第6話
バルロの指示に最初は戸惑ったが、みんなは協力して四方から持っているバッグや拾った丸太などで追い詰めて、アーケロンの動きを封じにかかる。
さしもの大亀は身動きができないのであればどうすることもできず、引っ込むことのできない首を高く上げる。
そこをチャンスとばかりにサオリはテープで貼り付けたカメラを甲羅のてっぺんに外れないように吸盤で貼り付ける。
その最中に何度もアーケロンは前と後ろのヒレをばたつかせて逃げようともがいたが、それを俺たちはなんとか押さえ込むことに成功する。
取り付け開始から一〇分。サオリはようやくカメラの取り付けが終わったらしく、甲羅からおりてきた。肋骨に当たると言われる皮でできた甲羅には傷一つ与える事は無かった。
「終わったか?」
「ええ、もうこの子を放して良いわよ」
それを聞いた俺たちはアーケロンを海に帰す。
アーケロンは先ほどとは比べものにならないほどに砂をかけられて、その巨体を波間に向かって入っていく。
「ごめんね、迷惑かけちゃった」
サオリはそう海に帰るアーケロンに詫びた。
その姿は今時の人間に見えたほどの感傷にふける姿に俺たちの目から見てどうかしているように思えた。
「これでカメラの取り付けは終わったね」
職員の言葉を聞いたサオリは「は、何言っているの?」と言って遠くの方を指さした。
「まだ、これからよ。あそこにほら、まだ何匹かいるじゃない」
それは死刑宣告にも似た言葉でその現実を受け入れることができなかった。思わず、仲間から双眼鏡を借りて見てみると、確認できるだけで五匹のカメが出産帰りを始めていた。
「まさか、あいつらにもカメラつけるの?」
「勿論よ。さあ、みんなあそこまで走るわよ」
彼女はそう言って思い機材を担いで走り出した。俺たちはその姿を悲観的になり、重い足取りでカメラの取り付けに向かった。
三時間後、海岸線にいるアーケロンにあらかたカメラを取り付け終わり、周囲からのウミガラスや大型ワニの襲撃をかわし終えて、錨を降ろしたボートに一息ついた。
「ふう、ようやく終わった」
「まったく、カメラつけるだけ疲れちまった」
「でも、その苦労が報われたようよ。見て、この映像」
彼女はおくられてくる映像を俺たちに見せた。
その映像は最初のアーケロンで、美しい海を優雅に泳いでいるものだった。
「やっぱり、今のカメと何ら変わらないな」
「そうでもないみたいよ」
サオリが映像を指さすと、水中にアンモナイトが触手を器用に使って泳いでいるのが映像に映し出されていた。
それを見つけたアーケロンはヒレを使って近づいていき、眼前にまで来たところで大きな口でアンモナイトの貝に噛みついて殻を割った。
俺たちはそのままバリバリ噛み砕くのかと思ったが、なぜか一旦口から放した。
「なんだ、まずいから吐いたのか?」
「違うわ、ああやって空気を抜いて獲物を溺れさせる作戦よ」
そう言っていると、貝からあぶくが出始めて、アンモナイト本体は徐々に動きを鈍らせて、海に沈み始めた。
ここぞという所で噛みつこうと襲ってきた時に突如として何かに横取りされた。
突然のことのため、俺たちもあっけにとられる。
「うわ、モササウルスだよ」
「ひどいな、折角の獲物を奪うなんて」
俺たちの抗議の声など聞こえるはずもなく、モササウルスは器用に中身だけを引き抜いてその大きな口の中に入れていった。
一方のアーケロンの方は横取りされた怒りよりも、自分より大きな敵に叶わないと感じたらしく、そのまま逃げ始める。
「逃げられるかな?」
「どうかしら、モササウルスのことだから容赦ないと思うよ」
サオリはそう言って画面のスイッチを切った。
「今日は帰りましょう。次回はあの湖に行く準備をしないとね」
「そうだね、あそこにいるユーステノプテロンと、貨物船のエドワルド・セントラル号の調査をしないといけないね」
船長は子供のふりをしながら明日の予定をみんなに聞こえるように言った。
「あの湖ね。あそこは確か移住してきたカッパがいるはずよね」
