第2話 闘技場のある街ラウド。

 ドカン、ガキンと金属同士が激しくぶつかり合う音が闘技場内に響く。

 ここ、ラウドの街では支配する領主ファルマン伯爵により、魔法の力、マナを動力とする有人操縦型な機械巨人ロボットギガスによる武闘会が定期的に行われている。


 今、僕の目の前で行われているモノも、その武闘試合。

 首が無く寸胴で歪な人型をした身長六メートル程、鉛色の機械巨人、D級ギガスが棍棒や蛮刀を振りあっている。


 機体装甲に武器が当たるたびに、鈍い音が半径百メートル程の闘技場内に響く。

 武器や拳がぶつかる度に機体各部から火花が飛び、ボルトやリベットが千切れる。

 そして時折、蒸気や血のようなオイルが殴られた機体から吹き出す。


 動体に埋まった頭部に牛のような角の持つ機体、そして首の無い頭に赤く光る単眼を光らせる機体が激しく近接戦を繰り広げている。


「トシおにーちゃん。どうなの、この試合?」


「今は準々決勝の第二試合、Dクラスの機体同士の殴り合いだね。あまり見るべきものは無いよ」


 僕の横には、目深に白いフード付きローブを被った少女リリがいる。

 身長130センチ少々の華奢な肢体を精一杯伸ばす少女。

 彼女は、フード越しに瑠璃ラピス・ラズリ色の透き通った瞳で闘技場内での戦闘をじっと見ている。


「でも、この試合に勝った方と、おにーちゃんは明後日の準決勝に当たるんでしょ?」


「どっちかというと、準々決勝。明日の相手の方が強敵だよ。優勝候補のC級機体だし」


 お互いにフラフラな機体同士が殴り合う。

 加熱オーバーヒートと損傷で脚も動かず、もはや距離をとっての戦いが出来ない両機。

 双方のマニュピレーターは共に既に壊れていて、得物を満足に掴めない。

 指が折れてしまった拳で殴り合う、グタグタな「泥試合」状態。

 観客からも「真面目にやれぇ!」とか「面白くねぇ」とかの怒声が飛び交う。


 ドカンとカウンター気味のパンチが、単眼の機体頭部に突き刺さった。

 そしてまるで単眼巨人サイクロップスのような首が、機体から千切れて吹き飛ぶ。

 ゴロゴロと機械の生首が闘技場の床を転がっていき、舞台の上から落ちた。


「勝負あり! 頭部破壊により『ブルホーン』の勝ち! これにて『ブルホーン』は三日後の準決勝に勝ち上がりました。賭け率オッズは1.4倍!」


 審判員から勝利宣言がなされた直後、制御中枢が納められた頭部を失い、ガクンと擱座かくざする単眼機。

 闘技場内に悲鳴と歓声が飛び交う。

 賭けに負けた客は嘆き、勝利し儲けた客は喜んだ。


「もう帰ろうか、リリ。ヴィローを待たせっぱなしじゃ悪いしね」

「うん、おにーちゃん!」


 僕たちは、喧騒がいつまでも終わらない闘技場を去った。


 僕たちは二人、砂埃の舞う街ラウダの繁華街を歩く。

 酒場や食堂に土産物店、宿屋、更には多くの雑貨販売店が並ぶ街。

 向こうの方では、生鮮食料品すらも露店販売をしている。

 僕自身、ここまで繁栄している繁華街は初めて見る。


「今日は何食べようかな? おにーちゃんは何が良いの?」


「僕は、リリが好きな物なら何でも良いよ。あ、前見ずに歩くと危ないぞ?」


 僕の方に振り向き、後ろ歩きになって嬉しそうに僕の顔を見上げてくるリリ。

 後ろに手を回しスキップするリリの可憐な様子に、僕は笑みが思わず浮かんでしまう。


 目深に被ったローブの隙間からプラチナブロンドのボブヘアーがぴょこぴょこと見え隠れしているが、目立つ尖り長耳はちゃんとフードの中だ。


 ……僕、リリと出会わなければ復讐の業火に飲み込まれ、地獄を這いまっていたに違いないや。ありがとね、リリ。


「はーい! ここ、人通り多いものね。みんなの邪魔しちゃ悪いもん!」


 リリは前に向きかえり、僕の横に並んでギュっと腕を組んできた。


「あ、念の為に明日の僕が戦う試合の賭けをしておこうか。仕事依頼してきた共和国も、僕らが自分の試合に賭けで儲けたらダメってのは言わないだろうしね」


