第22話 ドレス作り

 仮の婚約者としてソフォクレス伯爵邸へ来てから、早半年。痩せ細っていた私の体は、ようやく見られる程度にはなってきたかもしれない、というところです。

 これもひとえに、毎日の美味しいお食事とフカフカベッドでの質の高い睡眠のおかげですね。


 そんな、ある日のこと。

 お義母様と一緒に、午後のお茶の時間を楽しんでいたら。


「そろそろ、ミルティアさんにもしっかりとしたドレスが必要よね」


 普段通りの優しげな雰囲気の眼差まなざしをたたえて、けれど完全なる決定事項のようにお義母様がそう口になさったのです。


「え、っと……ドレス、ですか?」

「そう。ミルティアさんのドレスを作りましょう?」


 言葉は問いかけのようですが、実際は「作りましょうね」と聞こえた気がするのは……おそらく、気のせいではありませんよね。

 ちなみにドレスとは、私が今着ている普段着とは全く違うものなのだそうです。


「もうすぐ十七歳でしょう? だいぶ女性らしい体つきになってきたのだし、結婚式用のドレスの用意も始められると思うのよ」


 つまり、今までの私の痩せ細った体では、その準備にすら取り掛かれなかったということ。

 時間だけでなくご迷惑までおかけしてしまっていたことに、多少どころではない罪悪感と申し訳なさが一気に押し寄せてきたのですが。

 それ以上に。


「仕立て屋を呼んで、まずは採寸さいすんからよね。ちょうどいい機会だから、新しい普段着も新調しちゃいましょう!」


 お義母様のやる気が、物凄くて。

 口を挟む隙どころか、反応を返す暇もありませんでした。


「靴も何足か用意させないといけないわね。あなた、旦那様が用意していたマニエスの結婚資金がどれくらいなのか、家令に確認してくれるかしら?」

「かしこまりました、奥様」


 あっという間に話が進んで。お義母様が近くに控えていた、おそらくお義母様専属の侍女の方に、そう指示を出していらっしゃいましたが。

 私はその様子を、ただ見ていることしかできないまま。



 かくして、ドレス作りの日々が始まったわけ、ですが……。



(そ……想像していた以上に、とても大変な作業です……!)


 十日もせずにやってきた仕立て屋の女性たちは、あっという間に私の着ている服を脱がして下着姿にすると。細く平たい紐のようなものを体のいたるところに巻きつけては、記録していきます。

 それが、一日目。

 二日目には、色とりどりの布たちをひたすら顔の近くに当てて。何かを確かめてみては、また記録。

 三日目は、今度はすでに出来上がっているドレスを次から次へと着ては、また何かを記録して。


 正直なところを言ってしまえば、私はただそこにいるだけのようなものです。

 そう。いるだけ、なのに……。


(なぜでしょうか? とても、疲れる気がします)


 昼食をいただいたあとは、毎日毎日そうして過ぎていくのです。

 はじめは色々と興味深く見ていられるのですが、夕方まで同じ作業が続くと、さすがに飽きてしまって。

 私のために通ってくださっていることは、重々承知していますが。

 四日目にしてもう一度、今度は違う種類の布を当てはじめられた時には、もう無心で。ただ時が過ぎるのを待つしか、私にできることはありませんでした。


(ヴァネッサお姉様も、こうしてドレスを作っていらっしゃったのでしょうか?)


 だとすれば、とても尊敬してしまいます。

 お義母様がおっしゃるには、一度の採寸で何着か作成して、時間が経ったときにもう一度採寸して新しく何着か作成して、というのを繰り返すのが普通なのだそうです。

 それを聞いた瞬間、世のご令嬢やご婦人方へ尊敬の念を抱いた私は、きっと間違っていなかったと。そう、信じたいところではありますね。





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