第3話

「ええ、これがメガロドンの物だとしたら少なくとも生まれて二、三年の個体のようね」

 それを聞いたみんなは血の気が引いてしまった。メガロドンの子供がそれと同じとなると、成体は一〇mを超えることが容易に想像できた。

「牧場での調査が終わったら、メガロドンを数匹捉えて、発信器とカメラを取り付けて、血液を採取するわ」

「よし、それで決まりだ。今日はご苦労。マサル、今日は安静にして寝るんだ、良いな」

「わかりました船長」

 船長の解散命令を受けてみんなは各に片付けをして会議室から退出していった。

 自分の船員室に戻った俺は二枚の写真と潜水艦の模型が置かれた机に視線を向けた。潜水艦は親父の乗っていたオリオンで写真二枚は一方が親父の海軍入隊時の写真。もう一枚がお袋がペトロス海でお袋の両親、つまり俺の祖父と祖母が捕まった宇宙人のように地上の人間に釣り上げられた物だった。

 そこに、テーブルに置かれていたタブレットからSNSが届いた。

『マサル、元気にしている? 私は新しく連れてこられたイルカの水槽を掃除しています』

 そのような文に続けて一枚の写真が添付されていた。四苦八苦しながら写真を展開すると、イルカの子供と悲しげな表情を浮かべながら抱き合うお袋の姿が写っていた。

『この子はイルカ漁で両親を亡くして、自分だけが水族館に売り飛ばされて天涯孤独で辛い思いしていたので私が親代わりをしています』

 まあ、お袋からすれば当然と言えば当然の考えだろうと思いながらスマホを充電器につないでベットの中に入った。

 翌朝になって、俺達は水生人間が経営するカイギュウ牧場を訪問した。

この海域は温度が低いため、ウェットスーツや防寒着を着ての調査だった。

「でも、メガロドンはこんな冷たい海に来るの?」

「ホオジロザメは冷たい海でも動ける器官を持っているから遠縁であるメガロドンがここに来てもおかしくないだろう」

 学者仲間はそう言ってモーターボートの舵を取っていると、バルロ達がここの牧場の主と一緒に水面下でカイギュウと共にいた。彼女の手を振る姿を見た俺たちはボートの舳を彼女たちの方向に向けた。

「今日は、メガロドンの習性を確認するためにここでの被害を確認したい」

「わかったわ、まずはこの写真を見て頂戴」

 バルロはそう言って俺たちにタブレットの写真を見せた。

写真は無残にかみ殺されたカイギュウの死体が砂浜で打ち上げられた物だった。

「これはあんたの所の家畜かい?」

「ええ、私はここで絶滅したとされるステラーカイギュウを増やして、一部を食料として地元に分けています」

「サメの被害はいつ頃から?」

「少なくとも、ここで増やし始めて少ししてからだな。大体は子供がよく来るな」

「子供って言っても大きいし凶暴なのだろう」

 それを聞いた牧場の人間は鼻で笑って「当たり前だろう」と言った。

「あ、あそこにサメのヒレが!」

 突然、職員の女性が指さす方向をみると、巨大なヒレが水面に浮いていた。

「クソ、あいつがきたか!」

 牧場主は苦虫をかみしめバルロもなぜか顔を青ざめてて、そのヒレを見つめていた。

 俺たちはと言うと興味津々で観察を始めた。

「すごいな、あれは大人のメガロドンかな」

「あいつは、この海のビッグ5に入るヌシよ。獣害被害を大きく出して、何度も駆除しようとしたけどそのたびに逃げられたわ。鯨も襲うし、時には我々もやられるんだ」

 俺たちが話を聞いていると、突然ヒレが水面から徐々に沈んでいった。それに入れ違いになって今度は子供の水生人間が浮いてきた。

「おい、あのガキ、昨日のやつじゃないか」

「え、ほんとだわ。ミルルよ。一体何しにきたのかしら」

 ミルルは何か怒りに満ちた表情で水中銃を持って、何かを探していた。

 その直後にさっきのメガロドンが勢いよく、ミルルに襲いかかった。

 その巨体からは想像もつかない跳躍で口を大きく開けて、目を裏返して隠し、水面から飛び出した。その刹那にミルルは水中銃の引き金を引くが使い慣れているようには見えず、おかしな方向に銛が飛んでいった。

