第11話
「確かにそうだな」
みんなが子供のように笑っていた。やはり社会経験をしないと精神年齢は止まるのかと笑いつつも改めて痛感した。
「笑っているとこ悪いけど、そろそろ本題に入ろう。お前たちには社会復帰してもらう」
その瞬間マリエッタたちは一瞬沈黙し、その数秒の後、失笑を起こす。
「な、何を言ってんの。今どきこんな私たちを受け入れてくれるところなんて」
「受け皿がないといいたいのだな。心配するな、俺が話をつける。今の時代の社会教育やメンタルケアをやっている。信じないのは当たり前だが、いやでも来てもらうぞ」
「で、でも、どうして急に?」
「バルロが、お前たちを外に出してやってくれだと」
その言葉を聞いたマリエッタたちは一斉に視線を向ける。それは捨てられたのではないかという疑りの視線だった。それは大体あっていたが、それだけが本心というわけでもないようだった。
「これ以上養えない訳じゃないけど、あなた達も外に出ないといけないわ。マサルはあなたに仕事も用意するって」
いきなり何を言うんだと思ったがとっさにある仕事を思いついた。そして出まかせ半分にその仕事を口にする。
「これから俺たちの調査船はここに沈んでいる沈没船の調査とその船体及び遺物の引き上げを行う。その際に犠牲者の慰霊をおこなってほしい」
「なんで、あたしらがそんな仕事を」
「おかしいか、仮にもお前らは聖職者だろう」
確かにさっきのたばこや酒のごみを見たらまともに教えを守っているとは言えないが、腐ってもここの子供の皮をかぶった年寄りは聖職者の端くれだろう。教え位は頭の中に入っていると思う。
「ふざけんな、俺らが頑なに教えを守っていると思っているように見えるか?」
「でも、少しはかじっているだろう。それだけで十分だ」
「そういうことよ。さあ、早く支度しなさい」
バルロの言葉を聞いて彼らは渋々従い、体をふらつかせて、書物や着替えを床に転がっている、大昔の旅行鞄に詰め込み始める。
「マサル、あなたは母船に連絡を入れてきなさい。この子たちは私が見ているから」
「いいのか、こいつらすぐに怠けるかもしれないぞ」
「この子たちは最後までケツを持ってあげないといけないからね」
何か含みのありそうなところがあるが、連絡するよう言いつけられているため、そしてさっき載っていたボートでは五人が限度のためお迎えを呼ぶ必要もあった。
「じゃあ、外に出て連絡を入れるから。後は頼むぞ」
「任せといて」
俺は教会の外に出て持ってきた通信機を取り出して、調査船に連絡を入れた。
「船長、俺です」
「マサルか、それでどうだった?」
俺は事の次第やお迎えのボートが必要であることなどを伝える。それを聞いた船長は「わかった、迎えを出すから、そっちの位置情報を送ってくれ」と少し安堵したかのような声で通信を切った。
使い慣れないスマホで緯度と経度の数字を確認して、それをパソコンに入力していると、協会の扉が開いて、一六人が支度を整えて出てきた。
「連絡はついたの?」
「ああ、すぐに迎えを出すって。でもその前にここの位置情報を送らないといけない」
「その機械でここの場所がわかるの?」
「本来はスマホで直接送るのだが、ここは圏外だから直接ここの位置情報を送る」
俺はそう伝えて、緯度と経度のデータを送信し終え通信機をお折りたたんで、収納して一緒に移動する準備を始める。
「それで、お前らの支度の方はできたのか?」
「ええ、見ての通りよ」
その昔の映画に出てきそうな旅行鞄を軽々と身軽に担いで見せた。その姿を満足そうに見つめるバルロは何か意味ありげな目で見つめていた。
「どのくらいで来るの?」
「時間は正確ではないけど、少なくとも三〇分でこっちに来ると思うが」
「確かに、船からここまでがそのぐらいね」
「それじゃ、こっちも階段で降りて待っていようか」
彼らの一人がそういって先に俺たちが上ってきた階段を降り始める。俺もやれやれと思いながら、同じように最後尾についていこうとした。
「ところで、何か彼らに話したのか?」
「え、別に何もただ数百年ぶりの外の世界を堪能しなさいと言っただけよ」
