第10話 豪華なお風呂

「ミルティア様」


 外からのノックの音と声に、思わずハッと目を開けた私は。いつの間にか眠ってしまっていたことに気が付きました。


「は、はい!」


 頂いたものとはいえ、元はヴァネッサお姉様のドレスだったものを汚すわけにはいかないと、あの後立ち上がってソファにおそるおそる腰かけてみれば。

 驚くほど沈んでいく柔らかさに、思わず体の力が抜けてしまったところまでは覚えているのですが……。


「失礼いたします」


 しわになっていないかを急いで確認して、私が立ち上がるのと同時に。

 先ほどこのお部屋まで案内してくださった侍女の一人が、扉を開けてこちらに丁寧なお辞儀をしてくださいました。


「湯浴みのご用意ができましたので、こちらへどうぞ」


 促されるまま、その後ろをついていく私ですが。正直なところ、まだ頭は半分寝ているような気がします。


「本日は旦那様より、ミルティア様にゆっくりお休みいただけるようお部屋の浴室ではなく、浴場にご案内するようにとのお達しがありました」

「浴場、ですか?」

「はい。お部屋に備え付けの浴室よりも広くなっております」


 そもそも私は、浴室すら使用したことがないです。とは言いづらい雰囲気ですね。

 使用人の数も必要最低限だったスコターディ男爵家では、浴室を使用することはほぼ不可能でした。お湯を運ぶだけで、重労働ですからね。

 きっとそのために部屋を出入りする必要があるからこそ、伯爵様は気を遣ってくださったのでしょう。私が、疲れて寝てしまっている可能性も考慮して。

 実際私は知らぬ間に眠ってしまっていたので、伯爵様のご好意は大変ありがたいのと同時に、申し訳なくもなってしまうのです。


「明日以降は、お部屋の浴室でもこちらの浴場でも、お好きなほうで湯浴みしていただけますので」


 そう言いながら、目的地であろう扉を開いた彼女に促されて、一歩そこに足を踏み入れれば。


「……あたたかい」


 不思議とお部屋の中が、先ほどよりもずっとあたたかく感じられて。


「お待ちしておりました」

「ミルティア様、どうぞこちらへ」


 案内をしてくださった侍女とは別に、私の専属になると紹介された残りの三人の侍女たちが部屋の中で待ち構えていたことに、少なからず驚いたのですが。

 とはいえ、ここで伯爵様や彼女たちのご好意を無下にするわけにはいきません。


 なん、です、が。


「え、っと……?」


 今までは桶の中に、水と布切れを用意してもらって。それを使って自分で体を拭いていた私からすると。

 この状況は、どう対処するのが正しいのか、よく分からないのです。


「お召し物はこちらでお預かりいたします」


 そんな私の戸惑いに、気付いているのかいないのか。

 慣れた手つきで、あれよあれよという間にドレスも下着も脱がされてしまいました。


「え、あの……」

「ミルティア様、お手をどうぞ」

「あ、はい」


 言われるがままの私は、この状況に混乱しすぎていて。もはや一人だけ裸でいることすら、この時は完全に忘れていました。

 そして。


「…………え……!?」


 お部屋の中にあったもう一つの扉。それが開かれた先にあったのは、明らかに普通ではあり得ない光景。

 浴室などを利用することを、お風呂に入ると言うのだと知識では知っていましたが。

 広々とした一室に、石、でしょうか? 人工の池と言われても納得してしまいそうな、深くて大きな場所に。なみなみと、張られているのは。


「全部お湯、ですか?」

「はい」


 うっすらと白い湯気が見えるのもありますが、何よりこのお部屋自体がとても暖かくて。

 足元の、本来冷たいはずの石すらぬくもりを感じるので。さらに頭が混乱してしまいそうです。

 そして極めつけは、食堂やお部屋にもあった、あの豪華な照明。


「……すごいですね」


 そうとしか言いようのない、とても豪華なお風呂です。

 これが、浴場。

 お湯をいただけるだけでも、十分贅沢なのに。


 などと考えていた私は、このあと。


「ま、待ってください……!」

「ご安心ください。奥様からも、私どもの腕は認められておりますから」

「いえっ、そうではなくっ……!」


 上流貴族とは、体一つ洗うにも使用人任せ。そう言い聞かせられながら。

 頭のてっぺんから足の爪の先まで、体の隅々を彼女たちに洗われてしまうなんて。

 想像も、していなかったのです。





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