「あの馬鹿、何をやっている」

 そう言って、ジョナサンはモーターボートを操って、そのまま助けに行った。

 咄嗟の行動に僕らは全くって言うほどに反応することができなくなった。長いようで短いような時間の後、バルロが仲間に指示を出して後を追わした。

 三分後、ジョナサンがボートにミルルと後を追った連中と共に、こっちに戻ってきた。

「よう、今帰ってきたぞ」

「無事で何よりだ。それはそうとして、ミルルだった。一体何をしにここに来たんだ?」

 俺は威圧的な態度で理由を尋ねた。ミルルは「お兄さん達に謝りきた・・・・・・ていっても信じてはくれないよね?」

「当然よ。もしそれが理由なら水中銃なんて持ってくる方がおかしいでしょう」

 バルロは子供が見れば泣き出すほどの恐ろしい表情で矛盾を指摘する。

「ミルルとか言ったよな。お前、昨日のことを根に持っているのか?」

 ミルルは首横に振った。それを見たバルロは「じゃあ、何でここに来たの?」と問い詰めると、彼は数秒の沈黙ののちに口を開いた。

「あいつに、復讐しようと思ったからだ」

「あいつって、さっきのメガロドンのことか?」

 ジョナサンの質問に今度は首を縦に振ってその理由を口にした。

「あいつは先月、俺の友達を殺したんだ。俺のかけがえのない友達だったカイギュウを」

 それを聞いたミルルはタブレットを取り出してさっきの写真を見せた。

「ひょっとして、この子のこと?」

 本来なら子供が見るには刺激の強すぎる写真だが、気にとめずバルロはミルルに見せた。

 ミルルの目には悔し涙でいっぱいになって頷く。

「そのために水中銃を持ってここに来たのね?」

「そうだよ、そうじゃなきゃこんな所に再びヒレを向けないよ」

「そんなの無謀よ。あんな怪物を子供一人が挑むなんて」

 みんなが口々に、彼の無謀さに対して非難の声を上げていると、ジョナサンが何を考えたのか彼に近づくと眼前を見つめて質問した。

「お前、敵を討ちたいか?」

「そうだよ、おじさん」

「よし、じゃあ明日、俺の船の所に来い。運がよければそいつを捕獲できるかもしれない」

「ほんと?」

「でるかどうかわからないが、可能性はある。それに賭けるか?」

 ミルルは喜んだ様子でうなずくと一目散に水中銃を持って泳いでいった。

「おい、そんな嘘ついて良いのか?」

「嘘はついてないぞ、どっちにしろ、メガロドンを捕獲しないといけないだろう」

「捕獲ですって?」

 ロウガは驚いて俺たちに聞き返した。どうやら、解剖か何かされるのかと疑ったようだ。

「大丈夫だって、発信器や血液の採取だけ済ませれば、ちゃんと海に帰すよ」

「生け捕りにするの? どうやって?」

「釣りと同じ要領で、まずメガロドンを釣って、台座まで引っ張っていって、陸揚げしてから、血液や精子とかを採取して、発信器を取り付けて、海に帰すと言う手はずだ」

「サメはデリケートナなうえ、浮き袋もないから、すぐに死んじゃうわよ」

「その辺は大丈夫。ホオジロザメで練習したから、メガロドンにホースを突っ込んで、水を流して息ができるようにする」

「でも、ほんとにあいつが捕まるの。第一ホオジロザメならいざ知らず、それより遙かに大きいサメを捕まえられるかしら」

「まあ、なるようになるさ」

 ジョナサンはそう言って、カイギュウの親子をむなしい表情で見つめていた。

 翌朝、調査船はメガロドンが狩り場にしている海域に碇を下ろして、捕獲の準備を始めた。

 カエシのない頑丈かつ巨大な針には鯨の肉を仕掛け、ロープにブイを準備してウキの代わりにした。

 大型の陸揚げ台を一旦海に沈め、メガロドンをここに誘導する手はずになっている。

 船の周囲にはロウガとミルル達が海の中をのぞき込んで様子をうかがう。俺たちは潜望鏡などを使いながら、海の様子をうかがい、撒き餌をまくと小魚たちが餌にたかり、それを狙って肉食魚や水中生物が集まり始める。