正直なところ怪しいが今は信じたことにして階段を下りていった。
二時間後、マリエッタたちとともに船に戻った俺は彼らに船長と合わせるためにミーティングルームに案内した。
彼らは文字通りのカルチャーショックを受けていたようで、様々なものを物珍しそうに見ていた。
「このテレビ、すごく薄いわ」
「液晶という物でできているみたいですね。初めてテレビを見た時はブラウン管だったころよりさらに発達したんだ」
「こっちの電話もすごいぞ。昔は交換手を通して連絡をしていたのにこんなに手軽に電話ができるなんて」
みんながそう騒いでいると、船長たちが帽子と船の模型を四つ持って入ってきた。
「あんた誰?」
「申し遅れた。私がこの船の船長のレクトラ・セイルだ」
「は、冗談はよしてよ。あんたどう考えても下っ端でしょう」
「そうだよ、船長はもっと年の食ったやつがなるものだろう」
それを聞いた船長はため息をついて船長帽をかぶり一から説明することにした。
「こう見ても私は君たちよりもはるかに長生きしている。そしてここにいる乗組員や研究員、そしてこの研究所と財団の人間も不老長寿ばかりだ」
「坊やも世間知らずだね。私たちはこう見えても外は子供で中身は数百歳の年寄りよ」
「世間知らずか……それはそっくりそのまま返すぞ。私はこう見えて八〇〇年生きてる。肉体だけが年を取っていないだけでね。船乗りとしてもベテランの域を超えている」
「へえ、それなら証拠見せなさいよ」
そう言われたレクトラは「マサル、ナイフがあるだろう。貸してくれ」と催促してきた。
俺はポケットナイフの付いたツールセットを渡すとレクトラは左腕に切り傷を作って、彼らに見せた。
傷は一〇秒もしないうちに塞がり船長の言ったことが嘘ではないと証明して見せた。
「これで、信じてくれたか?」
「……ええ、信じるわ。それで、この船に連れてきて仕事と社会復帰をさせたいのよね」
「その通りだ。まずは君たちには歴史の勉強をして、その合間に今回引き揚げる船の犠牲者に慰霊をしてもらう」
「別に構わないけど、でもどうして私たちが?」
「俺たちも形だけの慰霊はできるが本格的なものができない。それに場合によっては遺体が発見されたときに備えておきたいんだ」
「随分、虫がいいのね」
「なんとでも言えよ。俺らもバルロに頼まれなかったらお前らなんか引き取ったりしない」
「いいわ受け入れるわ。それで慰霊してほしい船というのがそれなのね」
マリエッタが手袋をした手で持ってきた模型を指さした。魚人工船坂上丸、未完の豪華客船オーシャニック、大和型戦艦の改良型敷島、伝説の戦列艦ゼークト号、そして本来の目標原子力潜水艦オリオンの四つである。
「そうだ、ただし、潜水艦の引き上げは誰にも口外するな」
「なんでこの潜水艦は秘密なんだ?」
俺はすぐに目配せをしてこれ以上詮索するなと合図をした。彼らは不満そうだったがそれ以上の質問をやめた。
「まあ、いいわ。いずれ分かることだし。それで、最初はどれをしらべるの?」
「まずは、この坂上丸を調べる」
「この船に関して分かっていることはないの?」
「魚人工船について知っていることは?」
「一九世紀末に蟹工船と同じ要領で水生人間の肉を缶詰にする機械を積んで製造した船だろう。その劣悪な環境と非人道的な扱いで国際問題になって小説にもなった。最近になって、とは言っても半世紀以上前だけど排他的経済水域の設定と水生人間の人権保護条約の締結で全面的に禁止になったらしいわ」
「一応はその話を聞いていたようだね。では坂上丸についてレクチャーしておこう」
「レクチャー?」
「説明という意味だ。他の職員にも説明するから彼らが来るまで待っていてくれ」
俺はそう言い残して他の職員を呼びに外に出ていった。
一五分後、職員たちが集まってプロジェクターに坂上丸の概要について説明がなされた。
坂上丸は一九一六年に日本で建造された貨客船で主に中国や朝鮮の航路を主力にしていた。一九三〇年に某水産会社に売却されて魚人工船としてペトロス海で漁と缶詰製造に従事していた。
