第8話

「・・・・・・あんまり当てにならないな」

「まあ、気落ちするな、兄ちゃん。わかっただけありがたいと思えよ」

 コジローは俺たちをなだめると今度はトムに質問を始めた。

「そのユーステノプテロンという魚は一体どんな特徴がある? 寒いところにいるとか、ヒレが足代わりだとか何でも良い。何か変わった何かがを聞けばわかるはずだ」

「そうですね。しいていえばユーステノプテロンは生き物で最初に肺を持った魚です」

 それを聞いたコジローは思わず口を開けてオウム返しをした。

「はあ? 肺を持った魚だと」

「そうです、肺魚という古代魚と同じように肺で呼吸する魚のです。そのおかげでエラなしでも息ができて、代わりに水面に呼吸しないと溺れてしまいます」

「肺魚なら俺も図鑑で見たことはあるが、正直肺を持った魚なんて半信半疑だったぜ」

「でもいるのです。そのおかげで熱帯の水不足などでおきる酸欠を克服できるようになったのですよ」

 トムの説明を聞いたコジローはつぶやきながら考えたのち、彼に聞いてきた。

「今、熱帯の酸欠とか言ったよな?」

「心当たりはあるのですか?」

「ああ、ここに流れ込んできている支流があって。そこは熱帯の植物が自生している。そこは俺たちでは普段立ち入ることを厳しく制限している」

「なんで、そんなことをするんだ?」

 俺の質問にコジローは俺たちのランチボートに腰掛けて包み隠さず話した。

「さっき乾期の話をしたよな。その川は普段は魚がいっぱい泳いでいて俺たちでも良い漁場として捕まえている。だが、夏が近づくにつれて水かさが減って一番暑い頃になるとカラカラで魚は湖に行くか干からびて死ぬかのどちらかになるんだ」

