第3話 試合前日! 賭博屋で自分に賭ける僕。

「また来たのか、ガキ? お前も賭けが出来る年齢じゃないだろ? 未成年に賭けをさせたら俺が捕まるんだぞ」


 僕は、リリと少年を伴って賭博商に向かう。

 お店の大柄なお兄さんは、僕の顔を上から覗き込んできた。


 ……僕、身長まだまだ低い160センチ強からなぁ。もっと牛乳飲まなきゃ。お兄さんってば、僕よりも頭一つは大きいから190センチくらいかな?


「僕、これでも十六歳なんですが? こちらが証明書。もう成人おとなですから賭けは出来ますよね?」


 僕は自らの顔、歳よりも幼く見られがちな童顔の立体映像が表示される身分証明書IDカードを、賭け屋のお兄さんにグイと示す。


 これは、自分の魔力にのみ反応するものマジックアイテム

 この世界においては、このカードで個人認証がなされる。

 また通貨デビットカードとして、紐付け口座から入出金も出来る便利アイテムだ。


 ……まあ、実際には共和国による『ホンモノ』の偽造IDなんだけどね。何人も悪徳貴族を捕らえた僕は、既に貴族連合の領内じゃお尋ね者だから本名は使えないし。口座から脚が付かないのも助かるよ。でも、これ。大昔からあるけど、誰が作ったんだろう?


 僕はIDシステムを誰が作ったのか、不思議に思いながら店員のお兄さんがID確認しているのを眺めた。


「う、しょ、しょうがない。で、どの試合に賭けるんだ? 今からなら明日以降の試合になるが……」


「明日の準々決勝第三試合をお願いします。『ヴィロー』って機体に、このお金を全部!」


 僕は自分のお金と少年のお金を一緒にして全部、賭け屋さんにドスンと預けた。


 ……ハリーくんの持って来たお金の三倍程を、ハリーくんのと合わせて自分の試合に賭けたんだ。僕が勝つのは、任務の絶対成功条件だしね。自分の試合に賭けるのも、ここでは別に禁止されていないし。


「この試合か……。おい! オッズは今だと九倍超えだぞ? いいのか、坊主? コイツの相手は優勝候補。領主様のお抱え騎士で整備万全のC級ギガスなんだが?」


「はい。少々お金が入用なので。それに絶対、このヴィローが勝ちます。僕、読みに自信あるんですよ」


 賭博商のお兄さん、意外と気が良いらしい。

 あまりに分が悪い賭けなのを心配してくれるのは嬉しいが、僕はこんなところで負けてはいられない。

 僕が勝てば、全て問題も無い。


「そ、そうか。じゃあ、賭けは成立したぞ。じゃあ、明日の試合結果を待つんだな」


「はい、絶対に勝ってきますね」


 ……僕、生き別れの妹ナオミとは、絶対にもう一度出会いたいからね。その為には関係していた貴族を捕まえて情報を吐かせなきゃだし。


 ギガス整備士だった僕の両親は横暴な貴族のたわむれで殺され、残された僕と妹は別々の奴隷商に売り払われた。

 そして僕は傭兵団へ戦奴として送られ、地獄の戦場を這いまわった。

 ナオミの行方は、今も生きているかどうかすら分からない。


 僕の家族を不幸にする原因を作ったバカ息子は、共和国からの任務で捕縛したが、彼も妹の行方は知らなかった。


 ……アイツ、家で付き合いのあった奴隷商の名前を吐いただけマシか。


 僕は共和国から任務を受けつつ、ナオミを探している。

 そして、もう一つ。

 リリをある場所へと届ける事も、『彼』から頼まれている。


 僕らは一旦、賭博商から離れた。


「おにーちゃん。明日は絶対に勝ってね」


「ああ。任せておけ! ハリーくん、そういう事だから、明日は闘技場に見に来て、応援してくれよな」


「うん。ありがとう、お兄さん」


 僕は少年の頭を撫で、彼を安心させるように笑顔を作った。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「やっほー。ヴィロー、調子はどう?」


