第5話
彼女はそう言ってオリオンビールを飲み干した。俺も一口だけ口にしたが少し視界がゆがんできたのがわかった。
「あら、お酒弱いの?」
「お袋譲りでね、アルコール消毒しただけでかぶれる」
「うちの、妹とまったく同じね」
それをうつらうつら聞いてそのままばったりと倒れ込んでしまった。
その後、変な夢を見ていた。それは潜水艦で急速に沈降していく中で、まだ試作段階の救命スーツに身を包んで、一緒に逃げようとする乗組員達一五人が海面に上がろうとしているところで水中爆発の音と同時に海面に脱出した。
そこにお袋らしき人魚がやってきて外にいた連中と共に救助活動をするという夢だった。
目が覚めると、いつの間にかベットの上にいることがわかった。
「おい、マサル。おきたか?」
その声は古代のウミガメを専門に調べているサオリだった。彼女はどこかの世継ぎだったらしいが、ウミガメの先祖について調べるうちに生物学に目覚めた変わり者だった。
「俺どうなっていた?」
「どうなっていたって、バルロさんがお酒飲ましたたら、ひっくり返ったって言ったからみんな慌てて、部屋に運んだのよ」
「そうか、それで今何時だ?」
「もう、九時五分前よ。早く起きないとアーケロンがどこかに行くわ」
俺は頭痛薬を手に取りドアを開けて、頭を押さえつつ、船の外に出てみるとそこは海岸線で砂浜が目に映った。
「ここに、アーケロンがいるのか?」
「原生のウミガメは大体が夜中に産卵して海に帰るの。水生人間の話だと、ここでアーケロンをよく見るらしいわ」
そう説明していることは覚えているが、頭が痛くてそれどころではない
二日酔いに苦しみながらも俺は縄梯子を使ってボートに降りようとする。
「おい、大丈夫か?」
「しっかりしろよ」
下の方からボートに乗っている職員達が気遣いの言葉が聞こえてくる。
俺はその声を背に一段一段降りていく。そのとき、運悪く足を滑らせて、そのまま海の中に垂直に落ちてしまった。
海の中に入った俺の目に見えたのはあぶくと昔の魚に、助けに向かうバルロの姿だった。
彼女に助けられた俺はボートに乗せられて、みんなからから説教の荒しを受けた。
特に船長のレクトラには雷を落とされたかのような一喝を受けた。その一撃は子供のわめくような物ではなく、昔の頭の固く気の短い年寄りが怒鳴るような物で、今の子供なら引くかもしくは反発して喧嘩をするところだろう。
そこに助けてくれたバルロが俺をまるで子供を守るかのような抱き方をしてかばった。
「ちょっと、坊や。いくら命に関わるからって、その怒り方はあんまりじゃないの」
「でも、バルロのおばさん。今のミスは下手をすれば命に関わることなんだよ」
その見た目には似合わないロジックハラスメント返答に対して彼女は負けじと反論した。
「元はと言えば、私が彼の下戸を知らなかったのがいけなかったのです。攻めを受けるのであれば私で十分です」
さすがにみんなはそれ以上反論できず押し黙ってしまった。
「だいじょうぶ、私はいつだって私の見方だから」
耳元で、俺にささやくバルロの声が聞こえてきそうな雰囲気だった。
「わかったよ。今回のことはあなたの責任と言うことで良いですね」
「もちろんです」
船長は彼女の言葉に素直に従った。他のみんなも彼女の真摯な態度とまなざしに引き下がることになった。
「時間を食っちゃった。すぐに海岸線に行こう」
俺たちはすぐに産卵場所の海岸線に向かって、ボートの舵を向けた。
その船上で俺と船長はバルロの目を盗んで話し込み始めた。
「船長やっぱり俺らのこと薄々感づいているみたいですね」
「確かに。でも、いい人だとは思うぞ。なにせ、身内であるお前をかばうぐらいだから」
船長はそう言って、禁煙ガムを噛んで、風船のように膨らました。普段は人のいない所でパイプを吸うのだが、健康増進の社内規定が明記されてからはガムを噛むようにしている。
「私なんか、神や悪魔の子扱いされて、死んでは蘇りを繰り返したもんだ」
「船長も苦労なさっているのですね」
「まあ、人は誰でも大きさや形は違えどいろんなことを経験するものだ」
