第2話
それを聞いた船長はガムを俺に分けてくれて、一緒に口の中に放り込んだ。
「この会社に拾われなかったら、俺たち親子はろくな人生を送れませんでした」
それを聞いた船長は膨らましたガムを破裂させた後に、ガムを包み紙に入れた。
「よしてくれ、我々だってろくなものじゃないさ。表向きだけまっとうだけど」
そう言って、食事にありつく海洋生物を一緒に眺めた。
「おまえの父親の乗った潜水艦、ここで何をしていたんだ?」
「詳しいことは聞いていません。なにせ、オリオンの任務は船長と高級士官以外、知らされていなかったようですしね」
「まあ、引き揚げてみればわかるだろう。気楽にいこう」
気楽にね、そんな悠長に事を構えられればいいのだけれど。俺はそう心の中でつぶやきガムを包み紙に包んでポケットに入れた。
「そうだ、君のお母さん。仕事はうまくいっているかい」
「……ええ、毎日水族館の水槽を掃除している」
「お父さんはどうだ?」
「親父は相変わらず、日雇いバーの仕事しているよ」
「家族との会話はないのか?」
「……」
「そうか、その様子だと相変わらずと言ったところか」
そのとき、凄まじい勢いで海から飛び出てくるのが見えた。それは巨大なサメで、口元に哺乳類の子供が咥えられていた。
「マサル、船長。職員の一人がビデオカメラで撮影したようです、後で見ますか?」
職員の一人が今では二束三文もしないVHSビデオカメラから、これまた見つけるのが大変なビデオテープを取り出して、さっきの狩りを撮影したことを大声で伝える。
「うまく撮影できたのか?」
「ええ、さっきの大きな魚の死体を撮影していた偶然撮れたらしいですよ」
職員たちはそう叫ぶと、喜び勇んで船の中に入っていった。一方の船長はというと、ため息をつきつつも「今日は一発目の収穫だな」と笑みを作って、俺と一緒に船の中に入り、撮影した映像を見に行くことにした。
ドアを開けてると、俺は西日の当たる陸地の方向を眺めた。そこは大きなボタ山という石炭のカスが大量に積み上げられた山が目に入った。
「あっちの湖は大丈夫ですかね?」
「移住した河童がそこで生きているなら心配ないだろう」
船長は帽子を再び脱いで、船の中に入っていった。
翌朝、俺たちはボートに乗り込んで、水生人間達が住む海岸線の街にある魚市場に向かうことにした。ガイドとして、昨日調べに来た連中も同伴してきた。
「ここでは、どのような魚が取れますか?」
職員の一人がバルロに質問して、その答えをICレコーダーに録音していた。
「とる海域によりますね。今日は板皮類が住むところで漁に出たみたいよ」
「ということは、ダンクルオステウスが捕れているかもしれませんね」
「それはどうだ。ダンクルオステウスは我々でも捕るのは命懸けで、お前たちでいう捕鯨船クラスの装備と経験豊富な漁師じゃない限り、近づかないようにしているぞ」
水生人間の一人がそう言って、周囲の監視をし、他の仲間たちも同じようにうなずく。
「まあ、あくまで成魚での話よ。子供なら、二匹か三匹、捕まえているかもしれないわよ」
そう、バルロが話していると、ようやく水生人間の魚市場に着いた。周囲には多数の海鳥たちが、余ったおこぼれを狙っていた。
水生人間達は陸上の人間たちの魚市場と同じように、魚を売り買いしていた。
バルロはいったん船から降りて水の中に入る。そして、彼女の部下もまた後に続いた。
「よし、我々も上陸するぞ」
俺たちは船に錨を下ろして、撮影機材などを持って上陸するとそれを見つめる水生人間達の目は好奇に満ちていていた。
子供たちが「お兄ちゃんたちは何しに来たの?」と聞いてきた。
俺たちは優しい大人のお兄さんお姉さんのふりをして、子供たちに優しく接した。
「こら、知らない地上人にちかづくのじゃありません」
彼らの母親たちが慌てて、子供たちに戻るように呼び寄せた。
「随分と、大人な対応ができるのね」
「そりゃ、俺たちは大人だからな」
俺とバルロはそう話して、他のみんなと一緒に魚市場に向かった。
魚市場には様々な古代の生物が黒板にいい値で売られていて、あちこちから魚のセリや商品を進める声が聞こえてくる。
見たことないサメやボーリング玉サイズのオウムガイ、魚ですら図書館の古代生物図鑑でしか見ることができないものばかりだった。
「どう、私たちの魚市場の感想は?」
「正直、驚いている」
「ほとんど知られていなかった古代の生物が魚市場に普通に売られているなんて」
