第7話 フードの下の素顔

「まずは急な婚姻の話を受け入れてくれてありがとう」

「いえ、そんな……!」


 ソフォクレス伯爵様に感謝の意とはいえ頭を下げられてしまうと、どう返答すべきか分からないのです!


「どうか頭をお上げください……!」

「いや、だが……急なことで戸惑わせてしまったかもしれない――」

「女として生まれた以上、いずれ嫁ぐ日が来ることは覚悟しておりましたから」


 本当です。嘘ではありません。

 私にはいずこかへ嫁ぐことでしか、スコターディ男爵家のお役に立つことができなかったのですから。


「……まだ、婚姻できる年齢ではないと聞いた」

「はい、その通りです」


 この国では、男女ともに十八になるまで婚姻を結ぶことはできません。

 だから、まだあと二年近くもお役に立てないのだと、そう考えていた私にとって。このお話は、大変ありがたいものでした。


「それでも慣例として、我が家の嫡男ちゃくなんが『嫁取りの占い』を成功させた際には、この家に迎え入れることになっている」


 そう語る、伯爵様の言葉に。私は静かに頷こうとして……。


「……嫡男?」


 首を、かしげることになりました。

 今、そうおっしゃいましたよね?

 つまり、私が嫁ぐお相手は……。


「マニエスは私たちの一人息子なんだよ。あまり世間では知られていないけれどね」


 そう言って、伯爵様ご夫妻は顔を見合わせて微笑み合っておられますけれど。

 正直、聞いていたのとは全く別の。むしろ、国の重要な人物に嫁ぐことになりそうな予感がして。

 思わず、腰が引けてしまいます。

 だって、役立たずがいきなり伯爵家嫡男の婚約者になるなんて……!


(荷が重すぎます……!)


 でも確かにこの内容であれば、ヴァネッサお姉様が引き受けるわけにはいかなかったのも頷けます。

 お姉様は、スコターディ男爵家を継がなければいけませんから。そのために相応しいお相手を探しているのに、私が男爵家に残ってしまっては意味がありません。

 そうは言っても、これはあまりにも……。


「ただ、その……。我が家の特殊な事情もあって、息子はあまり人付き合いが得意ではなくてね」


 本当に私ではお役に立てないかもしれない、などと考えている私の内心とは裏腹に。ソフォクレス伯爵様は、お話を続けてくださっているのですが。


「打ち解けるのに少し時間がかかるかもしれないが、気長に付き合ってもらいたいんだ」


 どう受け取っても、追い返されるとは思えないそのお言葉の数々に。

 私は喜ぶべきか困るべきか、本気で悩み始めそうになっていました。


 その時――。


「父上!!」


 談話室の扉が勢いよく開いて、フードを被った人物が部屋の中に入ってきたのです。

 フードから覗く口元は、ヴァネッサお姉様よりも血色がよくて。ほっそりとしたその輪郭は、声が男性のものでなければ性別がどちらなのか迷ってしまいそうです。

 唯一しっかりと見えている、左右の髪の束は。日の光を浴びて、キラキラと銀色に輝いていました。

 きっとこの銀の色が、どこかで白髪だと噂されるようになってしまったのでしょう。


(伯爵様を父上とお呼びしたということは、このお方が……)


 きっと、マニエス様ご本人なのでしょう。


「家令から聞きました! もうお相手をお迎えしていると!」


 部屋に入ってきた勢いのまま、言葉を続けるマニエス様。

 けれど。


「静かにしなさい。そしてよく見なさい、マニエス」


 あくまで落ち着いた物言いで。けれどどこか有無を言わせぬ雰囲気で、伯爵様がマニエス様に声をかけると。

 今までの勢いを失ったかのように、マニエス様の体が硬直したように見えました。


「目の前に、貴方の婚約者になってくださるご令嬢がいるのよ?」

「――!?」


 その一瞬の隙を狙い定めたかのような、伯爵夫人の言葉に。

 フードを被っていて表情が見えなくても分かってしまうほど、マニエス様が驚愕された気配が伝わってきました。


「初仕事、ご苦労。だが先に着替えておいで。全員そろったことだし、夕食にしよう」


 私が分かるくらいですから、きっと伯爵様も気付いていらっしゃるはずです。

 その上での提案だったのはきっと、何か深いお考えがあってのことなのでしょう。


「……分かり、ました」

「よろしい。私たちは先に食堂へ行っているから」

「はい」


 マニエス様は伯爵様にそうお返事をされて、談話室から出て行ってしまわれましたけれど。

 私はまだフードの下の素顔すら、拝見できていない状態なのですが。


(大丈夫でしょうか……?)


 そもそも、なぜフードを? とか。素顔を見せていただけない理由が? とか。色々と、疑問が残ったまま。

 私は伯爵様に促されて、今度は食堂へと向かったのです。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る