第9話 豪華なお部屋

(満足以上、でした)


 普段あまりたくさん食べていなかったせいか、全てをいただくことはできなかったのですが。それでも、今まで食べたことのないようなお食事ばかりで。

 緊張よりも美味しさが勝って、ついつい食べ過ぎてしまったような気がします。


「食後は珈琲と紅茶、どちらがいいかな?」

「あ……。え、っと……」


 困りました。どちらも知らない飲み物です。

 正確に言えば、紅茶の存在は聞いたことがあります。お母様やお姉様の髪色が、紅茶の色だと教わりましたから。

 ……ちなみに、こーひー? って、なんでしょうか……?


「あらあら、困った旦那様ね。女性が珈琲を飲む機会なんて、まだまだ少ないでしょう?」

「そうか。そうだったね」

「紅茶でいいかしら? ミルティアさん」


 これがまさに、天の助けということなのでしょうね!

 素晴らしいタイミングで夫人が尋ねてくださったので、私はそれにしっかりと頷いて答えます。


「もちろんです。こーひー、は……すみません。存じ上げなくて」

「いやいや、私のほうこそ悪かったね。そうだね。まだあまり広まっていないことを、すっかり忘れていたよ」


 ハハハと笑う伯爵様は、気分を害したような様子もありません。本当に、助かりました。

 今はお伝えできませんが、夫人には心から感謝です。


「それで、これから君が暮らす場所なのだけれどね」

「はい」


 食後の飲み物が用意されていく中、伯爵様が真剣な表情でそう語り出しました。


「我が家が慣例として、嫡男の占いの成功と同時にお相手を家に招き入れるという話は、先ほどした通りなんだが」


 そこで一旦区切って。目の前に用意された、黒っぽい液体を一口含んで、口を湿らせる伯爵様。

 あれが、こーひー、なんですね。


「当然、そのための部屋もこの家には用意されている」


 そうでなくても、きっと伯爵家には客室が数多くあることでしょう。

 けれど伯爵様の口ぶりだと、それとは別の場所にあるようにも取れます。


「もったいぶっていても仕方がないから、先に言ってしまうとね。嫡男であるマニエスの部屋の隣が、夫婦のための寝室。そしてその隣が、婚約者となる君の部屋になるんだ」

「…………え……?」


 それは、つまり……。

 次期ソフォクレス伯爵家当主の、奥方様のお部屋ではありませんか!?

 当然と言えば当然なのですが……!


「とはいえ、今の段階ではどちらの部屋からも夫婦のための寝室へは行けないよう、鍵をかけているけれどね」


 もちろんです! えぇ! もちろんですとも!

 といいますか、そんな大事なお部屋を私が使ってしまっていいのですか!?


「それと専属の侍女も数人つけるから、何かあったら彼女たちに言えばいいよ」

「…………」


 もはや驚きすぎて、どう反応すべきなのかもよく分からないまま。

 開いた口が塞がらない状態の私を置き去りにして、私の専属になるという女性の使用人を紹介されました。


(そこまでしていただくほどの身分では、ないのですけれど……)


 とは、言い出しにくい雰囲気の中。

 今日はもう疲れただろうからと、細かい説明はまた後日ゆっくりということになってしまい。

 流れのまま、先ほど紹介された使用人……いえ。侍女の一人に案内されて、お屋敷の中をついて行った先で。


「…………」


 通されたのは。お食事と同じで、これまた豪華なお部屋。

 真っ白な壁を基調とした、どう使えばいいのかもわからないほど広いお部屋の中に。これまた何人座れるのかと思うほどの、たくさんの高級そうなソファたち。

 床はあたたかみのある木の素材を使って、素敵な模様が描かれていて。しかもピカピカに磨き上げられているそこには、チリ一つ落ちていません。

 天井からは、食堂にあったものと全く同じ豪華な照明が吊り下げられていて。

 あの照明の名前は、何と言うのでしょうね?


「本日よりこちらでお過ごしいただくことになりますが、何か不足などございましたら遠慮なくお申し付けください」


 不足? あるわけがありません。

 むしろこの大量の調度品たちを、私は使い切れる気がしませんよ……!?


「ご実家からのご持参品はなかったと報告がありましたので、僭越ながらいくつか私共でご用意させていただきました。後ほどそちらもご確認いただければと思います」


 これ以上に、まだ……!?


「左手奥の扉が、先ほど旦那様がおっしゃっていた鍵のかかっている場所になります。普段の寝室は、右手奥にあります扉の向こう側をお使いくださいませ」


 この部屋にベッドがなかったのは、別に寝室があるからなのですか!?


(もう、なにがなんだか……)


 あまりにも規模が違いすぎて、声にならない心の声だけが頭の中をグルグルと回り続ける中。


「それでは湯浴ゆあみのお時間まで、ゆっくりとおくつろぎください」


 そんな私の様子を見て、疲れていると判断されたのかもしれません。

 必要最低限の説明だけをして、ここまで案内してくれた侍女は優雅に一礼してそっと部屋を後にしました。


「…………どうしましょう……」


 けれど私は、ここにいてもどうすればいいのか見当もつきません。

 豪華すぎるお部屋の中、呆然と立ち尽くしてしまった私は。思わずその場にへたり込んでしまったのです。





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