第9話
俺は適当に言ってみた。するとすぐに「そうじゃ、そういう名だ」と叫んだ。
「わかりました。貴重な話を聞けました。後はこちらで調べて見ます」
俺はICレコーダーのスイッチを切り握手を求めたが、コジローは「俺たちに握手する習慣はない」と言われたため、そのままサブローと別れた。
その帰り際、コジローと俺は互いにエドワルド・セントラル号の沈没事故に隠された真実について話し合った。
「まさか、生存者がいたとは」
「ああ、しかも、連れて行ったのがバルロだとは思わなかった。でも、なんで?」
「考えられる可能性としては何らかの事情があって帰せなかったと言うことだな」
「明日のエドワルド・セントラル号の引き上げと追悼が済んだら会って聞いてみる」
「あの人は口は堅そうだが大丈夫か?」
「聞くだけ聞くさ。でも、今は明日の為に休んでおかないといけないな」
俺たちはそう話し合って、夜の星空を見つめていくのだった。
翌朝、俺たちはランチボートをエドワルド・セントラル号の沈没地点に錨を降ろして、海底の調査にかかる。
今回はコジロー達の他にカワイルカ達も一緒に潜ることになった。彼らは沈没船に関しては詳しくエドワルド・セントラル号もよく狩りの際に見かけるためだった。
俺は酸素ボンベとスキューバダイビングスーツに身を包み、湖の中に潜ることになった。
もっとも、酸素が空になっても、お腹にあるエラで呼吸はできるのだが。
「じゃあ、皆さん気をつけて」
「写真を撮影し終えたら、また戻る」
カワイルカ達は鳴き声を上げて「早く一緒に行こうよ」と催促してくる
「そうせかすな、ハチ。すぐに潜るか待ってろ」
コジロー達カッパはカワイルカの頭をなでて、待つように言う。
「それじゃ、行くか」
「ああ」
俺たちは一斉に水中の中に潜り、沈没地点の下に降りていった。
この湖の深さは約一〇〇メートルで周囲には多くの外来魚や肉食性のある生物が激しい生存競争をしてその日を生きている。
水は潜れば潜るほど青から紺、紺から黒へ水中の色を濃くしていく。光が届かなくなり、ここからは懐中電灯が必要になる。
カッパ達もこの深さになると目が利かなくなるためライトを使って湖の中を泳いで行く。
潜水して一五分。前方に大きな影が見えてきた。
その物体は近づいていくうちにいくとそれは岩ではなく鋼鉄でできた人工的な何かであることは見て取るようにわかった。
その人工物が沈没した船の裏返った船体だとわかるのに数分の時間を要した。俺とコジローがカワイルカとともにライトを照らしながらその人工物を撮影していると、その船体の最後尾に舵と四枚羽根のスクリューが見えた。
その船尾部分の船名を確認しようとしていると、その破損によってできた穴から魚が勢いよく飛び出てきて俺たちを驚かした。
その魚はよく見ると先日ユーステノプテロンを調べるために熱帯の川で釣り上げた棘魚類の群れだった。どうやらこの船は彼らの大事な家になっているみたいだった。
(これをトムに言ったら小躍りして喜ぶぞ)
俺がそう考えながら船尾部分を撮影していると、コジローが俺の肩を叩いて裏返った船尾部分の文字の書かれている部分を指さした。
その文字は裏返っていたため読めなかったため、逆立ちのような状態にして水中カメラで一枚一枚撮影していった。
その名前は英語でエドワルド・セントラルと言うことがわかった。
ついに、俺たちは伝説の貨物汽船を発見するに至った。そして、正確な沈没状況を調べるためにカメラとライトを照らしながら移していくうちに、船首部分も見つかった。
それにしても半世紀以上前に沈没しているとは思えないくらいに保存状況は良好すぎた。
もし、同じ年代で海に沈没していたら、塗装がはげて錆と海洋生物に覆われるか、最悪崩れて骨組みだけになっていたに違いない。
しかし、エドワルド・セントラル号は塗装は錆と藻が浮いているとは言え、完全に残っている。しかも、船体部分は鉄の腐食もほぼ見られない。
これがバラバラでなくそのままだったら引き上げてレストアしても問題なさそうだ。
そんな考えをしながら今度は船首部分に向かってみると、これはまたへこみなどでねじ曲がった金属の塊があったが、それでも塗装が残っているためこの船の部分だとわかった。
俺が船橋にカメラを向けると、窓だった穴にこの家の持ち主だと言わんばかりにシーラーカンスが顔を覗かして威嚇して来た。
俺とコジロー達は驚いてその窓から離れて、それと入れ違いにカワイルカ達が助けにやってきた。
よく見てみると、そのシーラカンスの入っている船橋の奥にどうやって入ったのか、船の鐘のような物が見えた。
(あれが例の引き上げ目標か。でも、どうやって入ろう?)
