水に生きる生命の思い

@bigboss3

第1話

その海は自分たちとは別の進化を遂げた人間たちのすみかだ。かつて鯨やイルカの祖先が海で泳いでいたら、先祖返りして海に適応したように人間だって同じ事がおきても不思議ではない。この物語はそのカテゴリ外の俺たちやそれによって人生を翻弄された物達が仕事で調査刺したときの記録である。


この話をする為に俺の両親との出会いと調査と引き上げの原因となった潜水艦の事故について語らなくてはいけない。

 今から六十年前、水深二百メートルの辺りで水性人間たちは水中銃と爆薬を手に原子力潜水艦オリオンを囲んでいた。

「みんな、潜水艦の外郭に爆薬を設置したら、全力で泳げ」

「わかった、お前も気をつけろ」

 そう言って爆薬を貼り付けようと近づいたとき、突然水性人間たちは電気ショックのようなしびれを感じる。それは感電死するかと思えるほどに。

「くそ、電磁防護が張られているぞ」

「これじゃ、うかつに近づけない」

 そうこうしている隙に潜水艦は悠々と海域を進んでいく。目の前にはステラーカイギュウが住む海底牧場があり、彼らからすればゆゆしき事態に他ならない。

「おい、どうする?」

「仕方が無い。この手は使いたくなかったが、あそこに設置している機雷を潜水艦の真横で爆破させるしかない」

「でも、それだと俺たちの家畜に被害が・・・・・・」

 そう言っている隙に潜水艦の中からウェットスーツを着て、水中銃を持った特殊部隊員が彼らを排除しにやってきた。

彼らもすぐに臨戦態勢に入り一戦交える覚悟を決める。

「これ以上好き勝手はさせないぞ」

 水性人間の持つ銃が水かきのついた指で引き金を引こうとしたとき、潜水艦オリオンはスクリューの回転が止まったかと思うとそのまま暗い海底にのみ込まれるかのように消えていこうとしていた。

 辺りでは特殊部隊員の方でも自分たちの母艦の異変に困惑しているみたいだった。

「なんだ、あのままだと圧壊するぞ」

 水性人間の一人がそう言った直後にすさまじい鈍い音が海全体に響き渡った。

魚は思わず逃げ出し人間たちは耳を塞いでそのまま浮上してしまった。

「ぷは、一体、何がおきたんだ」

 生存者となった特殊部隊員たちは酸素吸入器を外して口々に驚く。自分たちが乗っていた潜水艦の最後を信じられないでいた。

「お前らの潜水艦、急に沈んだぞ」

「俺らにもわからない。なんか、エンジンが緊急停止したみたいだが・・・・・・」

 両者は互いに敵対していたことなど忘れて事態の把握に躍起になっていた。

 十分後に潜水艦が沈んだところからたくさんの物が浮かび、十二人の救命スーツを着た生存者が浮かんできた。

 周辺からは事態に気がついた水性人間たちが彼らの捕獲および救助に向かってきた。

 彼らは泳ぎ慣れた手つきで生存者の救命スーツをつかむと互いに協力し合って、自分たちがテリトリーにしている浜辺に運んでいった。

 そのうちの女性の魚人は惚れ込んだような目で若い船員を見つめ、優しく口づけをした。

 それが親父とお袋との最初の出会いだった。

 それからおよそ六〇年の月日が流れた。その日の海も水上だけ穏やかだった。

「進路そのまま。舵を戻せ」

 その日、民間海洋研究所「メルビレイ」はペトロス海に向かって船を進めていた。

ペトロス海は世界でも希少な古代生物の最後の楽園で人魚や魚人などと言われた水生人間が住んでいる所だった。

彼らの生活水準は現代と全く変わらないがあまり交流がないため調査しに来た、というのは建前で、ほんとの目的は親父が乗船していた原子力潜水艦オリオンの船体引き上げだ。 

それは極秘としてやらなくてはいけない。

「船長、まもなく彼らのテリトリーにはいります」

 旧式のエンジンテレグラフを握る俺の手が少し震えていた。

ここが屑親父と押しかけ女房のお袋が最初にあったところとなるとなおさらだ。

「落ち着け、マサル。奴らのことを恐れるのはわかるが、緊張しなくていい」

 十一才の少年のような姿とその見た目に反する老齢した言葉で話しかけるのがこの調査船、ハーマン・メルビレイ号の船長。レクトラ・セイル。この船の中で一番の年上で八百才近くになる。

