第10話

「その写真は傷をつけてから、二〇秒も経っていないうちに撮られた物よ。彼女もスペイン語なまりの英語で、木箱の中の食品を食べたと言ったわ」

「その子は、今どこに居る。いくら何でも殺しはしないだろう」

「当たり前よ。私達だって良心ぐらい持っているわ。だからといって家族の元に返すこともできないから。ある場所にかくまっているわ」

首をひねる俺に対して彼女は「その場所に案内するわ。その代わり、彼女達を見たら、あなたたちが責任を持って引き取ってもらえる?」と聞いて来た。

「そりゃ、内容如何だな。行ってみないことには俺一人の決断ではどうにもならない」

 俺はそう言いつつも、横につるしてあるボートを下ろす準備を始める。

「それじゃ、困るわ。いつまで引きこもりのままじゃかわいそうよ」

そこへ丁度良くレクトラが船員服姿でこっちにやってきた。

どうやらバルロの会話を始終聞いていたみたいで話に割り込んできた。

「おばさん、分かったよ。船長や本社に僕から伝えておくよ」

「ぼ、坊やが? ほんとに大丈夫なの?」

「ちょ、ちょっと待ってろ。少し込み入って話すから」

 俺はすぐに船長と内密にわからないように話し込み始める。

「いいのですか、船長。勝手に決めてしまって」

「構わん。ここには一〇〇年単位で引きこもった人間を財団やその関係組織はここを含めて受け入れをしているだろう。確認さえ取れれば、それ相応の教育と訓練を受けさせることもできる」

 確かにそうだが、正直引きこもりが社会問題になっているからこそ通じる理論だろう。

「お話のところ悪いけど、そろそろ、出発しない」

「ああ、分かった。バルロは先にボートに乗っていて。すぐに話に蹴りつけるから」

 それを聞いたバルロはいぶかしみながらもボートに乗りダビットクレーンを下すリモコンを操作して海に降りていく。

「とにかく、お前はその場所に行ってくれ。恐らくマリエッタもそこにいるはずだ。そして、彼女をここまで連れてこい、拒否しても首に縄を着けても連れてくるんだ。いいな?」

「わかりました、船長。まずはバルロと一緒にその場所に行きます。何かわかったら、すぐに連絡します」

「わかったらいい。では気を付けていって来いよ」

 話が決まった俺はすぐにクレーンの滑車のワイヤーにしがみつくとボートに降りていく。

 ボートに着地したのを確認したバルロが繋いであったフックを外して、エンジンに火を入れ始める。

「ホントにマリエッタがいるのか?」

「勿論よ、私たちが彼女たちを世話しているから」

 なぜか複数形を使ったような気がしたのだが、その時はあまり気に留めることもせずに、ボートの舵を握り彼女の指示する場所に向かうのだった。

 出発して三〇分、俺たちは岬にある崖付近に舵を取っていた。その崖には石を削って作られた階段があり、見たところ数百年前に作られたようで、手入れも波の浸食を受けながらも行き届いているのが分かった。

「ここが、その指定した場所だな」

「ええ、この階段を登って出たところに彼女たちはいるわ」

 俺たちその階段を一段一段登り始める。その階段の壁付近に視線を向けると、そこには十字架や聖母を模した観音像などが掘りぬかれた壁のくぼみに安置されていた。

「バルロ、これはもしかして」

「そうよ。ここはね、大航海時代に修道士たちが流れ着いた場所なの。その昔に教会の布教に力を入れていた地上の人間が私達にも信仰を根付かせようしたわ。最も私たちが人間とみなされていなかったからすぐに追い出してやったけど」

 バルロは昔を懐かしむように笑いながら懐中電灯を使って登っていく。俺はそんなことを聞き流しながら登っていく。

「で、そのあとは?」

「その後は、宗教がらみで故郷を追われて、なおかつ年も取らなくなった人間達がここに隠れ住むようになったの。私たちは最初追い出そうとしたけど、一部の仲間が秘密裏に世話すようになってからは黙認するようになったの」

