第7話
トムの呟きをよそにコジローはさっき釣った魚を見つけて、「この魚はいつ釣ったんだ?」と聞いてきた。
「これですか、この魚は調査の為に釣り上げた物です。全部外来種ですけど?」
それを見たコジローは喜んで「なあ、いらないんだったら俺たちにくれないか?」と強引に要求してきた。
「え、でも、まだ調べてる途中ですし」
「まあ、そう堅いこと言うなよ。減る物じゃないのに」
コジローの熱心なお願いにトムは「それじゃ、解剖して内容物の調査と写真撮影が終わったらあげます」と答えた。
「契約成立だな。お礼にそっちの調査に全面的に協力する。それなら問題ないだろう」
これは取引と言うより要求に近い物だった。しかし、湖の状況がわからない以上、カッパ達の協力も不可欠なことは明らかだった。
「それじゃ、少し待っていてください。解剖をするために台所に行きます」
トムはクーラーボックスの中に先ほどの魚を入れて、船内に入っていった。
「ずいぶん、おどおどしたガキだな。大丈夫か?」
「コジローとか言ったな。心配ないさ。ああ見えて博士号の学位を持っているさ」
「あの年でか? 一部の国では飛び級という制度があるらしいが、それにしたって」
「飛び級、と言うわけじゃないけど」
その言葉に不思議そうな顔をしてきたコジロー無視し俺は話を先ほどの外来種に変えた。
「ところで、あの魚たちを放ったのはお前達か?」
「冗談じゃない、誰がそんなことするか。最も悪乗りをしたことは認めるが・・・・・・」
悪乗りの言葉を聞いてすぐに飲み込めた。
「あいつらを放ったのはここに住んでいた人間達か?」
「その通りだ。戦後のエネルギー革命や鉄鉱石の枯渇で衰退が目に見えて、出始めた人間達は湖にニシキゴイやハクレンにキャビアを作るためのチョウザメとかを養殖していた」
「それで、あれらが釣れたのか。で、お前達カッパは黙認したと言っていたな。それはどういうことだ」
俺の質問にコジローはくちばしをかみしめながらも正直に話した。
「実を言うと、ここにいる古代の魚や生き物たちは俺たちの口に全く合わない。むしろ、人間達の持ち込んだ魚の方が格段にうまかったから喜んだほどだ」
そして、この町が衰退して廃墟になるまでの時代を話した。
最初の頃湖は元住んでいた土地と比較してましなほどに汚れてはいたが、鉱山の衰退で徐々に水がきれいになるという長老の予測を信じて移住した初めのうちはきらびやかだったが、長老の言うとおり、徐々に衰退していって、それに反比例して湖はきれいになっていたという。
「でも、俺たちにとっても人間達にとってもシーラカンスをはじめとした古代の魚はお世辞でもうまいとは言えなかったし、このまま町が衰退するのを人間も指くわえて待つ訳にもいかなかった」
「それで、考えたのが魚の養殖か?」
コジローは「その通りだ」と言って、目の前にそびえる門を眺め始めた。
「俺たちはそこに目をつけて、間引きしたコイや卵を捕っていらなくなったチョウザメ本体とかの物をタダでもらったし、養殖の手伝いとかもした」
「でも、町は衰退して、廃墟の町と捨てられて自然繁殖した外来魚が残された」
「ああ、逆に失敗して町はほら、外国の言葉で言う『ゴーストタウン』になった。今ではたまに石炭を少し掘って、機関車や火力発電所に売り込むぐらいで、誰も住んでいない」
コジローは防水した袋の中から取りだした水タバコを吸って話し終えた。
「それで、古代魚については?」
俺が質問した直後に水門がうなり声を上げながらゆっくりと開いた。
「その話は俺たちのテリトリーでしよう。まずは運河を通るぞ」
俺たちはコジローの言葉を耳にしたのちに、ゆっくりと門の前に船を進ませた。
船が水路の中に入ったかと思うと後方の門はゆっくりと閉まった。
「コジローさん、調査が終わりました」
「おう、ありがとう。この魚を通行料と手間賃としてもらっておくから」
トムはクーラーボックスの中にある魚をコジローに渡す。
「両岸に線路があるな。あと、右側に制御施設もあるようだし。パナマ運河と同じ構造を捕っているのか」
「ああ、今ではそれほどの船が来る事なんて無いから、使うことはないみたいだけど」
「ねえ、カッパのみなさんはこの運河の動かし方を知っているの?」