そう言って船長は俺にガムを分けてくれた。
「まあ、それはそうと、バルロはオリオンについてかまをかけてきました」
「なるほど、細心の注意を払わなくてはいけないということか」
そのとき、サオリが双眼鏡を片手に「あそこにカメが浮いている」と叫び出し始めた。
急遽、俺たちはその甲羅のような物体に舵を取り向かってみることになった。
それは自分たちの知っているカメの甲羅とは桁違いに大きかった。長さは二メートル近くあり、所々フジツボや海藻が張り付いていた。
それは素人が見れば岩と見間違えるほどの巨体だった。
「すごいわね。これほどの物とは思わなかったわ」
「昔、アニメの映画で少年が岩と間違えて昼寝したのがこの感じだったわ」
「それなら知ってるわ。私も映画館で見ました」
それを聞いた俺たちは思わず「まずい」と思ってしまった。
「あら、あなた第一作を見ていたのね。どこで見たのかしら」
「毎年日本の映画館では大人だけのアニメ映画の鑑賞会が行われているんだ。彼女はそれを見たんだよ。なあ、そうだろう」
彼女は慌てた表情で頷く。この話自体は嘘ではなかった。実際に日本では大人のためのアニメの上映会をやっていた。大人だけなのは日本の法律で夜中に子供が映画を見ることは禁止になっているため。
「ふーん、大人だけのアニメ上映会ってあるのね」
バルロは疑りの目を見ながら、目の前のアーケロンの甲羅を触っていた。
「でも、のび太のように人が甲羅の上に寝てしまったら、割れちゃうわ。何せ、亀の甲羅は人間で言えば肋ですし、アーケロンは軽量化するために甲羅は皮でできているわ」
「それぐらい、海に住む我々も知っているわよ」
そう言って、なで回しているとアーケロンが海から飛び出て来た。
その姿は昔の怪獣映画に出てくるガメラに似て無くもない。最も、牙は生えてないし、ましてやジェット噴射して回転しながら飛ぶなんてことも無いが。
「うわ、おっかない顔しているな」
「こいつ人とかは食べないよな」
「人を食べるかどうかは知らないけど、少なくとも肉食性はあるみたいよ」
確かに厳ついようだが、何か苦しそうな表情にも見えなくもない。その様子をみてサオリがあることに気がついた。
「大変、この子、ゴミが絡まっているみたいよ」
「ゴミが、どこに?」
俺たちがキョロキョロして見回していると、彼女がアーケロンのヒレを指さした。
そのヒレには明らかに網が絡まっていて、それでうまく泳げないみたいだった。
「なるほど、これで困っていたのか」
「おい、誰かナイフを持ってないか?」
「これでいいですよね」
職員は緊急時に携帯していたポケットナイフで絡まった網の切断を試みたが、思ったより太くて頑丈だったためなかなか切れない。
それを見かねたバルロは持っていた大型のナイフを片手に網の撤去を手伝った。
俺も海に入ってヒレを動かせるようにしようと四苦八苦して手伝いようやく外すことができたと思うと、アーケロンはお礼を言うまでも無く、俺たちに威嚇してその巨体をゆらゆらと動かして泳いでいった。
「ふう、やっと外れたわ」
「でも無礼だよな。折角絡まった網を外したのに威嚇だぜ」
「お礼でも期待していたの? こんな海で助けなんて当てにならないわ」
バルロはナイフをしまい込んで、網がどこで作られた物か調べ始める。
「やっぱり、地上の人間が使っていた網ね」
「ここでの漁は地上の人間は禁止だろう」
「でも、いくら条約や掟を使っても破るやつは破るわ」
バルロは、網に記されている英語表記を俺たちに手渡した。そこには製造国が書かれていて、ここが遠くの国からでもやってくることを証明していた。
「何せ、ここは海の幸やお宝の宝庫よ。最近では沈没した船の残骸を違法にサルベージする輩もいるくらいで困っているのよ」
「それは、時々聞くけど、でもただ指くわえてこまねいているわけじゃないだろう」
船長のレクトラの質問に一瞬フリーズしたが、かまうことなく「それより、早く海岸線に行きましょう」と言った。
「そうだ、寄り道している場合じゃない」
俺たちは再びボートの舵を海岸線に向けてスクリューを回転させた。