「つまり、下手したら文字通りの陸に上がったカッパになると?」

「もちろんだ。だから子供にも夏には近づくなと厳しく教えているし、俺たちも夏の酸欠に備えて酸素ボンベや日焼けクリームを必ず持って漁に行くんだ」

 コジローは少し嫌そうな口ぶりをしながら中からその携帯用の酸素ボンベと日焼けクリームを俺たちに見せた。

 酸素ボンベはカッパの口に合うようにノズルが変わった形をしていた。よく見るとそれは本来、飛行機に使う物で、少なくとも地上や水中に使う物ではない

 一方の日焼けクリームも人間用ではなく鯨やイルカがマスストランディングを起こしたときに乾かないようにする為の物を使っていた。

「つまり、そこに行けば生息しているわけですね?」

「あくまで可能性の話だがな。普段はさっきの魚しか捕まえないからなんとも言えないが」

「そこに案内してくれないか?」

 俺の頼み事に「わかった、他に数名の仲間を呼ぶからそれまで待機してくれ」と言って湖に飛び込んで泳いで行った。

「よかったな。居そうなところが見つかって」

「いいえ、安心するのは早いです。もしもそこにナイルパーチのように外来種が居座っている可能性だってあります」

 トムは眉をひそめながら、船に乗り込んで撮影機材を取りに向かう。

 一方の俺は二隻のボロ船と言うにはきれい過ぎる船を未だに使い慣れないスマホを使って撮影した。

 これがどこの船かを会社に問い合わせるのが目的だからだ。

 メールで研究所に写真を添付し今度はトムに古代の魚で何がとれたのかを聞いた。

「聞き込んだ限りでは魚より両生類のような物です。後は淡水のシーラカンスが数匹」

「それ以外はコイやチョウザメばかり?」

「はい、しかも結構繁殖しているみたいで」

 そのような会話をしてたらコジローが仲間を引き連れて戻ってきた。

「仲間を連れてきたぞ。いつでも出発の準備はできる」

「そうか、今からでも調査に向かえるか?」

「ああ、でも一つ言わなくちゃならないんだが、あそこの川はこの船では渡れない。どんなに大きくてもゴムボートか小舟が必要になるが大丈夫か?」

 俺は船を確認したところ確かに積んでいたため「大丈夫だ」とコジローに伝えた。

「よし、それなら問題ない。すぐに出発するぞ」

 俺たちはすぐに船に乗り込んで錨をあげて舫い綱を取り外しにかかった。

 二時間後、ランチボートは支流の途中で錨を降ろし、俺たちはボートに乗り込んでアマゾン川のような熱帯雨林が生い茂る川を遡る。

「すごいな、南米か沖縄に来たみたいだな」

「ああ、昔のテレビ番組みたいに恐ろしいぜ」

「確かに、凶暴な両生類がいても不思議じゃないですよ」

 俺たちは慎重に船を進めながら川の流域を上っていく。その傍らで竿を使わない釣りをしてここの生態調査を始める。

「お、何かかかったぞ?」

 職員はすぐに糸をたぐり寄せてつれた生き物を確認して見るとその魚は現代の魚とは全く違う見たことのない種類だった。

 その魚を物珍しさに負けて俺はなんの躊躇もなく触ったが、そこが棘の部分だったため、思わず指に刺さってしまい怪我をしてしまった。

「大丈夫か?」

「少し怪我しただけだ。あまりに珍しくてつい素手で触っちまった」

「どんな魚ですか?」

 トムが確認すると大きく目を見開いて見た目と同じくらいにはしゃぎ始める。

「これは棘魚類の仲間です。やはり生きていたのですね」

「これも絶滅した魚なのか?」

「はい、コジローさん。この系統の魚は今では見かけません」

 喜んでいる傍らで俺は指の傷が塞がるのを待っていた。傷は三十秒ぐらいで塞がり、カッパ達に気がつかれることはなかった。

「ここは、まだ外来種は来ていないみたいだな」

「そのようだな。ところでユーステノプテロンという魚はどうやったら見つかる?」

「水の中から口を開けて空気を取り入れるはずです。そこを狙えば」

 それを聞いた俺たちは水面をつぶさに観察し始める。

 観察を始めて一〇分。俺の目に何か魚がパクパクするような光景が目に映った。

「トム、乾期にはまだ早いよな?」

「カッパ達の話だとそのはずですけど」

「よし、ちょっと捕まえてくる。待っていろ」

 そう言ってコジローはボートから飛び込み捕まえに行った。そして一分もしないうちにコジローは生きたユーステノプテロンをボートに放り込んだ。

「意外にあっけなかったな」

「ああ、今の魚に比べたら止まっているハエをたたき落とすような物さ」

「そうでしょうね・・・・・・」

 トムは複雑そうな表情でこの魚を見つめ、コジローに質問した。

「コジローさん。今の魚はなんで泳ぐのが早いかわかりますか?」

「考えたこともないな」

「ユーステノプテロンの祖先が海に戻って肺を浮き袋に進化させたからですよ」

 それを聞いたコジローはそれがどうかしたのかと言う顔をして見つめたが、その理由をすぐに気がつくことができた。

「そうか、そのせいで生存競争に負け始めたのか」

「そういうことです。それじゃ、調べて見ますから、水につけてください」

 俺達はすぐにユーステノプテロンを水に浮かべた。しかし、ドジを踏んで思わず話してしまい逃がすというぽかんとしてしまう。

 思わず、トムににらまれてしまったが、その空気を変えたのはコジローだった。

