第6話 マニエス様
「……そうか、なるほど。君はそう聞かされてきたのか」
最初に沈黙を破ったのは、ソフォクレス伯爵様でした。
独り言のような言葉を発したかと思えば、天を向いてフーとながーく息を吐き出して。
「色々と説明が必要そうだね。まずは落ち着いて話せる場所に移動しようか」
そう言って、私に笑顔を向けてくださったのです。
何か粗相をしてしまったのではないかと内心焦っていた私は、その笑顔に救われながらも。ふと、その珍しい髪色に目を奪われてしまいました。
「気になるかい?」
「あ、いえ。その……」
私の視線の先に気付いた伯爵様の問いかけに、私はどう答えるべきか悩んでしまいました。
気にならないと言えば、嘘になります。
最初は銀の髪だと思っていたのですが、顔を僅かに傾けた伯爵様が後ろに撫でつけている髪の色は、黒。
ソフォクレス伯爵様の髪は、二つの色にキッチリと分かれていました。
「我が家の嫡男の特徴だよ」
「そう、なのですか……?」
こんなにも分かりやすいのに、そんなお話は一度も聞いたことがありません。
私は社交界デビューすらしていない年齢ですが、家名と特徴や特色などを覚える際には必ず一言添えられそうな、とても特徴的な髪色のはずです。
それとも社交界では当たり前のことすぎて、どなたも口にはされないだけなのでしょうか?
金の瞳も相まって、とても神秘的な見た目をしていらっしゃいます。
「まずは談話室に向かおうか。マニエスももうすぐ帰ってくるから、そこで顔合わせをしよう」
「マニエス様、ですか?」
「君の婚約者になる男で、私たちの息子だよ」
お茶目な方なのか、そう言ってウィンクをしてくださったのですが。
伯爵様のご子息ということは、つまり……。
(私が嫁ぐお相手は、ご老人ではない!?)
今さらながらに、大変失礼なことを口走ってしまったことに気が付いて。
けれど。歩きながら楽しそうに談笑していらっしゃる、ソフォクレス伯爵ご夫妻の間に割って入ることは。私には、できませんでした。
「ここが談話室だよ」
男性の使用人が開いた扉の中に入って、伯爵様が私を振り返ります。
そこは大きな窓から明るい日差しをしっかりとお部屋の中に取り込んで、ゆったりと座れるソファがいくつも置かれた、広々としているのに落ち着ける空間。
光を取り込んでいる分、調度品を比較的落ち着いた色合いでまとめているからなのでしょうね。お昼を過ぎて一番明るいこの時間でも、眩しすぎるほどではありませんでした。
(ただ、とても……)
調度品の質感といい、先ほどから足に感じる絨毯の柔らかさといい。大変高価な品々であることは、間違いなさそうです。
空間はとても落ち着けそうな雰囲気なのに、値段を考えてしまうと落ち着けなくるのは、貧しい中で育ってきたからでしょうか?
「もう暖炉に火を入れるような時期ではないけれど、もし寒いようだったら遠慮なく言って欲しい」
「いえ。とても暖かいです」
日がしっかりと当たっているからなのでしょう。大きな部屋なのに、とても明るく暖かく感じます。
それに今は、暑いくらいの陽気の日も多い時期ですから。馬車に揺られている間も含めて、寒いと感じるようなことはありませんでした。
「それならよかった。さぁ、まずは座って。マニエスが到着するまで、ゆっくり話そうか」
伯爵様も夫人もソファに座られたので、私はお二人の向かい側に。
遠慮がちに腰を下ろせば、ふんわりと沈み込むソファ。
今まで体験したことのないような、包まれるような感覚に。思わず声が出そうになってしまった私は、何とかそれを喉の奥に飲み込むことに成功しましたが。
(未知の、世界です……!)
婚約者様との顔合わせすらまだしていない状態なのに、知らない世界に圧倒されているような気がして仕方がありません。
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