「噂は聞いているけど。ほんとにカッパがあの湖にいるのか? あそこは五〇年近く前まで炭鉱と鉄鉱山で賑わっていたはずだぞ」
俺はそう言って山向こうの湖を見つめていた。話だと今は衰退した町などの湖周辺はカッパ達が農作業と漁業をしながら、幸せに暮らしていると風の噂では聞いている。
「ええ、度々交流はあるわ。昔の湖はかなり汚れていたようだけど、エネルギー革命と鉄鉱石の枯渇でゴーストタウンになって、住みよくなったと行っているわ」
バルロは保湿効果のクリームを体に塗りながら現在の状況を説明した。
「ところで、どうやって、あの湖に行くの? あのタンカー崩れではこの海と湖をつなぐ運河を通ることはできないわよ」
「大丈夫、備え付けのランチボートを使って運河を通るよ。あれなら普通に運河に通れるはずだから。問題があるとすれば、運河が整備されているかどうかだよ」
「大丈夫よ、運河はちゃんと動くわ」
「自信あるのね」
「だって、私たちが時々修理して使っているから」
彼女のあっけらかんとした答えに少し驚いたが、動くことは感謝しないといけない。
俺たちは錨をあげると母船に戻っていった。
船に戻り、バルロと別れた俺たちは帰って早々、みんなに状況を確認した。
「船長、五隻の位置情報がわかりました。まず、魚人工船の坂上丸がここで、戦艦敷島がここでバラバラになっていて、豪華客船のオーシャニックがここで沈んでいて、最後に戦列艦のゼークト号がここで泥に埋まっています」
職員が地図に押しピンを刺して目的の場所を示した。俺は最後に「オリオンはどこに?」と聞いてみた。
「オリオンはこの海域の一番深いところに沈んでいます」
「確かか?」
「はい、放射線測定によって、潜水艦の大まかな位置が確認されました」
親父から聞いていたから予測はついていたが、沈没の前にオリオンは急激な原子炉の異常を起こしたと話している。
「ところで貨物船のエドワルド・セントラル号は?」
「沈没から事故から数日後の新聞で調べたのですが、ダイバーが発見して、沈没場所は特定されていました。これがマイクロフィルムからの写しです」
それは炭鉱関連が出す新聞だった。これによると、船は水生人間からの救助隊や潜水ダイバーによって発見されたと報じている。
そこには第一発見者がふるさとを離れて、移住をしようとした老カッパであり、彼は移住に使った船の無線機をたまたま聞いていても立ってもいられずに、荒れた湖に飛び込んで、沈没した瞬間を目撃したと新聞は伝えている。
「そのカッパが目撃者だったんだ」
「そうなんですよ、それでネットで調べて見ると、そのカッパの証言で沈んだ場所が確認できたようなのです」
俺たちはなるほどとおもいながら、エドワルド・セントラル号の模型を一斉に見つめる。
「その老カッパに会えると良いな」
「でも、半世紀近く前だぞ。もう死んでいると思うけどな」
「いや、カッパはそうそう死なないはずだから生きてる可能性がある」
「なら、行っても無駄にはならないという訳か」
「それに、湖で生活しているなら、湖底の様子も知っているはずだろう。そこで、沈んだ船も目撃しているはずだし」
確かに、今は誰もいない為、目撃談を聞けるのはカッパ達だけになる。
我々は映像は勿論のこと自分の目で確認しないと気が済まないやつばかりだ。
「よし、マサルと十人の調査員は気をつけて行ってこい。間違っても自己防衛以外での攻撃は厳禁だぞ、良いな」
「わかりました船長。ところでこの海域の沈没船の方はどうなりますか?」
「今のところ、後回しだ。オリオンの正確な位置を無人ロボットで確認する」
船長の言葉を聞いた俺はすぐにその場を後にした。今日はアーケロンの調査で疲労困憊した。今のうちに休んでおかないといけない。そう考えながら部屋を出て行った。
翌朝、俺たちは母船から降ろされた全長十五メートルのランチボートに俺を含めた調査員達が搭乗して、ペトロス海と湖をつなぐ川の河口に向かった。
幅が三百メートル、深さ十メートルの川でその昔は炭鉱や鉄鉱石を積んだ艀船や湖用の汽船が獰猛な古代生物や水族崩れの水生人間達の襲撃をかいくぐって、往来していた。
