第26話 敗北。

「お前なんかにリリは絶対に渡せない。リリは僕のお嫁さんなんだから!」


「では、死ね! お前だけ殺して、リリは奪ってやる」


 黒曜石色の装甲を輝かせた敵ギガス、イシュヴァーラ。

 両手を僕の駆るヴィローに向けてきた。


 ……先に手の内を見せたお前が悪い。こうだ!


 指先が飛び出した途端、僕は足元に転がっていた巨石を蹴り上げる。

 そして石の陰になりつつ、前に距離を詰めた。

 石にワイヤーが絡むが、全てのワイヤーが防げてはいない。


「石程度で、ワレの攻撃を防げるとでも?」

「誰が一個だけって言った!?」


 僕は、右手に持っていた先が欠けた刀を赤熱させたまま投げる。

 ワイヤーの軌道に重なる様に。


「うぬぅ!」

「イシュヴァーラ、とったぁ!」


 上手く刀にもワイヤーを絡ませた。

 これでワイヤーを巻き取らない限り、イシュヴァーラに攻撃手段はないはず。

 刀の間合いに踏み込んだ僕は、容赦なくコクピット付近へ赤熱した刀を突き刺した……はずだった。


「え?」

「ワレに『隠し腕』を使わせたのはオマエが初めてだ。光栄に思いながら死ね!」


 コクピットに突き刺したはずの刀は、二本の腕によって受け止められていた。

 本来の両腕はワイヤーが絡まっていて攻撃も防御も出来ないはずなのに。


「コイツも複数腕を持っていたのか!? ヴィロー!」

【御意!】


 僕は、副腕からスパイクを出して攻撃した。

 また片膝を上げて、パイル込みの膝蹴りを繰り出した。


「ふはは! オマエは六本腕。だがな、イシュヴァーラは八本腕なのだぁ!」

「そんな!?」


 僕が繰り出したヴィローの攻撃は、全てイシュヴァーラの腕によって受け止められていた。


「ぐわぁ!」

「きゃぁ!」


 凄まじい衝撃がコクピットを襲った。

 モニターには蒼い三個の眼を輝かすイシュヴァーラの顔。

 そして肩から切断されたヴィローの両腕が見えた。


「冥途の土産だ、ワレが奥義を見て死ね。イシュヴァーラよ、ラクタ・ビューハ!!」

【グオォォォン!】


 イシュヴァーラの背中から六本の副腕が広がる。

 そして、それは蒼い軌跡を描いて背中から飛んでいった。


【マスター! 緊急回避を】

「くぅぅ」


 僕は両腕を失ったヴィローを一旦、イシュヴァーラから距離を取る。

 が、周囲からヴィローを囲い込むようにイシュヴァーラの腕が飛んで来た。


「よ、避け切れない!」

「きゃぁぁ」

【これは、オールレンジ攻撃!?】


 背後からリリの悲鳴が飛んでくるが、僕はモニターから目を離せない。

 四方八方から飛んでくる腕を避けようとするのだが、全部は避け切れない。


 飛んでくる腕の手刀が、どんどんとヴィローを傷つけてくる。

 副腕、腰装甲、機動スラスター。

 衝撃音が響くたびに、どんどんヴィローの機能が奪われていく。

 とうとう、最後には両方の下脚部を破壊される。

 ヴィローは、一切動けなくなった。


「さあ、ここで死ぬか。それとも人形を差し出すか。二つに一つ、早く決めろ。さもないと、今度は周囲のお仲間や伯爵を焼き殺そうぞ!」


 イシュヴァーラは腕を天に向けて上げ、巨大な火球を作り出す。

 最早、僕に出来る事は何もない。


 ……こうなったら時間稼ぎして、リリだけでも逃がそう。


 僕は擱座したコクピットの中、少し高い位置にある後部座席に振り返る。


「リリ。君だけでも早く逃げるんだ。君の魔法能力なら十分この状態からでも逃げられる」


「……イヤ! そんなの絶対に嫌なの! わたしだけ助かるなんていや!」


【リリ姫。貴方はこの世界を救う方。こんなところで悪に捕らわれてはならないのです。申し訳ありません、本来なら私が守らなくてはならないのに……】


 リリは大粒の涙を流し、一人逃げる事を拒否する。

 その思いは僕も理解できるが、今ブラフマンにリリが捕らえられるのは僕としても嫌だし、おそらく世界の為にも、リリの為にもならない。


「ワガママを言うなよ、リリ。君に何かあれば僕は後悔するよ。それに君は世界を救う……あ!」


「やっぱり、おにーちゃんはわたしが普通じゃない事は知っていたんだね。ヴィローもそう。わたしは、何かの『鍵』として誰かに作られていたんだ。ちょっとおかしいって前から思ってたの。だって、わたしっておにーちゃんに合う前の記憶が無いんだよ?それに耳の形とか他の人と全然違うもん。気が付かないと思う方が変だよ?」


 リリは泣き笑いしながら、自分の出生について薄々感づいていたと話す。

 そしてシートベルトを外し、ヘルメットを脱いでから僕の座席に降りてきた。


「リリ。でも僕は君が……」


「言わないでも分かるよ、おにーちゃん。わたしは、おにーちゃんが大好き。そして世界の皆が大好きなの。だから……、ごめんね」


 リリは大きな瞳に涙を一杯称えながらも微笑む。

 そして大声でヴィローに命令をした。


「ヴィロー。リリが命じます! ブラフマンにわたしが向かうと連絡を」

【……御意】


「ヴィロー! 辞めろ、僕がお前のマスターだろ。リリの言う事を聞いちゃダメだよぉ」

【マスター。この状況ではどうにもなりません。リリ姫の決断を無駄にしない様に……】


 機械なのに、悲し気な声で話すヴィロー。

 僕は悔しくて悲しくて、唇を噛みしめる。


「おにーちゃん。わたしの事は心配しないで。ブラフマンは私の事を道具扱いするけど、それ以上の事はしてこないと思うの。エヴァさんが無事だしね」


「だって、だって……。僕は誓ったんだよ、リリを幸せにするんだって」


 僕は泣きながらリリを止めようとするが、リリは大丈夫だと言い張る。


「今はね、皆を守る方が大事なの。でも、リリ。……寂しいから、絶対に迎えに来てね」


「分かった。何があっても絶対に迎えに行くよ、リリ」


「うん! じゃあ、先にキスしちゃお!」


 リリは僕の頭をヘルメットごと抱いたかと思うと、いきなり唇付けをした。


「まだ待たせるのか? 早くせねば、火球を落とすぞ」


「ブラフマン、貴方は子供ですか? 離れがたい恋人同士が別れるのを少しくらい待ちなさい! それじゃ、行くの。じゃあね、おにーちゃん」


 涙の味なキスを終えたリリは表情を真剣にして、開け放たれたコクピットから出ていく。


「ブラフマン、もう少し待っててください。わたし、このままじゃ嫌なの。ヴィロー、力を貸してね。さあ、怪我をした皆、もう大丈夫だよ! 元気になーれ」


 リリは、戦場に緑色の優しい風を広めていった。

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