「これらの生き物はまず現代の地球では見ることはないからな」
俺たちはそうやり取りしながら、魚の匂いを嗅ぎつつ進んでいく。
周囲からは口々に珍しい客を好奇心に満ちながら見つめていた為、俺たちはその視線に思わず緊張してしまう。
「な、なんか、注目ばかりされていますね」
「それはそうでしょう。ここに来る地上の人間といったら、食用や漢方薬として私たちを捕まえに来るろくでもないやつか、海で遭難した生存者位よ」
バルロはそう答えて、細身の体からは想像もつかない腕力で一匹の魚を掴み上げる。
「ば、バルロ様、勝手にうちの売り物に触らないでください」
店をきりもりする水生人間のおっさんは慌てて取り戻そうとするが彼女は軽々とかわす。
「おじさん心配いらないわ。彼らにこの魚についての説明をするだけだから」
その直後に俺らの仲間が彼女の説明を遮る形でその魚の正体を言い当てた。
「その魚は、板皮類の一種でボトリオレピスだと思います。デボン紀の時代に世界中の海で生息してたはずです」
「……その通りよ。この魚は私たちの海では一番よく取れる魚の一つよ」
先を越されたことに不満はあるみたいだが、俺らの仲間の答えに素直に受け入れて、ボトリオレピスという魚を氷だらけの棚に戻した。
「ねえ、おじさん。今日はこんな魚が取れる海域に行ったとき、何か捕れなかったのか?」
俺の質問におっさんは少し考え込んで、何かを思い出し水かきの付いた指で指し示した。
「今日は二匹、珍しい魚が混獲したらしいぞ。いま、生簀で子供たちや漁に出ていた連中がスマホやタブレットで撮影しているらしい」
それを聞いたバルロは「何が捕れたの?」と聞くとサメと肉食魚と答えた。
俺たちはそれを聞いていてもたってもいられず、彼女たちを置いておっさんの指さした方向に全力で走り出した。
人ごみをかき分けてたどり着くと、生け簀には防水加工したタブレットやスマホが写メの音を立てていた。
「わ、悪い、少しのいてくれ?」
「入れてもらえますか、すぐに終わりますから」
「な、何だ、お前たちは?」
「ち、地上の人間。なんで我々の土地にいるんだ?」
人々の声をしり目に俺たちはその生簀をのぞき込む。
二匹の魚は殺し合いをしないように分けられていた。
漁師は一匹ずつ切った魚の切り身をその二匹に与えていた。
まず左側はへんな形の背びれをしたサメ、恐らくステタカントゥスの一種のようだった。もう一方は隣のサメより小さいが、それは紛れもなくダンクルオステウスだった。
「マサル、すごいわよ。子供とはいダンクルオステウスが目の前にいるなんて!」
仲間は口々に喜んで古いカメラを使って撮影をしようとした。
その直後に右隣で撮影していた水生人間の子供がスマホを生簀の中に落としてしまった。
「あ、僕のスマホ」
子供はあろうことか生簀の中に飛び込んで取りに向かった。しかも、一瞬だったため確証はなかったが、どこかでけがをしていたのか切り傷を負っていた。
案の定、サメは少年の方向に海の深くに泳いでいくのが分かった。
やばい、サメの習性からしたら、あいつ噛みつかれる。そう考えた俺は機材を仲間とバルロに託すと一呼吸して生簀の中にプールの飛び込みのようにダイブした。
子供は慣れた手つきで俺とサメのことなど気にする事もなく悠々と泳いで、網の底に落ちているスマホに手を伸ばす。
その時サメの泳ぎが急に早くなって、横に体を動かしながら子供に近付いてきた。
俺はサメのドキュメンタリーをよく見ていたためそれが獲物に急襲を仕掛ける行動だとすぐにわかった。
俺は慌てて泳いでサメの前を遮る。その直後にサメは傷つけないように目を裏返し、凶暴なまでに尖った歯が並ぶ口を大きく開けたかと思うと、俺の左腕に思いっきりかみつく。その衝撃に思わずお腹と口から空気があふれ出た。
子供はそれに気が付き仰天して水面に向かって逃げ出した。
一方のサメは俺の左腕から離れた。その隙をついて、俺は全力で子供の後に続いた。腕の方は複雑骨折と歯型が深くついた位で済んだが、ここでの調査が終わるまでギブスをつけなくてはいけなくなったなと心の中で嘆いた。
生簀から戻った俺はサメにかまれた腕から流れる血が絵の具のようにしたたらせて痛みに耐えながら子供のほうに近づいた。子供の方はスマホが壊れていないことにばかり目が行っていた。
「あ、地上のお兄さん。別に助けなくても大丈夫」