「一応人間達にも教わっていたし、説明書も一通り読んで、それでもわかない事はインターネットとかでも調べた。ある問題点を除いて」
「なんだ、問題点ていうのは?」
「俺たちは金属がだめでな。特に鉄が大っ嫌いなんだ」
「金属アレルギーとかですか?」
「・・・・・・いや、病気的な物じゃなくて、大昔から鉄が苦手なんだ。実際にここに移住するという話が出たときには反対意見が多数出たほどだ」
そう言って、コジローはさっき持っていた銛を見せた。よく見えるとその銛はプラスチックが柄になっているだけでなく、鏃は炭素繊維で棒の部分がガラス繊維で作られている。
「なるほど、鉄類を一切使っていないのか」
「驚いただろう、現代の科学の力には感謝しきれない」
「ところで、この運河を動かすのに問題があると言ったけどどういうこと?」
トムの質問にコジローは水かきの付いた指で制御塔を指さして「あそこを双眼鏡か何かで覗いて見ろ」と言った。
なんだろうと思い、仲間に双眼鏡を持ってこさせて制御塔を拡大してみた。
それを見た俺は思わず目が飛び出そうになった。その格好は防護服の格好をしていた。
「な、なんだ、ありゃ?」
「見ればわかるだろう。あれは、本来人間が使う防護服だ。本当ならウィルスや病気とかに感染するのを防ぐために着る物を、鉄類から守るために着ているんだ」
「でも、大げさすぎませんか?」
「それだけ我々は金属が苦手なんだよ」
俺はカッパ達の金属気らに閉口したことは言うまでも無い。金属アレルギーで触るだけで腫れ物ができてしまうのであれば、一定の理解ができる。
しかし、カッパ達の防護服の着用は完全に度を超えていた。
「そして、作業が終わったら、真水で洗い流して、また再利用しているんだよ」
「あれ以外に何を使うのです?」
「そうだな、コンテナが運ばれたときに中の食料や衣料品とかの荷物を出し入れしたりするとかだな」
コジローが答えている頃に隔離された船は川から約十メートルの位置にまで上った。
それが確認できると、司令塔のカッパ達はスイッチを押したのが見えて、今度は湖に繋がる門が開き、通行可能にした。
目の前には、広大な水をたたえ、あたかも海に見間違えるほどだ
開門を確認した俺たちは船のエンジンを再び動かして、湖に第一歩を記した。
「広いな、最初ここに来たとき驚いただろう?」
「もちろんだ、沼とか池とかで生きていた俺たちにしてみれば文字通りの井戸の中の蛙のような世界だったぜ。あの琵琶湖ですら世界の湖からすれば濃い液のような物だからな」
「ここの湖の大きさは五大湖に匹敵すると言われています。そして、ここの生物の多様性についても」
トムが説明している傍らでコジローはため息をつきながら、冷めた目で湖を見つめた。
「多様性ね。今でもそうなら良いけど」
そう呟いた直後に湖からカワイルカの群れが俺たちの目の前に現れた。それはさっきのハチと同じ同系統のカワイルカで、彼らは円を描きながら、何かを包囲していた。
水面をよくこらしてみると、中にはたくさんの魚たちが追い詰められていた。
そして、進退窮まった魚たちは一か八かイルカたちが作り上げた包囲網の盲点を着くために水面からジャンプして突破をはかった。
しかし、それこそ遠い異国からやってきた哺乳類たちの罠だった。
カワイルカは口を開けて、飛び出た魚たちを待ち構えて食べていく。
カワイルカの狩りは実に狡猾なやり方だと普通ならそう感じているだろうが、問題は狩られる側の方だった。
その魚は古代魚とかの類いではなく、ハクレン、コクレンなどのコイ科の魚だった。
それは俺たちを含む研究者達からすれば悪夢のような光景だった。
「侵略生物のワースト上位を飾るな」
「中国ではハクレンやコクレンが飛ぶのは見たことないと言っていたが信じられないな」
コジローはそう言って船の中に飛び込んだハクレンを空中でつかみその場でさばく。
「まあ、俺たちの相棒やその仲間に俺たち自身がよく捕まえているから、生き物生態系は保っているから」
「それじゃ、聞きますけど最近、これらの魚を見たことはありますか」
トムは非難するような口ぶりで持っていた図鑑をコジローに見せて存在を確認を取った。
そこにあったのは、淡水のシーラカンスや獰猛な両生類などの現代の地球では絶滅されたとされて近年ではここで奇跡の発見をされた生き物たちだった。
