第11話 薄幸そうな女性 -マニエス視点-

 誰かの、しかも見ず知らずの女性の人生を完全に変えてしまう。その事実が、幼い頃からずっと怖かった。

 だけど僕の思いとは裏腹に、父上も母上も『嫁取りの占い』には肯定的で。

 特に母上は、嫁いできてからずっと幸せだと言っていた。ソフォクレス伯爵家に嫁ぐ女性は、全員幸せになれると。


「そんなわけ、ない」


 占い師として一人前だと認められた僕は、この日初めての仕事を終わらせて。帰路につく馬車の中、母上の言葉を思い出しながら一人小さく呟いた。

 初仕事と言っても本当に簡単なものだけだったので、そんなに時間はかからない。

 問題は。僕が占いを成功させてしまったせいで、今日明日には一人の女性が、家族から強制的に引き離されるという事実のほうだ。


「マニエス様? いかがなさいました?」

「……いや、何でもない」


 幼い頃から仕えてくれている侍従が、僕の小さな声を拾ったらしく声をかけてくるけれど。首を振って答えれば、それ以上は追及してこない。

 このくらいの距離感が、僕にとっては何よりも楽だし心地いい。

 あとは帰るだけなのでフードは脱いでいるけれど、正直この髪色のせいで色々言われていることも知っている分、他人が煩わしくて仕方がない。


(信じられる人間なんて、一握りだけだ)


 ソフォクレス伯爵家が、完璧な秘密主義というのもあるけれど。政治的に重宝されすぎているせいで、嫉妬や恨みの言葉が向けられることも、少なくなかった。

 特に女性は顕著で、僕や父上を視界に入れると、あからさまに眉をひそめる人が多くて。

 それなのに、嫁いできたら幸せになれるなんて簡単に言う母上の言葉を、僕は信じることができなかったんだ。


(きっと、スコターディ男爵家の令嬢だって変わらないさ)


 今までと同じように、僕を見て眉をひそめて。

 老人のような白髪だって、裏では馬鹿にして。



 そう、思っていたのに……。



「お初にお目にかかります、マニエス様。スコターディ男爵家が次女、ミルティアと申します。至らぬ点も多々あるかとは存じますが、これからよろしくお願いいたします」


 談話室でも食堂に入ってからも、意識的に見ないようにしていた相手を、ここでようやく直視して。

 正直、驚いた。


 顔をしかめられると、思っていたから。

 だから家令から話を聞いて、わざわざフードを被り直してきたのに。


(……細すぎる)


 女性をまじまじと見るのはよくないと、頭では理解していても。明らかに細すぎる顔の輪郭や、ドレスから見えている腕が気になって。

 そもそもそのドレスだって、どう見ても体に合っていない。

 いくら急な話だったとしても、ここまでドレスと着る本人の体形が乖離かいりしてしまうことなんて、あり得るんだろうか?

 なんて。そんなことを考えてしまう。


「まぁまぁ」


 うふふと微笑む母上の声に、ふとずっと幸せだと言っていた、その言葉を思い出す。

 あれが、本当はもっと別の意味合いを含んでいたのだとすれば……。


「さぁ二人とも、席に着いて。食事にしよう」


 父上の声に、僕は今ここで考え込むことをやめる。

 ただこの薄幸はっこうそうな女性が、『嫁取りの占い』の結果で幸せになれたのならと思う。


 もしかしたら、僕の考えすぎかもしれない。勘繰かんぐりすぎなのかもしれない。

 だけどこの髪色を見ても、目の前に立っても。顔をしかめないどころか、嫌悪感の欠片すら見せなかった彼女に。

 僕の占いの結果のせいで、嫌な思いをして欲しくない、つらい思いをして欲しくない。

 不思議と、そう思ったんだ。


(まずは、最初の挨拶の仕方を間違えなかったことを、よしとしよう)


 『嫁取りの占い』で人生が変わってしまった女性に、少しでも報いようと思ったからこその。正式な婚約話だと示すための行為だったけれど。

 最良の選択だったと、今は自分を褒めておこう。

 そして初対面どころか、食堂に来てまでフードを被ったままだったことは。今度ちゃんと時間を取って、釈明しゃくめいさせてもらうことに決めた。





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