第16話 占い師一家の掟

「それで、どこまで話したんだったかな?」


 今日もまた、あの豪華なお食事を済ませてから。伯爵様のほうから、落ち着いて話せる場所に移動しようとおっしゃってくださって。

 今私たちは、談話室で四人。それぞれ一人用のソファに座って。

 目の前のテーブルには、伯爵様の前には黒いこーひー? が入ったカップ。私も含めた残り三人の前には、紅茶が入ったカップが置かれていました。


「もう、旦那様ったら。まだほとんど何も話していませんよ」


 どこまで、という質問にどう答えるべきかと迷っていたら。伯爵様のお隣の椅子に座っていらっしゃるお義母様が、すかさず助けてくださいました。

 まだ出会って間もないですが。私からすれば、そのお姿が聖母様のように見えて仕方ありません。


「そうかそうか。それなら、最初から全て話しておこうか」


 そして伯爵様の目も、お義母様に向けられた瞬間、優しく弧を描きます。

 これがいわゆる、溺愛ということなのでしょうね。


「我が家の嫡男は、一つとして例外なく『嫁取りの占い』を成功させる必要があるんだよ」


 そう切り出した伯爵様が説明してくださったのは、占い師として一人前と認められるためには『嫁取りの占い』を成功させる必要があること。

 そもそも『嫁取りの占い』とは、その名の通り自らの生涯の伴侶を見つけ出すための占いであること。

 そして。


「国の行く末から、令嬢の嫁入り先まで。あらゆることを占いで判ずる我が家は、強い恨みを買っている可能性も考慮して。屋敷の外では必ずローブを羽織り、顔を知られないためにフードを被るおきてになっているんだよ」


 それは、国内で唯一の占い師一家だからこその掟なのでしょう。

 だからこそ、マニエス様は最初にお会いした時にフードを被っていた。他人である私に、顔を知られないために。


「まぁ、この髪色をとやかく言われるのが面倒だからというのも、掟を守り続ける理由の一つではあるんだけれどね」


 そう言って、お茶目に片目をつぶってみせた伯爵様。

 けれど、その明るい声色の後ろには、どんな経験や思いを隠していらっしゃるのでしょうか。

 私がヴァネッサお姉様に、嫁ぎ相手が白髪のご老人だと言われたように。勘違いしていらっしゃる方も、きっと大勢いらしたのだと思います。

 その全てに訂正を入れるよりも、恨みを買っているかもしれないという理由で、全てを覆い隠してしまう。きっとそれが、最も早い解決方法だったのでしょうね。


「でもそのせいで、初対面の君にマニエスは嫌な思いをさせたんじゃないかな?」

「父上!」


 そんなことはありません、と私が口にするより先に。マニエス様があせったような口調で、伯爵様を止めようとしていました。

 伯爵様は、全く意にも介していないご様子でしたけれど。


「すまなかったね。掟のせいもあって、我が家の嫡男はどうしても人付き合いが苦手な者が多くてね」

「父上ー!」


 なおも止まらない伯爵様に、恥ずかしいのでしょうか? マニエス様が必死に止めようと叫んでいらっしゃいますが。

 笑顔のままの、伯爵様。


(これはもしかして、マニエス様をからかって楽しんでいらっしゃるのかしら?)


 こういった家族の触れ合いというものを、全く知らない私は。こんな時どう反応するべきなのか、正解が分かりません。

 なので、大人しく見ているだけに留めておりましたが……。


「この子はね、小さい頃から臆病おくびょうで」

「父上! そこまでにしてください!」


 もしかしたら、どこかでお止めすべきだったのかもしれないと。あとになって、思ったのです。

 お義母様も楽しそうに笑っていらっしゃったので、そんな発想にすら辿り着かなかったと言いますか。そもそも、何も思い浮かばなかったわけですが。

 終わりぎわ。耳も首も真っ赤になってしまったマニエス様のお姿と、小さく呟いた「もう勘弁してください……」という声に。ようやく、そのことに思い至ったのです。


(けれど……)


 こんなにも明るく楽しげな雰囲気は、私にとっては初めての経験で。

 これが幸せというものなのかもしれないと、少しだけその言葉の意味を理解できたような気がしました。






―――ちょっとしたあとがき―――



 自分で釈明するよりも先に、父親に全てバラされてしまう可哀想なマニエス(笑)





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