「今の言葉でいうグレーゾーンというやつか?」

「その通りよ、それがコミュニティを作って堕落した生活をしているの」

 俺たちが会話していると、丁度出入り口付近にたどり着いた。

 太陽の光が照り返して暗闇に明かりをともしたかと思うと、そこには船の残骸と拾ってきた大きく角ばった石で作り上げた、それでいて立派な教会が目の前に現れた。

「これはすごいな。ありあわせにしてはよくできてる」

「ここに、遭難した少年たちが自らの信仰を守るためにDIYで作ったようよ」

「え、DIY?」

「日曜大工、つまり手作りって意味よ」

 俺はそれを聞いて長く生きていたせいとはいえ今どきの言葉に疎いなどとはいやはや穴があったら入りたい位に恥ずかしい思いをした。

「さあ、この中に彼女たちはいるわ。静かなところを見るとおとなしくしているみたいね」

 その時の俺の想像とは言うと敬虔な信徒になって信仰を守っているというものだった。

実際にこのような事例は枚挙にいとまがない。

 バルロはドアに手を伸ばして、ゆっくりと開く。

 その匂いはカビとありとあらゆる酒の匂いが俺の嗅覚を刺激した。

「な、なんだ、これ。酒の匂いがひどいぞ」

「それはそうよ。彼らはここでよく酒盛りしているから」

 足元を見ると、空き缶や空き瓶が椅子の隙間などに転がっているのがみえ。その中にはマリファナや大麻樹脂を混ぜた煙草の残骸が転がっていた。

「うちだったら、まず懲罰委員会に掛けられる事案だぞ」

「だから、引き取ってほしいのよ。たばこや酒はともかく薬やギャンブルはお手上げなのよ」

 そんなの、俺らだって問題だ。普通の人間の治療すら満足できないのに数百年分の依存など想像するだけでも恐ろしい。

 俺は少し冷静になるために椅子に腰かけた時、少年の悲鳴が下の方で聞こえて何か柔らかいものを踏んだような感触を覚えた。

 驚いて振り向くと、そこには一九歳くらいの美少年が神父服姿で頭を叩きながらくるまった毛布を脱いで起き上がってきた。

「な、なんだよ。お前は。あ、バルロ久しぶりだな」

「久しぶりとかじゃないでしょ。あんたら朝までここで寝ていたでしょう」

 彼女はまるで子供叱るように説教をした。すると次々と様々な人種の少年少女が聖職者の格好をして起き上がってきた。そのしぐさは、ごろつきのような態度だった。

「バルロ、おはよう。今日も差し入れを持ってきたの?」

「違うわよ、別の用事よ。それに今は十一時近くよ。おはようの時間じゃないわ」

「私たちは会ったときは、おはようというの。で別の用事があるって言っていたけど何?」

 黒人少女の質問に対してバルロは「今日は私の甥が海洋研究所の調査と引き揚げの一環でマリエッタに話があるの」と答えた。

「調査? 一体、何の?」

「この中にマリエッタがいるだろう。彼女が向こうの湖に沈んだ貨物船の唯一の生存者だと調べてわかった。まあ、バルロの頼みも含まれているがな」

「まあ、頼みについては後でするとして、マリエッタだな。あそこの棺で寝てるよ」

 少年がその棺の方を指さすと、十四歳くらいの少女が修道服と革製の手袋をつけて片足を出したまま寝ていた。

 俺とバルロはその棺の方に乱暴な歩き方で近づいて、棺を蹴って起こした。

「うが、な、何? あらバルロおはよう。そっちの子は誰?」

「お前がマリエッタか、俺は海洋研究所メルビレイの職員でマサルという、少し時間あればお話ししたいのだが」

 棺からゾンビや吸血鬼のように起き上がったマリエッタは栓の開いたテネシーウィスキーをラッパ飲みしながら、面倒くさそうに答えた。

「別に構わないけど、お前みたいな坊や若いだけで年食った破戒僧の集まりにいい話はできないわよ」

「心配しなくていい、俺の親父もそうだし、俺自身もそうだ」

 その言葉を聞いた十五人の破戒僧たちは思わず思考を停止させて、俺の方を向いた。マリエッタは「マジで?」とバルロに問いただす。

「本当よ、この子の両親は私の末の妹ルリアで父親が五十年以上前にこの海に沈んだ原子力潜水艦オリオンの機関員だった武志。マサルはその間にできた子供よ」

 マリエッタたちはいまだに疑っていたため、俺はシャツを脱いで、わき腹にある鰓を見せて事実であることを伝える。

「……少し待って、あたし、酒がない人前で話せないこのざまだから話せるように準備しないといけないから」

 軽く掃除して彼女と俺が話せる状態にした。床に散らばった空き缶や吸殻を綺麗さっぱりかたずけて、棺をごみ箱代わりにして捨てた。

「じゃあ、何から聞きたいの?」

「そうだな、本題に入る前に聞きたいことがいくつかあって」

