離さないで

温故知新

離さないで

「オフィーリア!」



 両国の話し合いにより、100年に及ぶ長き戦争が『和平』という形で終わりを告げた。


 ついさっきまで刃を交わしていた者達が、互いに肩を組んでようやく訪れた平穏に喜んでいる中、騎士団長リオネルは急いで前線から離れると、愛する人がいる救護用テントに駆けこむ。



「リオ、ネル?」



 『聖女』と謳われた彼女のために用意されたテントの中で、虫の息でベッドに寝かされていたオフィーリアはゆっくり目を開けるとリオネルを迎えようと起き上がろうとする。



「無理をするな。ようやく戦いが終わったところだろうが」

「そう、だったわね」



 青白くなった顔で優しく微笑むオフィーリアに、涙をのんだリオネルはベッドに近づいて彼女の寝かせると華奢な手を優しく握る。



「戦争が終わる直前、部下から『負傷した者達を治療してテントを出た直後、死にかけた敵兵に襲われたと』聞いた」



 護衛騎士の目を掻い潜った敵兵は、無防備になったオフィーリアの背中に思いっきり刃を立てた。

 それに気づいた護衛騎士達は、死んでしまった敵兵からオフィーリアを引き離すと、そのまま彼女を急いでテントに避難させ、近くにいた治癒術師たちに治療を頼んだ。


 不運なことに、負傷したオフィーリアの怪我は酷く、治療術師達の手でも彼女を死の淵から救うことが出来なかった。



「ようやく、ようやく、君と幸せな日々が始まろうとしていた時だったのに……!」



 男爵令嬢だったオフィーリアと伯爵家次男だったリオネルは、幼い頃から仲良しで、オフィーリアが『聖女』に選ばれた時、リオネルは彼女のことを守ろうと騎士になる決意をした。


 そして時が過ぎ、『最強騎士』と呼ばれたリオネルが騎士団長になった時、リオネルはオフィーリアに結婚の約束をした。



「『もうすぐで平和になるから、その時に結婚しましょう』と君が返事をしてくれて、そのために俺は戦ってきたのに、どうして、どうして……!!」



 オフィーリアの冷たくなる手を握り、俯きながら悔しさを滲ませるリオネル。

 すると、リオネルの手に冷たく細い手が覆い被さった。



「オフィー、リア?」



 涙を滲ませながら顔を上げたリオネルに、儚く笑ったオフィーリアが口を開いた。



「ねぇ、リオネル。もし……もし生まれ変わったら」

「やめて、やめてくれ」



(目の前から君が消えるなんて考えたくない)


 握った手からオフィーリアの温もりがだんだん無くなる。


 それでも、現実を認めたくなかったリオネルは駄々を捏ねる。

 しかし、笑みを浮かべたオフィーリアは小さく首を振ると話を続ける。



「もし生まれ変わったら、その時は私のことを見つけて捕まえてね。そして……」



 涙を堪えるリオネルに、オフィーリアは最期の願いを託す。



「絶対に離さないでね」



 満足げに笑った『聖女』オフィーリアは、安心したように目を閉じるとそのまま息を引き取った。



「オ、フィーリア……」



(嘘、だろ?)



「オフィーリア! オフィーリア!」



(嘘だ、嘘だ、嘘だ!)



「落ち着いて下さい、リオネル団長! 聖女様はもう……!」

「っ!」



(オフィーリアは、オフィーリアはこの国の聖女で、誰よりも治癒魔法に長けていて、優しくて、慈悲深くて……そんな彼女が……)


 部下から現実を突きつけられたリオネルは、走馬灯のように彼女との思い出が蘇り、堪えていた涙を流す。

 すると、彼女の願いを思い出してリオネルは冷たくなった手を握り直すと不器用に笑う。



「そうだな、オフィーリア。生まれ変わったら、君を見つけて捕まえるよ。そして……」



 慈悲深い笑みを浮かべているオフィーリアに顔を寄せると形の良い唇を重ねた。



「絶対に離さないから」





「ママ、ただいま~!」



 お針子の一仕事を終え、家に帰って夕食の準備をしていると、娘が平民学校から帰ってきた。



「おかえりリア。今日はどうだった?」

「あのね! パパが授業中にまたママの話をしていたよ!」



(もう、あの人ったら! 『学校で私の話をしないで』って何度も言っているのに!)


 娘から夫の様子を聞いて恥ずかしさに苛まれているとご機嫌な夫が帰ってきた。



「ただいま、オフィーリア!」

「リオネル!」

「パパ~!」

「おぉ、リア! 今日も頑張ってて偉かったぞ~」



 娘を抱き上げて頬ずりをする夫に、呆れつつも私はこのささやかな幸せを噛み締める。

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