第8話 アカネさんの整備、ヴィローの愚痴。

【ですから、アカネ殿。この部品は、なにとぞ私専用の正規品で交換お願いします】


「ごめんね、ヴィローの旦那。その部品、関節軟骨は既製品しか無いんだ。今はそれで辛抱してくれよ」


 試合翌日。

 今日は昨日頑張ったヴィローの整備を、僕、リリ、アカネさんの三人で行っている。

 アカネさんは自分用にチューンしたF級整備ギガスを使って、装甲板や関節部などの大きな部品の取り外しをしてくれる。

 身長九メートルくらいのヴィローの側で三メートル弱のアカネさんの機体が、わちゃわちゃ仕事をしてた。


【むむむ。それでは頻繁に交換する必要がありますが、しょうがありません。でしたら、アカネ殿。こちらの部品こそ正規品で!】


「残念。そっちも既製品しか今はないよ。共和国にはA級とかに使えるオリジナル準拠なパーツを生産出来るプラントなんて無いから、ごめんね、旦那」


 プラント。

 それは無から有を生み出す魔法の機械。

 神話の時代、人々と共に宇宙そらの向こうから降って来たと伝説では言われている。


 ……僕たちの先祖は、なんでも『星の海』を渡ってきたって話だけど、本当かなぁ? 『あの人』も、そう話していたけど?


 乾ききった上に巨大な魔獣も闊歩かっぽする過酷な大地で人々が生きていられるのは、魔法とプラント、ギガスのおかげ。

 水をクリエイト・生む魔法ウォーターは旅人には必須だし、プラントは大量の水や食料、電力、そしてギガスの部品など工業製品を生み出す。

 また、ギガスは人同士の争い以外には、巨大な魔獣退治にも使われる。


 大抵の街は、人々の命を繋ぐプラントを中心にして形造られる。

 そしてプラントにもAからCのランクがある。

 Aクラスのプラントともなれば、一機で数十万人もの人口を維持できるとも聞く。


 ……プラントごとに特徴があって、水や食料を生み出すのは何処も同じだけれども、不思議な事に機械部品とかになれば得意不得意があるんだよね。


 ここ、闘技場の街ラウドにもプラントが存在し、領主城の裏山中腹に埋まっているらしい。


【はぁ。私がパワー全開で戦える日は、いつ訪れるのでしょうか?】


「旦那が本気を出す相手なんて、何処にもいやしないさ。それこそ同じ神話級のギガスでも出てこなきゃね。幸い、貴族連合の領主が持っている旗機フラグシップは全部知られてて、いいとこA級までだから安心さ」


 貴族連合、彼らは先祖代々の遺産たる古の機体、A級ギガスを持つ。

 神話時代の強大な力を未だ持つA級ギガスの圧倒的な武力を背景に、貴族はプラントを入手。

 領地を武力によって支配して、更に多くのプラントや富、領民を手に入れるべく争いを繰り返す。


 ……そんな悪徳貴族に対抗する為に生まれたのが、共和国なんだよね。


「明日の準決勝には絶対勝てる様に調整しておくよ。まあ、D級相手なら楽勝さ」


「それでも油断しちゃダメだと思いますよ。あ、この部分はどうしたら良いですか、アカネさん?」


 僕はアカネさんに話しかけながら、整備をする。

 少しでも、次のヴィローの戦いを有利にしたいから。


「そこはグリス刺しておいて。あと、そこの蓋を開けて中に冷却水を追加しておいてよ」


「分かりました。そういえば、ヴィロー。昨日の試合で勝ってた黒いアイツ、なんかヤバくない? ドローンで偵察してたんでしょ?」


【ええ。D級らしき機体でしたが、とてもそうとは思えない動きでしたね、マスター。もしかすると、決勝戦の相手はあの機体かもしれません】


 僕はヴィローに昨日、僕らの後にあった試合について聞いてみる。

 準々決勝の四試合目。

 D級ギガス同士の戦いだったものの、僕らの前に戦っていたD級がグダグダな試合をしていたのと全く違っていた。


 漆黒の装甲を持つ、腕が長くて脚が短めの類人猿サルっぽい機体。

 それは、見た目から想像できない素早い動きをし、サイの角を持つ鈍重なD級ギガスを翻弄。

 眼を回したギガスの頭部を、死角からの巨大な拳で粉砕し勝利していた。


 ……サイとかサル、僕はヴィローの記録とかで教えてもらったんだ。人類の生まれ故郷にいる動物だって。


「ヴィローの旦那に映像を見せてもらったけど。あの機体、主機は現代のモノだけど制御中枢の仮面がいいモノと見たよ。他の機体は大したことないから、決勝の相手はアイツの気がするね」


 アカネさんは、エンジニアらしい視点で敵を解析してくれる。

 制御中枢が優秀なら、機体のレスポンスはかなり向上する。

 あの感じなら、昨日僕が倒したC級騎士にも楽に勝ちそうな気がする。


 ……もちろん、あれを使いこなす操縦士の腕も凄いと思う。名前、覚えておけば良かったな。


「おにーちゃんとヴィローなら、どんな相手でも絶対勝つよ!」


「リリ、ありがと。そういえば、昨日みたいな事、大規模魔法は僕らに相談もしないでやらないでね。バレたら君自身が危険になるから」


【私も念のためにマスター達の周囲をドローンで偵察していましたが、治療院の敷地を超え半径200メートルは治癒魔法の効果範囲でした。リリ様の存在が領主や貴族連合にバレると大変な事になりますので】


 僕は後ろに振り返り、僕とアカネさんに飲み物を持ってきてくれたリリに話しかけた。

 ヴィローも、昨日治療院での魔法範囲について細く説明してくれた。


 ……あれだけの広域治癒魔法なんて共和国内で出来る人は誰もいやしないからね。多分、貴族連合内にもいないだろう。その上、マナ切れしないからなぁ、リリは。


 リリが規格外なのは、理由がある。

 しかし、その理由は親しい仲間以外には誰にも、そうリリ自身にも知られてはならない。

 リリの危険にかかわる話だから。


「ごめんなさい、おにーちゃん、ヴィロー。わたし、怪我してるみんな、ハリーくんとお母さんを助けたかったの……」


「トシ坊。リリちゃんをあんまり叱らないでやってくれよ。でもね、リリちゃんも十分気を付けるんだよ? 坊やはね、リリちゃんの事を心配して叱っているんだからね」


 しゅんとしているリリを慰めてくれるアカネさん。

 僕も、リリが泣きそうなのを見て、びっくりした。


「あ! ごめん。リリ、僕少し言い過ぎた」


「ううん。いいの、おにーちゃん。いつも、わたしの事を心配してくれてありがーと」


 僕はヴィローから離れ、手袋を外して涙目のリリの頭を撫でる。

 サラサラとしたプラチナブロンドの髪が、僕の手に気持ちよい感触を残した。

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