 ちなみに俺は見た目こそ一八なのだが五四才で親父が七八でお袋が九〇近く。ここに乗る船の乗組員は俺や船長と同じように見た目が幼子から三〇後半で、実際は何十才にも何百才にもなる。

 海洋研究所メルビレイの職員は皆、人魚や魚人の肉を食べて不老になったり、彼らとセックスして生まれたハーフばかり。知識や経験豊富だが現代社会になじめず大変なのだ。

「船長はスマホの扱いには慣れましたか?」

「全然なれない。発明された頃の電話ですら四苦八苦したのに、こんな多機能電話なんかSF小説の中だ」

 そう、毒ついて双眼鏡を覗きこむ。船長の表情はやはり険しかった。海上には水生人間達が警戒して、水中銃や魚雷発射管を向けてくる。

「水上から通信が入りました。ここは我ら水生人間の領域だ、この船の所属と船名並びに目的を伝えよ。との連絡です」

 通信士は骨董品レベルのヘッドホンを片耳に当てて俺たちに伝えた。

「よし、手はず通り、打診しろ」

「了解、すぐに伝えてます」

 そう言って手はず通り、受話器で目的と所属を伝えた。

「信じますかね?」

「・・・・・・まず、信じないだろう。そうなると、次に彼らがやることはこの船の臨検だろう」

 船長は子供がかぶるサイズの帽子を取り、デッキブラシを手にした。

「お前は、船長のふりを頼む。いいな」

「はい、船長も相手に気取られないように」

 そういって、船長は船橋から一旦姿を消した。そして、船長のふりを求められた、五百才の一等航海士は、収納していた大人用の帽子をかぶり、コーンパイプを咥えた。

 数分後、宇宙服のようなスーツを着た数人の水生人間が水中銃を持って入ってきた。

 俺たちも万一に備えて、ライフルを向ける。

「まて、ここで撃ち合わないで」

 そいつは人魚姫にでも出てきそうなくらいにきれいだったが、何か虫唾が走る。誰かに似ていたからだ。誰か、そう、あのクソなお袋にそっくりだ。

「申し訳ないわ。なにぶん、密猟者や船の違法引き上げとかが横行して、そう言った輩に武力行使をおこなっているの」

 俺はその女を殴り殺したい衝動を抑えて、みんなに銃を下げるように手を下げた。

「あなたが、この船の船長さんですか?」

「ああ、見ての通りだ。今回の海洋調査と文化財調査でこの海峡にやってきた」

「・・・・・・しかし、この船何か怪しいわね」

 思わず俺は眉をひそめて「何か気になるのですか?」と質問する。

「いえね、この船海洋調査船にしては妙に大きいし、どちらかと言えば、原油タンカーに見えるわ」

「そうです。この船は建造当初は三百㍍を超える大型タンカーでしたが、スクラップ場で二束三文で買いたたいて、海洋調査船として改造したのです」

 それ自体は嘘をつかず正直に答えた。この船の内部の秘密を隠してのことだが。

「ところで、なぜそのようなスーツを着ているのですか?」

「これか、我々水生人間は長時間陸に上がると、日焼けして命に関わるため、内部に水を入れたスーツで活動している。このおかげで長時間の陸での活動が可能になった」

 なるほど、そういう使い方もあるのかと俺は納得した。しかし、そんなスーツの中に水を入れていれば相当な重量になるだろうと感じてしまう。

「それはそうと、この船の調査の予定表か何かないのかしら」

 俺は口を少しゆがませながら、仲間に資料を持ってくるよう言った。仲間は急いで環境の奥に戻り、十分後にその資料を持ってきた。

「あら、あなたたちは未だにタイプライターをお使いのようね」

「未だに好んでいるアナクロなやつがいてね。勿論、仕様には問題ない」

 そう言って女はその資料を一言一句目を通した。何か、穴がないか、何か問題が無いかその目は真剣そのものだった。

「スケジュールは大体わかったわ。この海峡と海岸、そして沈没した船数隻の調査。そして川沿いの湖を調べると」

 そう言い終えたときに、思い出したかのように何か付け加えが入った。

「何か隠している事は無いわね」

「ええ、隠してはいません」

 彼女は「そうなの」と言って不意に俺に視線を向けた。そして、彼女は俺を見て何やら懐かしい人と再会したかのような、優しい笑みで語りかけた。