それが今では錆だらけで放棄された船が海岸で打ち上げられているか、沈んで魚の家になっている。
「強者どもが夢の跡だな」
「まるでゴールドラッシュの残光のような場所ですね」
今回一緒に行くことになったトム・エリンは俺たち説明しながら、釣り竿を川に垂らして、古代魚を釣り始めていた。
「なあ、トム。今日は久しぶりに戻る気分はどうだ?」
「もう昔のことですよ。学校に行くお金がなくて、出稼ぎに行って、死ぬ思いで働いて、男妾をやったり、借金を作ったり。楽しい思い出なんて無いですよ」
「でも、今では絵やフィルムとかしか無いから表裏の証言が残っていてうれしいわ」
「言っとくけど、僕が居たのは少しの時だけです。カッパ達が来るずっと前だよ」
そのとき、竿がしなり、魚が釣れたことを知らせていた。トムは竿を握ってリールをまいて糸を巻き上げる。
「よーし、最初の一匹目だ。何が釣れたかな?」
俺たちは心を踊らせてその最初の一匹目を見ると、悪い意味で驚いてしまった。
それは、古代の魚ではなくアカメという現代の魚だった。
「な、なんだ、こりゃ?」
明らかにペトロス海にいない魚を見て思わず俺は叫んでしまう。
「これ外来種だぞ」
「誰が持ち込んだんだ?」
「まさか、カッパ達じゃないよな?」
「落ち着いてください、まだ、そうと決まった訳じゃないですよ」
俺たちをなだめたトムはすぐに竿を垂らして釣りを再開した。
出航して二時間、目の前に運河の開閉門がそびえ立っていた。
俺がその門の前に居る頃、先ほどまで釣り上げていた魚を職員達が撮影していた。
どれもこれも、チョウザメやハクレン、コクレンなどのコイ科の魚やナイルパーチなどのアカメの仲間ばかりで、古代の魚は一匹も釣れなかった。
「これはまずいだろう」
「はい、この川にこれだけの外来種がいるとなると湖はどうなっていることか・・・・・・」
おれ達は顔を曇らせて、釣り上げた魚を見つめていると水面から勢いよく人のような物が飛び出てきてボートに乗り込んできた。
その正体はカッパだった。カッパは俺たちをにらみ付けながら、プラスチックの柄でできた銛を向けてきた。
「おい、人間。ここは今俺たちの縄張りだぞ。ここに来た理由を言え」
「ま、待ってくれ。俺たちは海洋研究所メルビレイの者だ。ここでユーステノプテロンという魚と貨物船エドワルド・セントラル号の調査でやってきた」
「・・・・・・少し待て、いまハチを呼んで上に連絡してみる」
「は、ハチ? 犬を飼っているのですか?」
職員の言葉にそのカッパは鼻で笑った。
「違うさ、犬じゃない。イルカだ。しかも川で生きるカワイルカと言う種だ」
そのとき、カワイルカが鳴き声を上げて水面に顔を出した。
カッパは上に報告するように伝え、ハチというカワイルカは子供のように頷き再び川の中に消えていった。
「カワイルカも生息しているのですか?」
「いいや、俺たちが引き取って、ペット兼相棒として飼っている。ここでは密猟者とかの邪な人間が多いからな」
「でも、よく海を渡ってこれましたね」
「ああ、環境保護を叫ぶ人間の協力を得たからな。生息域でも乱獲や環境破壊で絶滅しかけていたらしい。その気持ちが俺たちにもわかるんだ」
「ところで、話が変わるけど。あんた名前はなんて言うんだ?」
「俺は名はコジローだ」
俺たちの会話をしている頃に先ほどのカワイルカのハチが戻ってきて、口にカプセルを咥えて、水面に立っていた。
それを見たコジローはカプセルを受け取り、中の手紙を読んだ。
「確認した、バルロからの連絡がとれたため、この湖に入ることを認める」
「じゃあ、あの運河を通って良いんですね」
トムの質問にコジローは「少し待ってくれ、今川岸にいる仲間に伝える」と言って、再びカワイルカのハチに指示を出した。
ハチは鳴き声をあげて、今度は川岸に泳いで行く。
「ここのカワイルカは俺たちにとって大切な家族でもあるんだぞ」
「友達か・・・・・・昔なら考えられないな」
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