しかし、一九三七年に謎の爆発事故を起して沈没、生存者は一人もいなかったため、今でもその沈没原因が正確なところは分かっていない。
「定説では古くなったボイラーが爆発したか、石炭による粉塵爆発を起こして、リベットがはじけ飛んで沈んだとされています」
「少なくとも、そうされている。小説もその説を支持していた。ただ、この白黒の写真ではそうは見えないけど」
プロジェクターに映し出された白黒写真には黒い水柱のような影が映っていた。
水産会社と護衛についていた海軍の発表ではこの影はボイラーが破裂した時にできた火柱とされている。
「これは、ボイラーの爆発でも石炭の粉塵爆発でもないわ」
「マリエッタ。素人は口出すなよ」
「素人とは心外ね。これでも炭鉱や輸送船の事故は当たり前のように見てきたの。この黒い柱が石炭やボイラーの爆発じゃないことぐらいわかるわ」
「じゃあ、これはいったい何の柱だ?」
「さすがにこまで専門じゃないから何とも」
そこに、海軍の出身だったという職員の一人が一つの推測を口にした。
「それ、魚雷か機雷が爆発した時の水柱じゃないですか?」
「わかるのか?」
「はっきりしたことは言えませんが少なくとも彼女の指摘通りボイラー爆発ではないです」
職員の指摘を聞いた俺はすぐにスマホに使い慣れた職員に機雷の爆発時の写真を取り出すように言った。スマホに使い慣れていた職員はすぐに検索しそれをコピー機でプリントアウトして見せたのを確認し、すぐにプロジェクターと比較してみると、なるほど確かによく似ているのが分かった。
「確かに近いな」
「でも引っかかる。戦争時ならいざ知らず、この時代のペドロス海はまだ平和だったはずなのに、機雷を仕掛ける理由がない」
「前の戦争時の機雷がまだ仕掛けられていて、それが残っていたとか?」
「確かにその可能性も否定はできないが、それなら前もって掃海作業はしていると思うが」
疑問は尽きないが少なくとも今までの定説は否定されたのだからあとは確証を得るだけだ。俺はすぐに話を進めることにした。
「とにかく、これで一応の決着はついたわけだから機雷にしろ、魚雷にしろ、まずは海底調査して確認をしないと百聞は一見に如かずということわざもあるわけだから」
「マサルの言う通りだ。沈没原因は明日にして今日のミーティングはこれまでにしよう。今回はお疲れ様」
船長の一言で彼らは柔軟体操をしながら自分の部屋に戻っていった。
「今日は寝てもいいかしら」
「ああ、構わない。部屋は一部屋ずつ用意してあるから、この鍵で開けることができるから」
俺は彼らに一人一枚ずつカードキーを手渡した。彼らはその見たことない板切れに不思議な顔をして手に触れる。
「これが鍵?」
「こんなのどうやって使う?」
「ドアノブの付近にかざすところがあって、それをかざすだけでロックが解除されて扉が開くようになる」
「かざすだけでいいの? 昔の鍵みたいに差し込んだり回したりしなくていいの?」
「前ならそういった使い方もあったが今は技術の進歩でかざすだけでよくなっているのだ」
ほんとにそれだけでいいのかと彼らは疑問が尽きないようだったが、船長が残っていた船員に説明するように命じ、彼らも面倒くさそうな表情をして案内していった。
「さて、彼女たちも出ていったようだし、そろそろ話をしようか?」
「話って、何が?」
「さっきの沈没原因についてだ。どうも気になるのだ。坂上丸が機雷で沈んだというのが」
「確かに、こんな危ない海洋生物だらけの海に仕掛ける神経が分かりませんね。ここは古代の獰猛な魚でいっぱいなのに」
「……調べてみたいことができた、研究所に連絡を入れて、他にこのような沈没事故がないか連絡を入れてみる」
船長はそう言って帽子を取り、部屋から出ていき、それに俺もその後に続いて部屋の電気を消して扉を閉めた。
翌朝、俺が眠い目をこすりながら船の外に出ると、バルロが「おはよう」と言って待っていてくれた。
「バルロか、おはよう」
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