「あなた、名前はなんて言うの?」

「俺は、マサルと言います。この船の操縦を任せられている」

「話は変わるけど、この船の舵は木製の舵輪なのね。今時の船はラジコンのスティックか、自動車か飛行機のハンドルのような物だと思うけど」

「なにぶん、この船は古い物でね」

 俺達は不老長寿揃いの肉体だけ若い乗組員ばかりだから、今時の舵にはなれず、改造の際使い慣れた舵輪に変えたのだ。

「申し遅れたわ。私の名はバルロ。ここの海域を納める一族の娘よ。他にも七人くらい姉弟がいるけど」

 そう言ってバルロは俺の腹をさすってきた。そこは俺の急所のような所なのだ。

「な、何するんだ?」

「ごめんなさい、なにぶん陸に嫁いだ妹に似て、すごくきれいだったものだからつい」

 間違いない、その妹とは俺のお袋だ。と言うことはこのバルロと言う女は俺の叔母に当たる水生人間で恐らくそのことには本人の方も気がついているみたいだ。

「奇遇ですね。俺もあんたがろくでなしのお袋に似てて、殴りたくなっていましたね」

 私の嫌みに彼女は笑ってながしてくれたが、水かきにも対応した手袋が震えていた。

「まあ、良いでしょう。ここでの停泊を認めるわ。ただし、調査する際にはくれぐれも気をつけて頂戴。でないと・・・・・・」

 彼女が指さす先には何やら大型の魚類が浮かんでいた。大きさと形からして、古代の魚ディード・シクティスのようだ。

 よく見てみると、その周囲にサメや海生爬虫類が食らいついていた。

「うわ、ピラニアの食事みたいだ」

「違いと言えば、ここが海で巨大で獰猛な肉食生物だというぐらいね」

 バルロはそういうと、仲間たちを連れてき海に潜る準備を始める。

「あ、言い忘れていたけど、遺物の引き上げや海洋生物の生態調査の際には私たちと同伴よ」

 そう言い残してバルロたちは海に飛び込んで、テリトリーの方に泳いでいった。

それと同時にこちらに向けられていた魚雷発射管も俺たちから向きを変えた。

「ふう、なんとか許可が下りたな」

 一等航海士は帽子を脱いで胸をなで下ろしたが、仲間達は口々に不安と不満を出した。

「しかし、監視付きともなるとやりにくいな」

 男性の職員の口に女性の仲間が肯定的に答える。

「でも、悪いことばかりじゃないですよ。逆に彼らに協力関係を結べるのですから」

「それはそうだが、オリオンの残骸を秘密で探さないといけないのだぞ。そんな時に連中が何かに気が付いたらどうする」

 その時、デッキブラシを肩に担いだレクトラが扉を開けて入ってきた。

「あ、船長、お疲れ様です」

「お前たちもご苦労」

 レクトラはデッキブラシをロッカーにしまい帽子を再び被った。

「それで、水生人間たちはなんて言ってきた」

俺たちは、彼らとのいきさつと今後の予定について船長に報告する。

「なるほど、確かに厄介だな。となると、他の沈没船の残骸を調べるのに紛れて、オリオンを探すほかないな」

「やはりそうなりますね」

「でも、その前にここの生物の生態調査をしておかなくてはいけませんよ」

「そうだな、ここは世界でも注目している海生生物の楽園だからな。ドキュメンタリーとしての撮影もしておかないとな」

「それじゃあ、前半はこの海の生物を調べるということで」

 方針が決まった後、俺は調査のための準備に入ろうと船橋から出ようとした

「マサル、少しいいか?」

「なんです船長?」

 船長に呼ばれたため一緒に船橋に出ていった。

「おなか、大丈夫か?」

「腹の具合なら心配ないですよ。壊してもないし、空いてもいない」

「そうじゃない、お前の腹にあるエラのことだ」

 そう言って、船長は俺のシャツをめくってエラを確認した。

俺のエラはお袋譲りでこのおかげで、数時間は息継ぎなしで泳ぐことができる。

「あの、バルロとかいう女に触られたんだろう」

「そのことなら、心配はいりません」

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