コジローはただ黙ってしまって言葉がまるで見つからない状態だった。
「そら見ろ、やっぱり見ていないじゃないか」
俺はコジローに対して追い打ちのことばを浴びせかけたのだった。
俺たちが罵っている間にも船は海岸に沿って進んでいく。陸地は木や草に紛れて崩れかけて苔とツタに覆われた廃屋が列をなして立ち並んでいた。
そして錆だらけになったトラックや貨車の廃車体を女性のカッパが手袋をした手を使って、中から干し魚や野菜を取り出しているのが見えた。
「でも、これだけは信じてほしい」
「何がですか?」
「俺たちは、この辺の魚は食べずらいから基本的に湖に返している」
「本当かよ?」
俺達は言い訳がましいコジローの言葉をいぶかしんだ。
「疑っているのはわかるが、俺は事実だけ言っているだけだ。もし信じないなら仲間に来てみてもいい?」
「わかりました。事実確認のために聞き込みをしてみます」
トムの言葉に合わせて俺たちの乗るランチボートはカッパ達のテリトリーである海岸に進路を向けていった。
一〇分後、船はカッパ達がいるテリトリーにたどり着いた。陸地の方では彼らが自然で覆い尽くされそうな水路を通して、畑を耕して野菜を育てていた。
できた野菜は小型の艀に乗せてカッパとカワイルカが協力して運んでいた。
一方の堤防付近では鉄のコンテナの中身を防護服姿のカッパが運び出して、子供や女性達などに配っているのが見える。
しかし、何より俺たちが目を引いたのは堤防付近に係留されている二隻の船舶だった。
一方がこの湖を航行するための汽船で所々塗装がはげかけていた。
もう一方は戦争中に大量生産された戦時標準船というタイプで、隣の汽船と違い、かなり手入れを入れられていて新造と言われても差し支えない状態の良さだった。
そんな二隻の船に隠れるみたいに俺たちの船は隅で係留された。
トム達がここでのユーステノプテロンなどの古代魚の目撃情報を聞き込んでいる間、俺たちはコジローに色々聞いてみることにした。
「お前らは、どうやってここに来たんだ?」
「話せば長くなるが、ふるさとが汚れてすみかを追われたのは聞いての通りで、まず長老のサブローじいさんが人間の乗る貨物船に乗ってここでの下調べをしただろう。そのとき鉱山が斜陽を迎えていたから、遅かれ早かれここの水はきれいになると判断して、俺たちを呼んだんだ」
「ここまではどうやって来た?」
「この古い船だ。この型の船は大量に廃船になり始めた頃で、そこに着目して俺たちは文字通りのくず鉄並みの値段で買ったのさ」
「でも、よくみんなこんな船に乗れたよな。鉄が嫌いなはずだろう」
「そこは、俺たちも知恵を使ったさ。船の操作するのは海軍出身の水生人間で俺たちは船倉に当時最新素材のアクリル板を貼り付けて一〇〇〇人近く乗り込んだんだ」
俺はカッパ達の創意工夫に思わず脱帽してしまった。それだけのことをしてでもここに来るだけの価値はあるのだと感じてしまった。
「それを記念して、この船を保存しているのか」
「少し違う。元々スクラップで売り飛ばす予定の物だったから、ここに来たら最後沈めるか売るつもりだったんだが、人間達に『こんな物、金になるか!』と言われて、このまま放置状態だ。もっとも思い出深い何人かの物好きが賢明に手入れをしているがね」
「次にエドワルド・セントラル号は知っているよな」
コジローは最初は何のことだかさっぱりわからないみたいだったが、数分間考え込んで、「ああ、あの船のことか」とようやく理解できたみたいだった。
「覚えているか?」
「俺は直接関わったわけじゃないが、サブローじいさんがあの事故を目撃して、助けに向かったのは聞いている」
「その人と会えるか?」
「どうだろうな、最近はほら、ボケというか認知症のような症状が少しで始めたから話を聞けるかどうか」
そのとき、間の悪いときにトム達が「聞き込みが終わったよう」と言いながら走ってこちらにやってきた。
「くそ、重要なところでかえって来やがって」
小さな小言のような毒舌を吐きながら、トムの情報を聞くことにした。
「それで、何か収穫はあったのか?」
「はい、漁をしているカッパや遊んでいた子供に聞いたら、古代の魚は時々見るが、最近は普通の魚が多いようです」
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