第24話 贅沢すぎます

 実際に社交シーズンの間に、本当にもう一度高級エステを堪能たんのうした私たちとは対照的に。伯爵様とマニエス様は、毎日大変お忙しそうにしていらっしゃいました。

 どうやら王都に皆様が集まってくるこの季節は、占いの依頼が最も多いようなのです。

 そのため朝早くからお屋敷を出て、お戻りになるのは暗くなってから。

 そんな毎日が続く中、あっという間に日々は過ぎ去っていきました。


 まだまだ、寒い日が続く中。時折昼間にはあたたかな日々の訪れを感じさせるような、そんな日差しが増えてきた頃。

 社交シーズンが始まって数か月が経過して、最初の頃よりはようやく占いの依頼も落ち着いてきたのか、お二人がお戻りになられる時間も早くなってきました。

 時折、どちらかお一人のお戻りが遅くなる時もありますが。それでも社交シーズンが始まった直後に比べれば、段々と減ってきているようにも感じられます。


「ミルティア様、夕食のお時間です」

「はい。今行きます」


 今日はお部屋の中で一人、ゆっくりと読書をさせていただいておりました。

 お義母様もお出かけになっていらっしゃるとのことで、朝食のみならず昼食までお部屋の中で一人。

 今まで当たり前だったはずのそれが、今日は妙に寂しく感じられて。


(もしかしたら、今日が私の誕生日だったからかもしれませんね)


 慣れた通路を、伯爵様につけていただいた侍女の後ろを歩きながらついていく途中。ふと窓の外を見て、花のつぼみや新芽しんめが膨らみ始めている枝を見つけては、つい眺めてしまっていました。

 誕生日どころか、スコターディ男爵家にいた頃は毎日一人で過ごしていて。誰かと一緒に食事をする機会さえ、私にはありませんでした。

 それなのに。


(ずいぶんと、わがままになってしまいました)


 一人が寂しい、だなんて。贅沢にも程がありますね。


「ミルティア様? いかがなさいましたか?」

「あぁ、いえ。すみません。花のつぼみを見つけてしまって……。今行きますね」


 不思議そうに振り返った侍女を待たせるわけにはいきません。いつの間にか止めてしまっていた足を再び動かし、食堂へと向かって歩き出します。

 もしかしたら、すでにお揃いの皆様をお待たせしてしまっているかもしれませんからね。急がなければ。


 そんなことを考えながら、辿り着いた食堂の前。

 扉が完全に開かれるのを待ってから、一歩その中へと踏み出した私に。


「誕生日おめでとう」

「おめでとう、ミルティアさん」

「おめでとうございます、ミルティア嬢」


 かけられた言葉たちは、人生で初めての祝福。


「…………え……?」


 そのせいで、しばらくの間何も反応できずに固まってしまいました。

 そもそも伯爵家の皆様が、私の誕生日をご存じだったことにも驚きですし。

 それ以上に、私のような役立たずの誕生日を祝ってくださるなんて、考えたことすらなかったので。


「驚いてくれたかな?」

「うふふ。大成功ね」

「父上も母上も、こういったもよおし事が好きなんです。なので、付き合っていただけると嬉しいです」


 まるでエスコートするかのように、近づいてそっと手を取ってくださったマニエス様は。私にだけ聞こえるように、そう小さく呟いて。

 なぜか、伯爵様が普段座っていらっしゃる席へと――。


「ハッ! い、いけません……!」

「あぁ、そうか。ミルティア嬢は知りませんでしたね」

「……?」


 ご当主様が座られる席は、食堂の入り口から最も遠い場所と決まっているのです。それなのに、マニエス様は当然のように私をそこに案内しようとして。

 なのにそれを止めようとした私を、なぜか優しげな微笑ほほえみを浮かべながら見つめてくるマニエス様。

 これは一体、どういう状況でしょうか……?


「我が家ではね、毎年誕生日の人が一年に一度だけ、そこに座れることになっているんだ」

「ミルティアさんは、旦那様のお誕生日しかまだ経験したことがないものね」


 つまり、これも伯爵家では恒例行事、ということなのでしょうか?

 まだまだ私の知らないことが、たくさんありますね。


「ほら、座って。今日は特別な誕生日ディナーを用意させているから」

「食後のケーキもあるから、少しずつ口をつける程度にしておくのが、ちょうどいいのよ」

「……」


 そんな……。

 私のような、こんな何の役にも立たないような人間に、こんな幸せ……。

 さすがにこれは、贅沢すぎます。


「どうぞ、ミルティア嬢」


 マニエス様の声と手に促されて、席へと座る私は。

 嬉しさと幸せとで、もう胸がいっぱいで。


「あ、りがとう……ございますっ……」


 泣きそうになりながら必死に皆様に笑顔を向けて、感謝の言葉を伝えて。

 そこまでが、限界でした。


「あらあら」

「嬉し泣きなら、いくらでも大歓迎だよ」


 そんな優しい言葉に、また涙があふれてきて。

 私はこの日初めて、悲しい時だけではなく。嬉しい時や幸せな時にも涙が流れるのだと、身をもって知ったのです。





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