 俺は船の話とその後のリクルートの話題に入る前に、彼女の過去と船に密航するまでのいきさつを聞くことにした。

「お前は、湖にある鉱山町で暮らしていたのだよな」

「ええ、あたしは炭鉱が衰退し始めたころに生まれたわ。その頃には8人の姉弟がいて、食い物の奪い合いなんか日常茶飯事だったわ」

「でも、お前が生まれる前は両親の稼ぎはよかっただろう」

 勿論それは先の大戦が終結するまでの話で黒いダイヤは文字通り一文無しの炭素の塊に落ちていること知っていた。

「ええ、馬鹿親父が小さい頃は文字通り儲かっていて、酒や女ギャンブルと生まれたころの私の時代からすればよだれが出るほどうらやまし生活をしていたようよ」

「よく言うわ。私からの贈り物であなたたちは自堕落な生活しているくせに」

 バルロの突っ込みにさすがの彼女も気まずい表情で恥ずかしくしていた。

「話を戻そう。幼少期の極貧から脱却するのが目的で。エドワルド・セントラル号に密航したのか?」

「ええ、それは間違ってないわ。でも、きっかけは馬鹿親父が炭鉱の事故で死んだからよ」

「よく聞く話だな。落盤や火災、爆発と炭鉱の掘削は死と隣り合わせらしいからな」

「そのようね。私もテレビや本で知っているけど、昔は儲かる分やばいらしいわ」

「しかも、残酷な話で坑道が塞がれて、逃げられないまま一酸化中毒で死んだようなの。全くひどすぎて涙も出ないわ」

 彼女はそう言ってテネシーウィスキーを飲んだ。そして、俺のグラスに入れて飲むように勧めてくる。

「いいのか、かなり上物だろう」

「いいよ。あたし、あんたが気に入った。話が済んだら一緒に寝ない?」

 そのお誘いに俺は思わずドン引きした。言い方は悪いが性癖が偏ってて裸の女が好きになれないのだ。

 その様子を見ていたバルロは鋭い視線でマリエッタを睨みつける。

「マリエッタ。覚えてる? この子は私の甥なの。もし何かあったら」

「わかったわよ、そんなに睨まないの。少しからかっただけよ。こんな六十を超えた若作り婆と寝るチェリーボーイなんていやしないわよ」

「言っておくが、俺はこう見えて六十近くなんだ。つまり年代が近いんだ。最も俺やお前らみたいな若作りは腐るほど見ているがな」

「どういう事? まあいいわ。親父をなくしたあたしらは文字通り一家離散、身売りする奴もいれば、出稼ぎに行くやつもいたわ。私もその口でこんな場所とおさらばしたくて、男に化けてエドワルド・セントラル号に乗ったわ。丁度残り少ない石炭か鉄鉱石を積み込んでいるころにね」

「それで、船旅はどうだった?」

「そりゃ勿論、最悪だったわ。後で知ったのだけど、バルロの仲間が臨検しに来ると聞いて船長が慌てふためいて、出航を繰り上げたのよ。そのせいで食料を買うこともできず、なんか倉庫にしまってあった肉の缶詰を食べたわ。それが、東洋で不老長寿の妙薬として重宝された水生人間の肉だと知ったのはずっと後になってからよ。お腹が膨れたと思っていた時にこの湖ではよく起きる嵐に巻き込まれて、いつ沈没してもおかしくない状況になったわ」

「それで、どうやって助かった?」

「沈没すると思った私は迷路のような船の内部を必死になって走ってようやくデッキ出たと思ったら、波にさらわれて浮き輪を掴んでようやく助かったわ。その時にここにはいないはずの河童の爺に助けられて、岸までたどり着いた。そのやり取りは聞いていると思うけど」

 彼女はそう言って再びウィスキーを口に運んだ。手の震えはないがアル中の一歩手前かもしれない。

「そこからの話は私がするわ。彼女が私たちの肉を食べたことに気が付いた私たちはすぐに彼女を保護してこの教会に移送したの。すでにコミュニティができていたから」

「よくわかった、ありがとう」

 俺はICレコーダーのスイッチを切り話を切り終えた。彼女たちは俺の持つ電子機器に興味津々だ。

「それ、その金属の四角い箱は何なの?」

「ああ、スマートフォンと言って多機能型の携帯電話なんだ」

 俺の言葉を聞いた他の十四人は物珍しそうに見つめて「これが未来の電話か」とか「テレビとかで見たことがある」とか様々なカルチャーショックを受けていた。

「俺も携帯電話を持っているぞ」

「え、こんな文明とかけ離れたところでよく手に入ったな」

 驚く俺に対して彼の持ってきた携帯電話はもはや時代遅れもいい位に大きかった。無線機かよくて電話の子機じゃないかと今どきの人間が疑るほどの骨董品だった。

「この教会でよかったな。今の人間に見せたなら笑われるぞ」

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