俺が悩んでいると押し問答していたカワイルカとシーラカンスに変化が起きた。イルカが挑発してシーラカンスをおびき寄せたのだ。
今のうちだ。俺は一気に船橋の潜り込むと、エドワルド・セントラル号の鐘を掴み引きずり出そうとした。
と、横に白骨化した人間の死体が転がっているのが見えた。思わず目が飛び出してパニックになりそうになったが、後に入ってきたコジローが落ち着けと促す。
すぐに平静を取り戻した俺はかなり重いこの船の鐘をコジローと協力して外に出した。
そして一緒に潜ったダイバーとカッパと一緒に持つと、奴らは浮き袋を膨らませて、鐘を海面まで浮かばせていった。
鐘が浮き袋によって水面まで浮かんでいくのを確認したコジローはカワイルカに指示を出して、シーラカンスに家を帰すように伝えた。
カワイルカは指示されると今度はシーラカンスを船橋に追い込むように家を返した。すると、それを待っていたかのように棘魚類などの古代魚達が喜ぶように群れをなして歓迎していた。
どうやらここのヌシだったようで、みんな安心して船の周りを優雅に泳いでいた。
この美しい光景もカメラで撮影済みのため、俺は心を喜びながら全員湖の水面に上がっていった。
翌日になり船の上は引き上げた鐘を何度も鳴らす職員が大勢集まっていた。
湖での調査はようやく終わり、俺たちは帰り支度の準備を始める。トムは俺が昨日、撮影した無数の古代魚が映った映像をテープがすり切れる勢いで見ていた。
ランチボートの横では相変わらず、二隻の船が何事もないように静かにたたずんでいた。
そこにメールが入った。発信元は研究所を支える財団からでさっきの写真についての報告だった。
「えーと、何々。汽船の方は老カッパが乗り込んでいた船で、エドワルド・セントラル号の準姉妹船で沈没の際に助けに向かった船だった。もう一隻の戦時標準船は水生人間の捕虜などを乗せたいわくつきで、戦後は魚人工船として使われて、1960年代に廃船名目で売り飛ばされたと記載、か」
「お、ついに真実にたどり着いたようだな」
コジローの声に俺は思わず振り向いてパソコンを隠した。コジローは笑みを作りながら「気にするな」と言った。
「良くも悪くも記念船だったんだな」
「ああ、やばい船だとは聞いていたからな。其れよりこれからペトロス海に戻るのか?」
「ああ、この後も船の調査と引き上げがある。ここから折り返し地点だ」
「なるほど、でも、何を引き上げるんだ?」
「・・・・・・それは、終わったらネットで発表するよ」
そう言っているうちにトムが大喜びしながらビデオテープを持って喜んでいた。
「あいつ、そうとうれしいようだな」
「そりゃ、クニマスみたいに生き残っていたら生物学者じゃなくても大喜びするだろう」
そこへ職員の一人が出航の準備ができましたと俺たちに報告を死にやってきた。
「ありがとう、コジローおかげで貴重な数日を過ごすことはできたよ」
「なに、俺も外の人間と会うのは久しぶりだからな。で、あの船の生存者はどうする? 探すのか?」
「もちろんだ、まずはバルロに聞いてみる。一応は俺の肉親だから、話してくれるだろう」
「そうか、じゃあ、みんな元気でな」
そう言ってコジローは湖の中に飛び込み運河の制御施設に向かい、俺は再び現れた朝日を背にしながら湖の和やかな風を浴びる。
エンジンは再びうなり声を上げて、船尾から水流ができあがって、ランチボートは元来た道を逆に戻り運河の水門の方に向かっていった。
湖を出てしばらくして川を下り母船に近づいてきた。なんだか、懐かしい我が家に帰って来た気分だ。出発してから帰ってくるまで三日ぐらいしか立っていないのに何年も離れていたようだ。今頃、船長達は何かしらの海底スキャナーでオリオンをはじめとした沈没船の形状を3D化している作業に没頭している頃だろう。
ふと、周囲に水生人間達が俺らの帰りを出迎えにやってきた。その中にはバルロも混じっていて、顔には笑みを浮かべてやってきた。
「お帰り、みんな」
「あんたの出迎えか、珍しいな」
俺たちが調査船の方を見返すと、船長達が手を振って俺たちを出迎えてくれた。
ランチボートを船の横に着けると、タラップが降りてきた。まずは引き上げた鐘をウィンチで上に持ち上げると俺たちは一人一列になって、調査船に乗り移っていく。
