第6話 夕食

 FCわかばの練習が終わりスクールバスに乗って、夜八時半に帰宅。

 ナナはにもつを置いてダイニングテーブルに着く。

 パパ、鈴木陽一(すずきよういち)はとっくに食事を終えてた。

 

 パパの仕事はいちおう作家で、この自宅が仕事場。

 おとなの言葉で言うと、『書斎しょさい』って言うらしいんだけど、そんなに大げさなもんじゃないよ。


 パパの部屋にはつくえ、いす、本棚ほんだな、そしてその他がちょこっとあるだけ。

 まわりの人はパパのこと自由人って言ってる。

 けど、ナナにはまだ分からない。


 パパは週末、ナナやタクの試合をよくおうえんしに来てくれる。ママといっしょにね。

 ナナはうれしいけど、タクはそろそろ限界げんかい、って言ってるかな。


 今日、バス停『国鳥台こくちょうだい』で起きたことをパパとママに話してみた。

 「ナナ、ベビーカーの件はお手柄てがらだ。ただ、ボールはべんしょうしないとだめだな」

 パパは深刻しんこくそうに話す。

 そりゃそうだよね。新品のボールだもの。ナナもちょっと反省。


 「はい、ナナ。今日の夕食はチキンカレーよ。ルーもライスもいっぱいあるからね」

 ママがナナの前にチキンカレーの皿を置いてくれた。

 ナナはトングを使ってサラダボールから、もうひとつの皿にサラダを盛る。そしてスプーンでカレーをほおばった。

 「ママのカレーおいしい!」

 よく煮込まれたチキンの肉にかみごたえがある。ルーの辛さもナナにはちょうど。


 「ところでナナ、サッカーのセレクションはどうするんだ」

パパが、スプーンを手にしたナナにたずねる。

 「うーん、とりあえず『おっさんSCレディースU15』と『カルディ府中アリーナ』は受けようと思ってるけど」

 カレーを口に入れる前にナナはこたえた。


 するとパパは言う。

 「練習のつもりで『ごきげんよう白金』のセレクションも受けたほうがいいんじゃないか」

 「どうしようっかなあ、そうしよっかな」

 ナナは話がうわの空でカレーだけに集中。そのすがたを見て、

 「よし、分かった。ごきげんよう白金の申し込みはパパにまかせとけ」

 と、パパはまるで自分がセレクションを受けるみたいに、書斎しょさいに向かっていき、バタンとドアを閉めた。

 そのドアから、キーボードを打つ音がカタカタとリズムよく聞こえる。


 ナナはママといっしょにチキンカレーを食べながらおしゃべりしてた。

 すると、ナナのうしろからガチャガチャとげんかんのカギを開けようとする音が聞こえる。


 「ただいま」


 タクがおっさんSCジュニアユースの練習から帰ってきた。


 「タク、チキンカレーあるけど、どうする」

 ママがたずねると、

 「うーん、アカデミーの食堂で食べてきたんだけど、少し食べる」

 タクはそう言うと、洗面所せんめんじょのほうに向かい、手を洗いに行く。

 学校でもしっかり手を洗ってうがいも欠かさないように、って指導されてる。


 「タク、ナナがね、おっさんSCレディースU15を受けるみたいよ」

 ママがテーブルにやってきたタクに話す。


 「マジ? マジかよナナ?」

 タクが目を点にしてナナにたずねてきたの。

 「今んとこね。なんかまずいことでもある?」

 「いや、べつに……」

 タクはそう言うと、

 「やっぱ、もう寝るわ、ママ。カレーは明日食べる」

 「そうなの。今、あたたかくておいしいんだけど」

 ママが残念ざんねんそうに言う。


 「ごめん、つかれたからもう寝る」

 タクはだるそうに自分の部屋へと入っていった。



 


 



 


 






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