その言葉を聞き頭にきた俺は強烈なビンタを振るった。子供はそれを受けて持っていたスマホを人ごみの方に吹き飛ばし、同じ方向に倒した。
「それが、身代わりになって、けがをした人間に対する答えか? あの時お前は食べられそうになったんだぞ。もっと自分の命を大切にしろ」
不条理だが昔の人間だし、この子供はお礼すらしないのだから怒って当たり前だ。
しかし、周囲の目は明らかに「お前、何様のつもりだ」という冷ややかなものだった。
バルロたちも視線は冷ややかで俺たちを人の周りから連れ出した。そして彼女は人込みから連れ出すなり、俺に説教を始める。
「あなた、大人として怒ったつもりだけど、私達からすれば大きなお節介をしたのよ」
「ふざけているのか、あのガキはヘタすれば奴のディナーにされていたんだぞ」
「それぐらい私達は分かっているし、その対処もできるわ」
俺は腹が立って反論しようとしかけたところに、さっきの子供が泣きながら近づいてきた。そして、俺の腕を見るなり顔を青ざめたか思うとそのまま逃げだしてしまった。
「あの子はミルルと言ってね。ここの海のことは知り尽くしている漁師の息子よ」
彼女は俺の傷に触れかけたが仲間たちが俺を囲んで「私達で処置できますから」と隠した。
「今日は、この辺にして、明日から調査をしたほうが良いわよ。丁度、海が荒れそうだし」
その言葉を聞いて俺が空を見ると、スコールの降りそうな雲が近づいてきていた。
俺は応急処置を受けた後、すごすごとも来た道を戻り始めた。
もっとも俺は普通の人間とは違うためこの位の傷、二日で回復する。
船に戻ると俺は医務室でこの道二〇〇年の女性医師に添え木と包帯をつけてもらった。
「こんな、雑な治療でよく二世紀も医者をやってこれたな」
「当然でしょ。普通の人間ならいざ知らず、私を含めてみんな回復が早いのよ。逆に手間がかからなくて楽よ」
とても医者の言うこととは思えない言動だが、事実だからなにも反論できない。実際に瀕死の重傷でも半日あれば回復するほど俺たちは治りが早かった。
「変に骨折が治る事は無いよな?」
「マサルは運が良いわ。骨折はひどくないからボルト止めの必要も無いわ」
医師は痛み止めの薬の入った袋を渡されて俺は出て行った。その足で明日の計画を検討している会議室に入ると中では船長を始めとした専門家達が集まっていた。
「マサルか。腕の調子はどうだ?」
「ヤブ女医の見立てでは二、三日すれば健康な腕になるとの診断です」
船長にそう言って、明日の予定である巨大鮫メガロドンの生態調査について質問する。
「まずは、子供の生態調査をします。地元の水生人間の話だと、カイギュウ類の牧場での獣害がおきているらしくて、死んだ家畜にサメの歯がくっついているらしいです」
そこに、大昔にカイギュウを捕獲していたという六〇〇才の男性船員が手を挙げた。
「メガロドンがカイギュウを狙うって事はあそこが豊富な餌場だって認識しているって事じゃないのか? 絶滅に追い込んだ俺らのように」
「その可能性は高いな。少なくともメガロドンの子供にとっては貴重なタンパク源に見えているだろう」
船長がそう言っている横で、俺はバルロ達からもらったカイギュウ類の死体と掌サイズのサメの歯形とヒレの一部スマホの写真を一枚一枚渡して見せた。
それを見たカイギュウを捕らえたという船員であるジョナサンは「これは間違いなく、絶滅したというステラーカイギュウの仲間だな」と答えた。
「間違いないか。俺らは骨格でしか見た事内々からどんな物か知らないんだ」
「ああ間違いない、実に数百年ぶりの大発見だ。恐らくこの海域は他より冷たいから育てるには丁度良いのだろう」
その言葉を聞いて船長は「じゃあ、また絶滅させるのかい?」と皮肉を口にした。
「冗談よしてください。いくら俺でもそんな愚行を二度繰り返しませんよ、船長」
そう反論したが、また食べたいなと言う気持ちが未だにあることが顔色でわかった。
「間違っても、外部に漏らして密漁とかは絶対にするなよ」
「わかってるよ、マサル。そんなに念押しするなよ」
そう言って彼は俺が渡した写真をすぐにその仲間に渡した。
「これは、間違いなくサメね。しかもこの歯形の大きさからしたら、世界最大のホオジロザメと大きさが同じのようね」
「あの、ディープブルー並と言うことか?」
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