【身体が重くて困ってます、リリ様。マスタートシ、まだ私から偽装装甲は外せないのですか?】


 夕食後、僕とリリは借りている倉庫に来ている。

 倉庫内では、固定具で立った状態のままになっている金属製の巨人がいる。

 リリは、一見不格好に見える鉛色な装甲に包まれた巨人ギガスに声を掛ける。

 すると、歪で大きな兜の下に見える赤い眼を光らせたギガスから、どこか硬い感じがする男性の声が聞こえてきた。


「ヴィロー、今は辛抱してくれ。まだお前の『正体』をバラす訳にはいかないからね」


【分かりました、マスター。後、各関節部に過剰重量が載るために負荷が非常に大きいです。ぜひ、次の試合後にはメンテを要求します】


 機械巨人、ヴィローは僕の愛機。

 リリと共に、ある者から託された「希望」でもある。

 彼の本来ある性能を全て引き出せるのなら、明日の優勝候補どころか領主の機体相手でも楽勝。

 更には領主軍のギガス全機と戦っても負ける気はしない。

 実際、僕とヴィローはこれまでも貴族らの駆るギガスを沢山葬って来た。


 ……自分で考えて話せる知性機体って、貴族でもまず持っていない凄い機体なんだよなぁ。少々口うるさいのは、しょうがないけど。


 そんな目立つ機体が変装なしにそのまま武闘大会に出たら、僕の身柄共々バレバレ。

 だから今回、ヴィローには偽装装甲を上から被ってもらっている。


 しかし薄くて機体との固定が甘い上に柔らかい装甲なので、防御効果は薄い。

 その上に、偽装装甲に邪魔されて関節の稼働範囲が狭くなっている。

 更にとても重いので、ヴィローは不機嫌だ。


 ……普通の鋼製の偽装装甲とヴィローの魔法金属ミスラル装甲じゃ、強度も軽さも全然違うしね。


「ごめんね、ヴィロー。お前の完全な補修や調整が、僕や共和国には出来なくて」


【いえいえ、マスター。私のようなトリプルA、神話級オリジナル戦闘機械を完全メンテするのに、今現在の科学・魔法技術では無理な点が多くあるのは重々承知しています】


 大半のギガスは、遺跡から朽ちた機体を発掘してリストアしている。

 しかしヴィローは、遺跡格納庫から劣化無しに発見された完全オリジナルの神話級AAA機体。

 なので通常の補修部品すら、入手がかなり困難だ。

 そういう事もあり、最近は本格的な戦闘一回ごとに大規模修繕メンテをしなくてはならない程、ヴィローの機体状態は良くない。


 ……貴族連合の何処かにある『プラント』なら上級ギガス用の部品を作れるらしいね。他だと、ヴィローに使える専用部品が入手できそうなのは、ヴィローとリリが居た遺跡か、リリを連れていく目的地くらいかな? 共通規格の既製品なら、共和国でも入手できるけど。


「明日には共和国からアカネさんが部品持って来てくれるから、それまでは辛抱してね。ヴィロー」


【名整備士のアカネ殿が来てくれるのなら、関節軟骨部分の劣化具合が危険域ですが我慢致します。マスター、明日は絶対に勝ちましょう】


「ヴィロー、おにーちゃんの事をお願いね」


 ……関節軟骨が不味いかぁ。どうしても膂力りょりょく強いから関節に負担が大きいんだよねぇ。腕も多いから交換部品も多いし。


 今は僕たちとヴィロー以外、倉庫内には誰もいない。

 なので、リリは暑苦しいローブを脱いでいる。

 リリは、ショートパンツから日焼けの跡も無く瑞々しい白磁の脚を惜しみなく見せ、少し尖って長い耳も露わにしている。

 リリ、はしゃぎ気味にヴィローのコクピットに昇って、モニター画面を覗き込んで楽しそうだ。

 リリの瑠璃色な瞳にモニターの映像が反射して、僕の目にも飛び込んできた。


 ……リリ。僕は必ず君を『聖地目的地』に届けるよ。それが僕の願いをかなえる事にも繋がるからね。


【お任せあれ、リリ姫】


「いやん。わたし、お姫様じゃないよ、ヴィロー?」


 ……ヴィローのいうお姫様っての、間違いじゃないんだけどね。僕は、リリが世界を救う『カギ』と聞いているし。


 僕は少しでもヴィローの調子を良くするために、各部をチェックしたり油を差す。


【マスター! 武器ですが、せめて棍棒ではなく。このメイスを使わせてください!】


「はいはい、ヴィロー。分かったよ。でもお前、武器には案外とこだわりがあるんだなぁ」


【ただの棒にはロマンがありませんですから。鈍器には鈍器成りの、鋭利な刃物には刃物の良さがあるんです。明日は『一応』騎士ギガスとの戦いですし。ああ、私の愛用剣を使えれば、何もかも真っ二つなのですが……】


「アホかぁー! ヒート電磁加熱剣なんて使うギガス。神話級ってバレバレじゃないかぁ!」


「おにーちゃんとヴィローのお話。聞いてて楽しいね」


 ……ヴィロー、妙にロマンチックだからなぁ。機械知性にロマンを語られるなんてね。


 僕らは夜遅くまで、漫才風な会話をしながらヴィローを労わった。

 そして夜は更ける。

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