくない。

 そう素直にお伝えしたところで、こんなに優しいお姉様は。もしかしたら、私が強がっているのかもしれないと考えてしまわれるかもしれません。


(贅沢な悩みなのかもしれませんが……)


 それでも、私にとってはとても大切なことなのです。

 それに、お義母様もおっしゃってましたから。「卑屈にならないで。本音を隠さないで」と。

 私も、ここで必ず幸せになれるから、と。相応しくないなんて、思わないでいて欲しい、と。


(マニエス様のお隣は、私には分不相応ぶんふそうおうかもしれないと。全く思わないわけでは、ないのです)


 当然のことではありますが、私よりもヴァネッサお姉様のほうが溌剌はつらつとしていらっしゃいますし。きっと今以上に、ソフォクレス伯爵家は明るくなることでしょう。

 そう考えると、私よりもお姉様のほうがずっとマニエス様に相応しいのかもしれません。少なくとも、役立たずの私よりは。

 けれどここで、私なんてと卑屈になって本心を隠してしまっては、お義母様の思いを裏切ることになってしまいます。

 こんな役立たずの私を受け入れてくださったソフォクレス伯爵家の皆様に対して、それは大変失礼な行為だと。それはさすがの私でも、理解していますから。


「なので可能であれば、伯爵様のお知恵をお借りしたいのですが……。何か、妙案などございますか?」


 私が今するべきことは、卑屈になることではありません。本音を隠すことでもありません。

 悩んでいる理由を正直にお話しして、その解決の糸口を一緒に探していただけませんかとお願いすること。

 何ができるわけでもない私に対して、これから家族になる相手だとおっしゃってくださった伯爵様に、私が唯一できるのは。相手を信頼することだけなのですから。


「…………なるほど、ねぇ。今の話を聞いていて、色々分かったことがあるよ」


 あと、私は認識を改めないといけないね、と。少しだけ困ったようなお顔で笑ってみせた伯爵様に、私は首をかしげることしかできなかったのですが。


「まぁ、うん。まずは……そうだね。私のことはお義父とう様と呼んでくれないかな?」

「おと……え?」


 告げられた言葉に、一瞬理解が追い付かなかった私は。

 先ほどかしげた首を、今度はもっと深く傾けることになるのでした。





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