第41話 愚かな王の死、エヴァの慟哭。

 左上半身が半壊したイシュヴァーラ。

 怒りに燃えて僕の駆るヴィローに向け槍を構える。

 ブラフマンはリリを人質にして、僕に動くなと命ずる


「さあ、もう死ね。絶対死ね! 完全に死ねぇ!」

【シネェェ!】


 ヴィローに向かって三叉槍を前に突き出し、突撃をしてきた。

 狙うは、おそらく僕のいるコクピット。


 ……今だ!


 無造作に下げていたヴィローの左腕を前にあげる。

 そして一歩、左足を右斜め前に大きく踏み出した。


 ……ここ!


 差し出してくる槍の穂先、そこに左前腕部に付けられている刀の鞘を当て、槍の軌道を弾く。


「ぬぅ!?」


 そして、今度は姿勢を屈めながら右足を左前に大きく踏み込んだ。


「何を!?」


 ……気が付いても、もう遅い!


 内側に畳みこんだ右腕を、今度は肘撃ちの形にする。

 そして左と同じく右前腕部に付けられていた刀の鞘先を、踏みこんできたイシュヴァーラのコクピット下部へ水平にゴツンと押し当てた。


「まさか!?」

「ふん!!」


 ヴィローは、カウンター気味に肘撃ちを敢行。

 肘の先にあった鞘が装甲を貫き、めり込む。


 改装されたヴィローは、武器や装備配置を大きく変えている。

 腰から前腕部に移設された鞘。

 それは指先や刀身、そして各部に仕込まれたパイルと同じ超硬度金属で造られている。

 鞘の先端部や腕の外側に向く部分は鋭く研がれていて、トンファーがわりに斬撃攻撃をする事も可能。

 その尖った鞘の先が、ズブリとイシュヴァーラのコクピットに突き刺さった。


「ぐわぁぁぁ!」


 カウンター肘撃ちの形で撃ち込まれた鞘先。

 それは一メートルほど、イシューの装甲板にめり込んでいた。


「……。ブラフマン、お前の負けだ」


 男の苦痛を叫ぶ声が聞こえた後、イシュヴァーラは停止する。

 残心をしばしした後、僕は鞘先をイシュヴァーラから引き抜いた。

 そして念のために、落としていた刀を拾い上げてイシュヴァーラの首を切り飛ばした。


【マスター! 早くリリ様の生存確認を】

「……ああ。」


 制御する首を失い、尻もち状態のイシュヴァーラ。

 コクピットの傷からは、オイルらしきものと赤い液体が混ざって出てきていた。


 ……怖い、怖い。見たくない。でも。見なきゃ。


 僕が攻撃を通した場所、そこはブラフマンが座っていた場所。

 リリやエヴァさんが居た場所からは大分下方になる……はず。


【マスター? どうしましたか? 大丈夫です、わたしの計算では間違いないです】


「怖い。怖いんだよ、ヴィロー。僕が間違ってリリを殺していたら……」


【マスター。あの時、ブラフマンを倒すのにはあの方法しかありませんでした。そして、技は完璧に決まっています。私を、そして自分自身を信じましょう】


 僕を励ましてくれるヴィロー。

 その言葉に僕は勇気を振り絞る。


「ありがと、ヴィロー。確かめよう」

【御意、マスター】


 僕は擱座したイシュヴァーラのコクピットハッチにヴィローの指を掛ける。

 そして、力を掛けてハッチをベリっと引っぺがした。

 ガランと地面に装甲板が落ちる。


「……リリ?」


 暗いイシュヴァーラのコクピットをカメラライトで照らし、中を見る。


「う!」


 そこには、激しく吐血し虚ろな表情のブラフマンが居た。

 彼の腹から下は完全に潰されていて、人の形をしていなかった。


「……ブラフマンは死んでるな。リリ? エヴァさん?」


 僕は吐き気を我慢し、視線をブラフマンから外す。

 ライトを後部座席に向けると、ピクリと動く何かが見えた。


「リリ!?」


「う、うーん。おにーちゃん? あ、おにーちゃん、おにーぃちゃーん!!」


 服や髪が煤や油などで汚れているも、見た感じ怪我をしていないリリがそこに居た。


「リリー! 会いたかった、会いたかったよぉ!」

「うん、わたしも会いたかったのぉ!」


 僕はヴィローを立膝で座らせ、コクピットハッチを開いた。


【マスター。私はお話したとおりでしょ? 私も計算しましたから、絶対間違いないんです!】


「でも、リリは怖かったと思うよ、ヴィロー。ごめん、リリ。こんな方法でしか君を助けられなくて」


「気にしないで、おにーちゃん。もう、この人は誰かが止めなきゃいけなかったの。自分以外の人を見下して虐げることや、皆を不幸にすることしか考えていなかったんだもの」


 リリは一瞬、視線をブラフマンの遺体に向ける。

 しかし、その顔は怒りや恐怖よりも、悲しみや慰めを示している。

 リリの慈愛は、愚かなブラフマンにすら向いているのだ。


「とりあえず、そこから出ようよ、リリ。いつ爆発するか分からないし」


「そうだね。あ、エヴァおねーちゃん。大丈夫? 怪我無い?」


 僕がリリに避難を促すと、横に座っていたエヴァさんにも声をかけていた。


「う、ううん。え! ど、どうなったの、リリ!? あ、マスター! マスター!! お気を確かに。マスター、どうなりましたの? ああ、マスターが。マスターが死んでしまったわ。だ、誰が殺したの!? お、お前か! お前がマスターを殺したのかぁ!!」


 だが、気絶から意識を取り戻したエヴァさんは僕に怒りと殺気を向ける。

 ブラフマンに駆け寄り、彼を何回もゆするがブラフマンはピクリとも動かない。


「……そうだよ。僕がブラフマンを殺した。エヴァさん、君にどんな事情があるのか、僕は知らない。君にとってブラフマンは大事な主人だったのかもしれない」


 僕は静かにエヴァさんに語る。

 エヴァさんのマスターを殺したのは僕。

 いくら話を聞かず、リリを人質にし、僕や他の人々を殺そうとしていた悪人であろうとも、殺したのは僕の罪だから。


「どうして……。どうして、マスターを殺したの? マスター、確かに私を道具にしか見ていなかった。頭を撫でてもくれなかった。抱きしめてもくれなかった。それでも、それでも生き地獄からわたしを救ってくれたのぉぉ!」


 エヴァさんの慟哭が、戦場に響き渡った。

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