一方のバルロ達は海面で何かを待つように浮いているが、乗り込むそぶりがなかった。
「マサル、よく帰ってきたな」
「ええ、色々わかりましたよ。湖でのこと」
俺たちは調査が終わって帰るまでのことを洗いざらい話した。周辺で見ていた職員達はその詳しい話を聞き耳を立てて真剣な顔で聞いた。
「なるほど、この場所でも外来種が問題になっているのか」
「はい、現代の魚は浮き袋がある故に泳ぎが早いし、しかもコイ科の魚やアカメのような現代でも侵略生物の上位に食い込むような魚ばかりであることです」
「幸い、上流の熱帯地帯やエドモンド・セントラル号では奇跡的に生きていますが、いつまで持つかどうか・・・・・・」
トムが心配そうな表情で撮影した魚の写真を見つめる。
「確かにな、それはそうと、エドモンド・セントラル号に生存者がいると言っていたな?」
「はい、しかもバルロ達がどこかに連れて行ったっきり行方不明になっているのです」
「そのバルロからだが、お前が帰ってきたらすぐに会いたいと伝えてくれと言われた」
それを聞いて俺はすぐにあの貨物船を調べることで真実に気がつくこと予期ししたのだとわかった。
「わかりました、すぐに行きます」
「ああ、気をつけろよ。間違っても、オリオンの事は決してしゃべるな」
俺は「わかってますよ」と言ってエドワルド・セントラルの鐘に群がる職員達を背に階段を降りていった。
船の外に出ているとタラップの横で腕組みと足組をしたバルロが俺を待っていてくれた。
「俺を呼んだのは一体何なんだ、バルロ」
「マサル。いい加減に私のことをおばさんと言ったらどうなの? 仮にも私はあなたの肉親なのよ」
「そう言われても、実感がないんだよな。親子三人でひもじい生活をしていたし、親父の家族からは縁を切られた状態だし、あんた達から便りの一つも出さなかったじゃないか」
「それについて謝るわ。あの時代は手紙ですらやりとりが難しい時代だったから」
そう言って、彼女は俺の肩を掴むと抱き寄せててきた。それは肉親としての抱擁そのものだったが、正直うれしくも悲しくもなかった。
「ありがたいけど、今回はそんな話をするために呼び寄せたわけじゃないだろう」
「そうね、本題に入るわ。あなたサブローというカッパにエドワルド・セントラル号の生存者について聞いたでしょう」
「ああ、その生存者をあんた達がどこかに連れて行ったこともな」
それを聞いた彼女は今度は一枚のファイルを俺に手渡した。そこにはここの現地の言葉で密輸入に関する機密資料と書いていた。
「それね、私達が調べた捜査資料の一つよ」
「これが一体何だって言うんだ?」
「実はエドワルド・セントラル号には水生人間の密輸の嫌疑がかかっていたの」
俺はその言葉に驚くことはなかった。古代から水生人間は食料で不老長寿の妙薬として、そして奴隷として捕獲と売買が行われていた。
戦後に国連が人権宣言で彼らの保護と漁の禁止を宣言してから水生人間は正式に生きる権利を得ることができたが現在でも密漁が後を絶たない。
「それで、この資料にその証拠があると?」
「ええ、付箋がついてるページをめくってみて」
俺はすぐにそのページをめくると、それは男の子の格好した女の子が水生人間にナイフで少しだけ切った時とその傷が塞がった後の写真。
それに石炭を積み込んでいるエドワルド・セントラル号を拡大した写真に、『開封禁止』と書かれた木箱を運ぶ乗組員の姿が写っていた。
「私達は臨検のために直接その船に乗り込もうと言ったのだけれど、その情報が漏れて、嵐が近づいてくる中に出航してしまったの」
「それで、物の見事に自滅したか」
「結局私たちの肉は水の中に沈んでしまったのだけれど、証人が居たの。それがその写真の子。名前はマリエッタ。父親が炭鉱夫の大家族の末娘」
「マリエッタは人魚肉を食べたのか?」
俺の質問に彼女は黙って頷いた。恐らくマリエッタは密航したときに、お腹がすいたか何かして、木箱の中にある水生人間の肉を食べてしまい、それと同時に船が嵐で沈没。なんとか助かった彼女はサブローに助けられたと言うのが筋書きだろう。
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