海岸線に着いた俺たちはボートを浜辺に陸揚げして、流されないように碇を下ろして、調査を始める。
遠くから見ればきれいな海も近くに行くと、ゴミだらけだ。
ゴミは空き缶とかの物ばかりではなかった。海藻に混じって木くずが流れ着いてきて、ブイの類いが横たえて、海藻に混じってビニールやポリ袋が打ち上げられていた。
「ここも他とあんまり変わらないな」
俺は思わず本音を口にした。丁度俺が生まれたときにお袋と海水浴に言ったことがあるが、高度経済成長まっただ中で海は文字通り地獄のような状況だった。
あのお袋ですら、スキューバダイビング用のスーツがないと泳ぎたがらないほどに。
「そうよ、だから、我々もたまにだけど、掃除はするわ」
「でも、なかなか追いつかないと」
サオリがそう言って、ゴミの一部を拾い上げたら何やら小さなカメが必死になって歩いているのがわかった。
「あ、もう生まれてる」
サオリはそう言って、周囲を見てみると三カ所にカメが砂の中から這い出てきて、障害物競走をするかのようにゴミをかきわって、海に向かっていた。
「みんな、下手に触らないで」
「良いのか、手助けしなくて?」
俺の質問にサオリは頷き、彼女はただゴミだけを片付け、手助けしたり、外敵の排除や救出はしなかった。
よくこのカメの子供を見てみると、それはアーケロンの形をしていたため、やはりここはあのカメたちの産卵場所であることが確認できた。
「やっぱりアーケロンも今のカメと同じように砂浜で産卵するんだ」
「海に適応した爬虫類だからね。陸で生まないといけないのよ」
俺たちが産卵の様子を旧式カメラで撮影していると、バルロ達水生人間が何か浮かない顔をしていることに気がついた。
「どうした?」
「いや、この浜辺は少しまずいと思ってね」
俺が何がまずいと聞く前にそのまずい物が四方八方からあられた。
職員が丸太だと思って座っていた物はなんとデイノクスという、ハチャメチャに巨大なワニだった。
職員は間一髪のところで逃げたが、周囲にはオオウミガラスのような海鳥がアーケロンの子供を襲いだし、雑草の中からは蛇が現れて、海の方では小型のサメや海生爬虫類の子供がいつのまにかやってきていた。
さすがに俺たちもこれはまずいと近くの木の棒を拾ってアーケロンとの危険な大運動会をほっといて、安全な岩に避難した。
「ふう、助かった」
「バルロさんが危険を察知していなかったら、危ないところだった」
「ここの浜辺はデイノクスが縄張りにしていて、時々怖い物知らずの若者がワニ革目当てに狩り来るんだ」
「それを早く言えよ」と心の中で叫んだ。
しかし、まさかデイノクスまでこの海で生き残っていたのは驚きだ。しかも、オオウミガラスみたいな鳥までいるとは。あの鳥は冷たい海にいると思っていたのだけど。
「でも、この岩の所まで来れば安全だ」
「・・・・・・これ、岩じゃないですよ」
サオリの言葉を聞いてもう一度確認すると、それはアーケロンだった。
「また間違えたか」
「馬鹿は三度までと言うけど、これは予想外だった」
そんな俺たち対しアーケロンは後ろ足で大量の砂を俺たちめがけてかけてきた。
またしても俺たちは顔をかくして、目に砂が入らないように防御する。
「丁度よかった。まずはこの子にカメラを取り付けて見ましょう」
サオリはバックから完全防水加工されたデジタルカメラを取り出し、それにテープで貼り付けようとアーケロンに近づく。
身の危険を感じたアーケロンはサオリに対して大きく口を開けて威嚇をした。
その姿に誰もがたじろぎ、後ろに下がってしまう。
「こいつにカメラをつけるなんて無茶だ」
思わず、船長の言葉が荒くなってしまう。ウミガメは見ている分にはおとなしそうだが、時に襲うこともある。ましてや目の前の大物は恐竜時代の海で生息していた生き物だ。気性が荒くても何ら不思議ではない。
「みんな後ろに下がらせて、その間にあなたは甲羅にカメラをつけて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます