第10話 領主の誘い、エヴァの謎。

「さて、トシ殿。我が騎士団に入らないか? ワシらの筆頭騎士や騎士団主力機をいとも容易く撃破した君とギガスは、とても強い。その若さ、いや幼さでどうやって、そこまでの強さを得たのか。是非、その力をワシらに貸して欲しい。筆頭騎士の座でも騎士爵、一代貴族の名でも与えようぞ!」


 一見スケベそうにリリの肢体に目を向けながらも、どこか計算高い表情で僕をスカウトする領主。

 僕に対し、様々なメリットを話しつつも頭を下げてくる。

 僕のような若輩者相手に筆頭騎士どころか、一代ながら貴族階級も授けてくれるというのは、あまりにも大盤振る舞いすぎる。


「他に欲しいものがあれば何でも与えよう。女……、は要らぬな。幼いながらも、かのような美しい姫が側に居るのではな。わはは! 君が富や領地を望むのなら、ワシの領土の一部の管理を任せても良いぞ!」


 ……少し可笑しくないか? 僕のような身元不明で若輩者相手に貴族連合の重鎮が取る態度じゃない。異常すぎるぞ、これは。


「少し落ち着いて下さいませ、伯爵様。僕、いえわたくしのような若輩者に貴方さまのような高貴なお方が頭を下げられなくても良いのです。しかし、まだ私は決勝で勝った訳でもありません。それにハンス様がまだいらっしゃいますよ?」


「……それがな。ハンス殿には、つれなく断られたのだ。まだ自分には早いとか、やるべきことが他にもあるとか。最後にはもう話しかけるなとまで言われたのだよ」


 僕は、苦笑しがちな伯爵の話を聞きながら視線をハンスさんに向けた。

 彼の周囲には、人が近づかない。

 まるで、そこだけ人を避ける結界が張られているかのように。

 彼自身が人と触れ合うのが嫌なのか、誰も来るなと不機嫌オーラを周囲にまき散らしている。


 そして彼に寄り添うエヴァさんにも、殆ど人は近づかない。

 綺麗な顔をしているのだが、笑みを一切浮かべず冷たい表情のまま。

 令嬢やら有力者夫人が何とかお近づきなろうとするも、氷のような視線を返すだけ。


 逆に、リリの周囲には多くの人々が集まっている。

 高貴な方々や地域の名士、騎士だけでなく、側仕えや給仕のおば様たち、警備のお兄さん方ともリリはコロコロと笑いながら話している。

 そして、その笑みは周囲にどんどん伝染している。


 毎度、考え無しで天然アホ娘な天使様がリリだ。

 領主の屋敷に招待されるということは、彼ら彼女らが僕たち共和国側の敵だという事を一切考えもしないのだろう。

 そして彼らが敵に回った時に泣いて悲しみ、それでも彼らの命を助ける為に頑張るのだろう。


 ……エヴァさん。あんなに不機嫌そうな顔してたら、折角の美人さんが台無しじゃないか。ウチのリリなんて、給仕のおばちゃんとも仲良く話しているというのに。あ! エヴァさんが誰に似ているか、分かった!


 僕は、視界の中にリリとエヴァさんを一緒に入れてみた。

 方や、周囲の人々に笑みを広げる真っ白なリリ。

 反対に、周囲から離れようとする褐色のエヴァさん。

 表情が全く違うし、肌や髪、眼の色。

 そして体格、プロポーションが全く違う二人。


 しかし、その顔、目鼻立ちはそっくりだ。

 大きな目も筋の通った小さな鼻も。

 プルっとした唇も全く同じ。


 顔だけ並べてみたら、姉妹。

 いや、まるで年の離れた双子の様にも見える。


 ……リリって生まれからして『普通』じゃないのに、どうしてエヴァさんがリリそっくりなの? そういえば、エヴァさんも耳を髪の中に隠している!?


 僕は領主様の話を半分流し聞きしながら、必死に自分が持っている情報を整理した。


 ……リリは、『彼』から託された、この世界の人類を救う『生きた鍵』。そして『鍵』を守る為に僕はヴィローを授かったんだ。だったら、ハンスさんも僕と同じ『鍵』の守り手なのか?


「おい、聞いているのか? トシ殿、返答は? まだ何かこれ以上の褒美を望むのか?」


「あ、すいません。ですが、あまりにお急ぎのご様子。伯爵様、もしかして、お急ぎになられる理由でもあるのですか? 良かったら教えて頂けると判断に助かります」


 僕は、いったんハンスさんとエヴァさんの事を頭の隅に追いやった。

 今のところ、彼らは僕とは敵対していない。

 明日戦う相手とは言え、それは殺し合いではない。

 なれば、彼への対応は明日以降で構わない。

 最悪、試合で倒して転がしてから詰問しても良いのだ。


 ……いくら強いと言っても、D級機体じゃヴィローの相手にはならんだろうしね。


「……。これは恥になる上に極秘情報のだが、止むをえまい。他言無用だぞ」

「はい」


 領主様は周囲を見回した後、僕の耳に口を近づけて呟く。


「実は領境の向こうに共和国どもの軍勢が迫っておるのだ。偵察をしたものによれば、後数日ほどでワシの領地に進攻してくる。敵の戦力、ギガスは大した数はいないものの、多くの砲と戦車を従えてきておる。ワシらは負けぬまでも苦戦するのは確かだ」


 ……共和国、最初の『予定』通りに進軍してきたんだ。なるほど。それで僕を味方に入れて勝ちを確定したいと、伯爵は思っているんだね。


「ワシら戦える者は、まだ良い。だが、身を守るすべもない民を無慈悲な暴力から守るのはワシら貴族の、領主のノブレス・義務オブリージュだ。共和国の魔の手から民を守る為、ワシらに力を貸してくれ。トシ殿!」


 ……あれ? 伯爵様って案外、マトモじゃないか!? 聞いていた話や他のアホ貴族と違うぞ。これ、作戦を変えなきゃダメだ。


「なるほど。事情は分かりました。では、詳しい契約内容は後にしまして。私、伯爵様のお力になりたいと思います。私も無辜な人々が争いに巻き込まれるのは望みませんから」


「あ、ありがたい。君が味方になれば共和国軍なぞ怖くないぞ! わははは!」


 僕は内心の困惑を一切見せず、伯爵のスカウトを受けた。


 ……民衆の犠牲は望まないのは本心だし、この伯爵も生かして捕まえてあげたいよね。彼からは妹、ナオミの行方は聞きたいし。民衆を弾圧しているとはいえ、顔を見知ってしまった人を殺すのは嫌だな。ホント、僕もすっかり甘くなったよ。


 僕が誰も殺さずに貴族軍を説得か制圧出来れば、お互いに犠牲も出なくてハッピーエンド。

 後は、共和国から来る執政官がちゃんとした政治をして領民を幸せにすればいいだけ。

 伯爵様には貴族連合の秘密をしゃべって頂き、後は豪華な牢獄で反省して頂ければ良い。


 ……僕が捕まえた悪徳貴族。皆、牢獄で大人しくしているらしい。牢屋の中じゃ命の危険がないからね。弾圧していた民衆の前に引き出されたら、間違いなく殺されちゃうもの。


 僕は、喜びながら僕の肩をバンバン叩く伯爵を殺したくないと思った。


 顔も人柄も知らなければ、妹や両親の仇として僕は簡単に殺せる。

 それこそ、命乞いする奴をヴィローで踏みつぶしてやってもいい。

 しかしターゲットを人として知ってしまえば、もう殺せない。

 ああ、殺したくない。


 ……まず明日の試合からだな。出来るだけ損傷を喰らわずに倒して。後は共和国軍とも犠牲者出さない様に打合せしなきゃ。しっかし、リリの事を僕も馬鹿にできないや。


 苦笑しつつも、僕は喜ぶ伯爵様の相手をした。

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