「もう少し、ここを調べるか」

「はい。お願いします」

 俺たちは再び川の奥にボートを進め調査をさらに本格化させていった。

 夕方になり、俺たちはここでの調査を終えてランチボートに帰った。この川にはたくさんの古代魚がいたため、たくさんの写真撮影と稚魚を捕ることができた。

 トムは喜んだ顔をしながらみんなに写真を見せ、その画像類をメールで調査船や本社に送信し始める。

「うれしそうだな?」

「そうだな、あんなうれしそうな顔するのは初めてだ」

 俺とコジローは川から帰るランチボートに揺られながら夕日を眺める。

「ところで、お前達は何歳なんだ?」

「俺は十八でトムは一二歳だが?」

「ほう、じゃあこの写真の少年は誰かな?」

 コジローが俺に写真を見せた。それはモノクロではあるが年老いたカッパと本を持つトムとそっくりな少年が写っていた。

「気がついたのか?」

「ついさっきな。サブローじいさんのアルバムの中にそれがあった。おまえら、人魚肉を食べたか、水生人間との交配種かのどちらかだろう」

「・・・・・・まあな、俺はバルロの妹とオリオンの乗組員の間に生まれた子供だ」

「その潜水艦なら知っている。世界中が大騒ぎしていたからな」

 コジローは水タバコを吸いながら、感傷にふけっていた。

「俺らの研究所は長寿の集まりだから色々あるんだ」

「まあ、それぞれ悩みある」

「・・・・・・なあ、サブローというカッパに今からでも話を聞きたいが良いか?」

「別にかまわないか、新聞で載ったことと変わらないぞ」

「別に良いさ、裏付けにもなるさ」

 俺たちの会話を尻目に船は再びカッパのいる海岸に戻っていった。

 その日の夜、トムはカッパ達が用意したアクリル水槽の中に今回の調査で捕獲した魚たちの稚魚を種別ごとに分けて、俺たちやカッパ達に見せていた。

 その姿は興味津々で特に好奇心旺盛な子供のカッパはその珍しくなった古代魚に目を輝かせていた。

「へえ、これがユーステノプテロンの稚魚か?」

「はい、普通の魚はエラで呼吸しますがこの魚は肺で呼吸しますから、息継ぎをししないと溺れますが、代わりに酸素不足になっても生きていられます」

「ほんとに、肺で呼吸するの?」

「じゃあ、試してみましょうか?」

 そう言うとトムは水槽に酸素を供給するエアーポンプのスイッチを切った。

 すると、普通にエラで呼吸する魚たちは必死に酸素を手に入れようと、水面に口をパクパクさせ始めた。一方のユーステノプテロンは悠然と泳いで、時々子供達が面白半分で与える魚の切り身を一口で食べていた。

 勿論、息継ぎのために浮上して酸素を取り入れているが、それでも死に物狂いの魚とは大違いでその姿にカッパの子供達は興奮した様子で見ていた。

「ねえ、君たち。そろそろ、エアーポンプを起動しても良いかな?」

「えええ、まだ魚たちとの違いを見たいよ」

「そんなとしたら、ほんとに他の魚は死ぬぞ」

 俺がそう諭したことで子供達は素直に従って「もう、いいよ」とトムに伝えると、彼はすぐにエアーポンプのスイッチを入れて酸素の供給を再開した。

 すると、死ぬ寸前だった魚たちは酸素をエラから取り入れることができるようになり普通に泳ぎ始めた。

 そこへ、コジローが俺の肩を叩く。

「サブローじいさんとの面談の準備ができたぞ」

「ほんとか、場所はどこで?」

「この先に藁葺きの建物がある。人間達がここに来たときの為にある物なのだが、今回は聞き込みのために準備しておいた。そっちのほうはどうだ」

「ああいつでもいける」

 俺たちはすぐに、そのゲストハウスに走り出したのだった。

俺はICレコーダーを机に置き、三人だけでエドワルド・セントラル号の話を聞いた。

「それで、あんたはその沈没する瞬間を見たのですね?」

 俺の質問にサブローはボケてるとは思え無いくらいにはっきりと話す。

「ああ、船首から波をかぶったかと思ったら、船尾の船底が見えた。そしてひっくり返るようにそのまま、沈んでいったのじゃ」

「へえ、それじゃ、脱出する暇も無かったのですね」

「・・・・・・いや、実はその・・・・・・」

「何かあるの?」

「この話は墓まで持って行こうと思っていたのじゃが、一人だけ生きておったんじゃ」

 それは衝撃の事実だった。新聞やラジオでは全員死んだはずだったのに生存者がいたとはにわかに信じられなかった。

「でも、なんでニュースや新聞に載らなかったんだ?」

「その生存者は密航者で女子(おなご)じゃったな。ボートでなんとか捕まっていて、わしは彼女を岸まで引っ張って安静にさせた。翌朝、嵐が過ぎて戻って見ると、傷が癒えていた。そこに魚人達がやってきて、人目見た瞬間、この子は私達が届けると行ってそれっきりじゃ」

 それは今まで知られていなかった事実だった。そんなことはなぜニュースにならないのか不思議でならなかった。

「その水生人間はどんなやつだったのです」

「若い女子(おなご)で、自他共に厳しく、軍隊の教育を受けたような者だった。一緒にいた他の魚人もそんな感じじゃ」

「その人の名はバルロという人では?」

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