「じゃあ、わたしはおにーちゃんに、いーっぱい賭けるの。お金一杯儲かったらアカネさんと一緒に美味しいもの食べようよぉ!」


「そだね」


 今回、僕たちは雇い主の共和国から任務依頼を受け、この街ラウドに来ている。

 賭け試合の背後に潜む秘密結社の調査、そして貴族連合の重鎮であり金庫番、僕の仇の一人でもあるこの地の領主アルテュール・ファルマン伯爵の身柄確保が目的だ。


 ……共和国は、重税や圧政が出来る貴族連合よりも資金的には余裕が無いからねぇ。第一、共和国はつい最近に国家体制へ移行したばかりだし。


「おにーちゃん。アソコの賭け屋さんの前で何か揉めてるよ?」


「どれ? ん、危ないお兄さんが子供をイジメてるの? 見て見ぬ振りは出来無いよな」


 僕は、賭博商の店先で十歳前くらいの男の子を今にも殴りそうになっていた店員らしきお兄さんの前に飛び出した。


「子供相手に大人げないですよ、お兄さん? 何かありましたか?」


「オマエもガキだろ? 邪魔すんな! コイツはな、賭けを許可される歳じゃないのに賭けをさせろって煩いから、店から追い出してたんだ」


 大柄なお兄さんの言い分を聞いて、僕は地面にしゃがみ込んでいる子供の方に視線を向けた。


「一体どうしたんだい、坊や?」

「ボク。おにいちゃんとおねーちゃんにお話してくれない? ここじゃ皆の邪魔になるから、少し離れたところに行こうよ」


 僕とリリは二人腰を屈め、泣き顔の少年の顔を覗き込んだ。


「……うん」


 僕とリリは、まだぐずっている少年を路上から引っ張り上げ、露店に連れ込んでジュースをおごった。


「ねえ、君。どうして賭博屋の前で店員さんと揉めていたんだい? 君みたいな小さな子が賭博なんて似合わないよ?」


「ねえ、ボク。お姉ちゃんたちに何があったか教えてくれない?」


「ぼ、僕。お金がたくさん欲しいんだ。病気の母さんを助けたくて……」


 まだ鼻をグスグスしながら、リンゴジュースを飲む少年、ハリー。

 彼から詳しく話を聞けば、長患ながわずらいをしている母親に治療薬を買うためにお金が欲しいらしい。


「僕の家、お父さんが居ないんだ。お父さん、去年母さんを助ける為に闘技場に挑んで……」


 かつて騎士見習いだった少年の父親。

 愛用のE級機体を駆って武闘会に挑戦し、命を落としてしまったらしい。

 そんな話を鼻をグスグスさせて語る少年。


 ……E級の機体じゃ、正直厳しいよな。優勝候補はC級で領主お抱えのアイツだし。


 ギガス。

 それは、各地の遺跡から発掘されるモノ。

 マナを動力として動く巨人だが、その中でも人型の姿を取る機械騎士から、フレームや操縦士がむき出しの強化外骨格レベルまで外見や性能は千差万別。


 完全な人型騎士の姿をしている身長九メートル超えのC級に対し、E級は破片避けレベルの薄い装甲がある三メートル強の対人戦闘用機体。

 機体の大きさも上級になればどんどん大きくなっていくし、正直クラスが3つ以上違えば通常勝負にはならない。


「僕、直ぐにお金が手に入る方法を賭けくらいしか知らなくて……」


「そうか。じゃあ、僕と一緒に賭けに参加しない、ハリーくん? 君のお金と僕のお金を足して、明日ある優勝候補の試合に賭けてみようよ。大丈夫、絶対に儲かるから」


「うん! おにーちゃんは絶対に勝つからね」


 僕は、少年のお金儲けに協力することにした。

 どうせ僕が勝たないと、任務もこなせないのだから。


「お兄さん。もしかして……?」


「うん。一石二鳥でしょ? さあ、ハリーくん。一緒に行こうよ! おにーちゃんに賭けたら大儲けなの!」


 僕はジュースを飲み終えた後、ポカン顔の少年を引っ張るリリと一緒にもう一度賭博商に向かった。

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