第19話 嵐の前のひと時。

「コザン様、そして騎士団の皆様には嘘をついていた上にご迷惑を多数おかけして、申し訳ありませんでした」


「いやいや。とりあえずトシ殿と戦わずに済んだのは良かったよ。しかし、リリちゃんがあんなに怖いとは思わな……。いや、あの、その……。ごめんなさい、リリちゃん!」


 騎士団詰所に僕とリリが向かったのは、伯爵様と会談をした翌日。

 僕は彼らにも謝罪をした。

 せっかく仲間に向かえてくれたのに、それを裏切る行動をしたからだ。


「リリ。お兄さんがたをにらんじゃダメだって。これに関しては、騙していた僕らが悪いんだから」


「うー。でもね、みーんな戦う事ばかり考えていたんだもの。それはリリ、嫌だったのー!」


「ふふふ。我ら騎士団も英雄なトシ殿も、泣く女の子には勝てない訳か」


 リリ、まだ機嫌があまりよくない為、昨晩も添い寝を要求。

 一晩美少女に抱きつかれたままという「荒行」を、僕はなんとか突破したのだった。


「もうしょうがないかと。この天然アホ娘は最強なので」


「おにーちゃん、またまたわたしをアホって言ったのぉ!」


「ははは! この先も二人仲良くケンカしていたら良いよ」


 コザンさんが破顔し、僕とリリの痴話漫才を笑ってくれたのは幸い。

 騎士団の方々からもクスクス笑いが聞こえるのは、敵対していた僕としてとても嬉しかった。


「そういえば、トシ殿専属の女性メカニック。アカネ嬢と言われていたが凄いな。我らのギガスを一瞥しただけで不具合個所を見つけ、改善点を指摘してくれたのだからな」


「アカネさんには、僕もいつも助けられています。ネタばらしするとヴィローは普通のギガスじゃないんで、整備には特殊な技術がどうしても必要なのですが、アカネさんのおかげで無事に動いています」


「なるほど。決勝戦でのヴィローの機動性は普通じゃなかったからな。何処に火まで吹いて飛ぶように動くギガスがいるのやら」


 ……機動スラスターを使ったのは、流石に機体の正体がバレちゃうか。スラスターなんてB級以上じゃなきゃ持っていないものね。


 ヴィローを騎士団の詰所に置かせてもらう際、伯爵様や騎士団長の許可を得てアカネさんに騎士団の機体を見てもらえるようにお願いをしていた。

 アカネさん自身、他所の機体を大手を振っていじれるということで、大喜び。

 早速、主力機「トネール」の重量バランス問題や各機の骨格歪みを洗い出し、改善案を騎士団整備士さん達に提案していた。


 ……時間があればカスタマイズもしたいんだって。ヴィローと違ってトネールは量産機体だから、改善したり趣味を出せる部分が多いらしいし。


「ぜひ、今後ともトシ殿やアカネ嬢には当地に居て欲しいものだ。もちろんリリ嬢にもな」


「ご厚意、ありがとうございます。僕たち、しばらくはこちらに逗留させていただきますね。ただ、僕やリリには今後やらねばならない事もあるので、ずっととはいかないのは残念です」


 ……僕は妹を探したいし、リリも目的地に届ける義務があるんだ。その為に邪魔な仇のオスマン伯爵を倒さねば。


 貴族連合領内に奴隷商が多数存在するし、リリを届ける場所は貴族連合領地の更に向こう側。

 目的のためには、貴族連合を打破するのが一番の近道。

 だから、僕は傭兵として共和国に協力している。


「妹君を探されているのだったな。トシ殿の妹君が早く見つかるよう、我らも祈るよ」


「ありがとうございます」

「コザンお兄さま、ありがとー」


 僕らは笑顔で騎士団との会談を終えた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「おにーちゃん。今日も添い寝してね」

「はいはい。甘えん坊なリリだねぇ」


 今晩も僕のベットに潜り込むリリ。

 薄い夜着で華奢きゃしゃで柔らかい身を包み、僕の身体に抱きつく。

 髪からは甘い香りが漂い、体温が高く柔らかい肌で僕を絶えず誘惑する。


 ……ふぅ。もう慣れたけど、ずっと我慢なのは辛いなぁ。といって襲うわけにもいかないし。


 僕は、何も知らない無邪気なリリの信頼を裏切りたくはない。

 その上、『鍵』の役目をするのには『汚す』ことはおそらく禁止事項であろう。

 全ての『母』になる資格があると『彼』も説明していたし。


「おにーちゃん、だーい好き!」

「僕も大好きだよ、リリ」


 抱きついてくるリリの頭に軽くキスをする僕。

 この愛おしい子を守る、それが僕の望みであり願い。


 ……もし、『鍵』としてリリが僕と別れる事になったら、僕はどうするんだろうか?


 『彼』からリリを託された時、僕はヴィローという『力』も貰った。

 しかし『彼』の依頼通りリリを届けた後、リリがどうなるかは教えてくれなかった。

 もちろん、ヴィローもその先は知らない。

 もし、リリの身に何か起こってしまうのなら……。


 ……僕、リリとは別れたくないよ。


「おにーちゃん、難しそうな顔をしてどうしたの?」

「いや、何でもないよ。可愛いリリ」


 ……今は考えないでおこう。まずは目の前の事からだ。


 僕はぎゅっとリリを抱きしめ、眼を閉じた。


「おやすみ、リリ」

「うん、おやすみ。おにーちゃん」


  ◆ ◇ ◆ ◇


「トシ殿! 深夜申し訳ありません。起きて頂けますか?」


「うーん、うるさいなぁ。おにーちゃん、むにゃむにゃ」


「ん? 何が?」


 深夜、僕は部屋の外からの掛け声で呼び起こされた。


「どうしましたか?」


 僕は、柔らかく絡みつくリリをなんとか解き、念のためにダガーを背に隠しながらドアを開ける。

 そこにはランプを持った伯爵付きの側仕えの方が慌てた顔で居た。


「お休みのところ、申し訳ありません。先程、急に大規模なギガスの軍勢が何処からか現れ、街外で駐屯をしてる共和国軍と交戦を開始しました。こちらでも応戦もしくは防衛のために現在、ギガスを立ち上げ中です」


 僕の耳にも爆発音が響いてくる。

 確かに爆発の方向は街の外。


「分かりました。僕も出ると伯爵様にお伝えください」


 ドアを閉じ、僕はベットに顔を向けると既にリリも目を覚ましていた。


「おにーちゃん、向こうに嫌な奴が沢山いるの! わたしも一緒に戦うよ」


「ごめんね、リリ。また戦いに巻き込んで」


 僕は、リリをぎゅっと抱きしめた。

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