「そろそろだな。これだけ来るとメガロドンもやってくるだろう」

 ジョナサンはブイと針に仕掛けた餌を海に投げ入れる準備を始める。

その作業と俺はジョナサンに「ミルルを呼んできてくれ」と頼まれた。

 すぐに俺はミルルに合図の旗を振ってこっちに招き寄せた。ミルルは真剣な表情で船に向かって泳ぎ、イルカのジャンプのように甲板に上がった。

「ジョナサンのおっちゃん。もうすぐはじめるの?」

「そうだ、間もなく大がかりな釣りの始まりだ。ついでにおっちゃんとは呼ぶな」

 ミルルはそれを聞いて「お兄ちゃんの年齢じゃないでしょ」とからかった。それが気に食わなかったらしくジョナサンは乱暴に餌を海の中へ放り込んだ。

「まあ、俺たちだって何かしら苦労が絶えないから、そう見えても仕方が無いか」

「バルロのお姉ちゃんも言ってたよ。この船の人たちは苦労をしていて目が荒んでるって」

「へえ、あの人魚ちゃん。見るとこは見るな」

 ジョナサンの一言が何が気に食わなかったのか猛烈な剣幕でミルルは怒った。

「バルロ姉ちゃんを人魚ちゃんなんて言うな」

「落ち着けよ。何が気に食わないのかは知らないがそこまで怒ることか?」

「バルロのお姉ちゃんは僕たち水生人間ではいける伝説とまで言われるほどの英雄なんだ」

 俺の叔母に当たるであろうあの水生人間が英雄? その意味がまったくわからない。

「バルロお姉ちゃんはね。海軍で二十年働いて、やめた後は仲間達を結束させて奴隷狩りや食用に捕まえに来る地上の人間相手に戦ったんだ。そして僕たちが安全に住めるようになったのも、お姉ちゃんのおかげさ」

 喜びながら話すミルルの言葉を聞いた何人かの職員はかなり渋い顔をして黙ったまま彼を見つめていた。

「あれ、なんかへんなこと言った?」

「おい、悪いけど、ここじゃあその話はやばいんだ。むやみに口にすんじゃない」

 俺はそう言ってミルルの自慢話を封じた。何しろ、この船の乗組員には水生人間のテロ事件での生存者か遺族が混じっている。そして未だに水生人間への差別感情も残っているやつもいる。

「僕もバルロ姉ちゃんみたいな軍人になって、この海の外に出たいな」

「・・・・・・水を差すようで悪いが、そんな理由だったら入隊しない方が良い」

 俺のアドバイスで言った言葉に「なんで?」と不思議な顔をしてミルルは聞いてきた。

「俺の親父、海軍に籍を置いていたんだが、それがキツいんだって。兵学校に入ると持ち物を捨てられて鬼教官にぼろくそに言われて、肉体も精神をやられるんだ」

「お兄さん、知っているの?」

「親父から色々と聞かされたよ。俺が海軍に入ると言ったら、殴られたあげく『海軍はそんな甘いところじゃない』と怒鳴られたよ」

 それを聞いたミルルは頭を抱えていたようだがそれをフォローするかのようにブイを投げ入れたジョナサンがアドバイスを与えた。

「この海を出たいのなら、むしろ海洋冒険家にでもなったらどうだ。自給自足になるが自由だし、今まで井戸の中の蛙だった自分を見つめ直す上ではそっちの方が良いぞ」

「・・・・・・でも、何回かは海軍の船がやってきてスカウトに来るんだ」

 それは俺も知っている。海軍では産業革命以来、各国の海軍が水兵として雇い入れることがよくおこなわれていた。

実際にも水生人間を両親に持つ職員の中には親が水兵だったというやつもちらほら聞く。

 しかし、それが公式に認められるようになったのは半世紀前になってからのことである。

 その話をしようとしたときに海軍の船が俺たちの目の前を横切ろうとするのが見えた。

「今年も、スカウトにやってきたんだ」

「あれが、海軍の募集をかけるために来る船か?」

「どこの国の船だ?」

 双眼鏡がないため海軍旗も国旗も確認することはできなかったが、あのサイズの船からするにこの近辺の国か、もしくは駐留している軍隊だろうと推測はできた。

 船が彼らのテリトリーに向かっていくのを見届けていると、ブイが勝手に動き出し始めたのが目に入った。

「かかった!」

 甲板は勿論、海に出ている奴らも慌ただしくなった。

 ジョナサンは電動巻上機を動かして、獲物を引っ張り出そうとする。

 でも、なかなか獲物は海面には上がってこない。そこで、ブイを三つほど海に投げて、サメの動きを弱らせようとした。

 四つのブイは右に左に円を描くように、水面を動いて暴れ回る。一方、船の巻上機は悲鳴にも似た音を立てつつも、駆動音を響かせて徐々に巻き上げていく。

「まだ、上がってこないか?」

「今、海上にいる奴らからの連絡で六メートルほどの子供が、暴れているそうです」

 その大きさはホホジロザメでもなかなか見られない。それで子供とは驚きだ。

 そうしていると、ようやく水面からメガロドンの子供が見えてきた。ここから本題でこのサメを台座まで誘導する。

 職員と水生人間はワイヤーをつかむと、襲われないように台座に誘導していく。メガロドンが台座の所にまできたところで、油圧ジャッキで台座を上げ、凶暴なサメは陸に上がったカッパの状態になった。

 それを確認した俺たちは水の流れている太いホースを手に捕って、小型自動車も飲み込みそうな、巨大な口の中に突っ込んだ。

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