第23話 最高級エステ?

「最高級エステ?」

「そう。興味はなぁい?」


 一枚の紙に書かれたその言葉と、内容を読みながら。

 ほとんど理解ができなかった私は、お義母様にどんな顔を向ければいいのか分からないまま、ジッと紙を見続けるしかありませんでした。


「また、急な話題だね」

「母上ですから」


 今日はお仕事がお休みの日。そのためソフォクレス伯爵家の皆様全員と、ゆっくりとアフタヌーンティーを楽しんでおりました。

 とはいえ夕食のことも考えてなのか、今日も用意されていたのはクッキー数種類。しかも伯爵様とマニエス様に至っては、クッキーにほとんど手をつけていらっしゃらないようでした。


「ずっと気にはなっていたのよ? でもいつも予約がいっぱいで、なかなか機会がなかったの」

「王室御用達ごようたし、とあるからね。無理もないよ」


 そうなのです。どうやらこのエステというのは、王家の皆様がお使いになられるような何か、らしく。

 それなのに。


「むしろその予約が取れそうなところに、僕は驚きですが」


 私の心の内を代弁してくださったかのように、マニエス様が同じ感想を口になさいました。

 そもそもこの冬の時期は、皆様が領地から王都へと集まってこられる時期だと習いましたから。この時期にこそ、予約は取れないものだと思ったのですが。

 どうやら、私の予想は外れていたようです。


「この時期だからこそ、なのよ。ほら、皆様社交シーズンで忙しいでしょう?」

「そうですね」

「だからこそ、この間までは予約がいっぱいだったみたいなの」


 つまり、予約が取れた幸運な方々は、すでに利用済み。逆に予約が取れなかった方々は、今はもうそれどころではなくなってしまった、と。そういうことなのですね。


(……来年の、この時期までの予約が、いっぱいになっていそうですね)


 などと考えてしまうのですが、それは野暮というものでしょうか?


「それで、せっかくなので体験してみたい、ということだね?」

「ミルティアさんと二人で、と考えているの。旦那様、どうかしら?」

「私も、ですか……!?」


 紙に書かれている値段は、決して安くはありません。

 と言いますか、むしろ大変高価なお値段で……。

 それなのに、お義母様はもはや決定事項のように、私と二人でとおっしゃるので。さすがに驚いて、聞き返してしまいました。


「あらあら、当然でしょう? せっかくの機会なのだから、たまには贅沢しましょう?」


 いえいえ! 普段から私にとっては身に余るほどの贅沢をさせていただいております!

 とは、口にしにくい雰囲気です。

 そもそも普段の贅沢も、私にとっては、というだけで。きっとソフォクレス伯爵家だけでなく、他の貴族の皆様にとっても普通の可能性が捨てきれないのです。

 何せスコターディ男爵家は、かろうじて貴族の体裁を守れている程度の貧しさ。その日の食事さえも、満足に得られないような。

 そこには埋められない差があると、この半年で十分理解できましたから。迂闊うかつにおかしなことを口にはできないのです。


「そうだね。たまにはいいかもしれないね」


 しかも伯爵様が頷いてしまわれたのであれば、これはもうくつがえすことは不可能です。



 かくして、私はお義母様と一緒に、最高級エステを受けることになったのですが……。



「ふわぁ~~……」


 当日、あまりの気持ちよさに私もお義母様も、言葉が出てこないまま。

 ただただ贅沢な時間を過ごすだけという、究極の時間の過ごし方を知ってしまったのです。


「……社交シーズンが終わるまでの間に、もう一度受けたいわね」


 特に高級エステを気に入られたお義母様が、小さくそう呟くのを。私は、聞き逃しませんでした。





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