1章終了 SS

1章終了 SS ※メタ発言

 このSSには、登場人物のメタ発言などが含まれます。



 どこかの一室にて。


「ふー。やっと一章が終わったわ……! 一年と少しかかっちゃった」


 主人公の藤山葉子ふじやまようこは独り言ちると、テーブルの上に置かれたマグカップに手を伸ばした。中には温かいカフェオレが入っている。それを飲んでいると――。


「葉子さん! お疲れ様ですぅ!」


 部屋に金髪の女性が入って来るなり、背後から葉子を抱きしめてきた。豊かな胸が、彼女の背中に押し付けられる。


「フ、フローラちゃん! ちょっと、近いって!」

「うふ! 今から葉子さんの匂いを堪能しますぅ!」


 フローラは葉子の頭に顔をこすりつけると、甘えたような声を出した。ところが。


「……何か、害虫の気配がします」


 淀んだ目が部屋のドアの向こう側を睨んだ。金髪の女はどこからかハーブ入りの殺虫剤を取り出すと、ドアを開けて噴射した。


「げほっごほ! 急に何⁉」


 誰かが咳き込んでいるようだ。葉子が、「ちょっと⁉ フローラちゃん、やめて!」と声を上げた。


「葉子さん……。私はただ、虫退治をしただけですぅ」


 紫髪の男が顔をしかめながら部屋に入って来た。フローラを睨むと思いっきり舌打ちする。


「ふええ……! 葉子さん、何か来ましたぁ。私、あの暴漢が怖いです……!」


 瞳を潤ませながら、フローラは葉子に抱き付いた。彼女は露骨に紫髪の男に嫌悪感を示している。

 エーデルは目を閉じると、金髪の女の存在を頭の中から追いやった。


「葉子ちゃん! 一章お疲れ様……!」


 彼は葉子に微笑むと、手に持っている紙袋から、ラッピングされた袋を取り出した。

 

「今日は、貴女のためにクッキーを焼いたの。食べて!」

「わあ! ありがとう、エーデルさん! 丁度お腹が空いてたのよ」


 葉子が喜んで受け取ろうとすると、隣にいたフローラが勢いよく袋をはたいた。彼女がそれを踏みつけると、クッキーは粉々になってしまった。


「葉子さん! 不審者の料理なんて、何が入っているかわかりませんよ? この男はとかとか、口では言えないような物を色々入れてますよ! きっと」


 冷ややかな声で葉子に言った。続いて、


「不審者、これは餌付けですか? そんなことで葉子さんの心が掴めるとでも? 浅はかですね。そこまでこの人が食い意地張っていると思っているの? 馬っ鹿じゃないの?」


 いきなりフローラに罵られるわ、葉子に渡すはずのクッキーは駄目になるわで、エーデルは呆然としてしまった。

 しばらく床に散らばったクッキーの残骸を見つめていたが、彼はやがて頭を抱える。


「私はそんな物入れない……! 葉子ちゃんに、私の作った物を美味しそうに食べてもらえるのなら、それだけでよかったのに……」


 エーデルは俯きながら焼き菓子の残骸が入った袋を拾う。とぼとぼと、部屋から出て行ってしまった。


「見ました? 大の男が泣いていますぅ! 情けないですね。そう思いませんか? 葉子さん」


 金髪の女は彼女に同意を求めた。しかし。

 葉子はわなわなと肩を震わせると、相手を睨んだ。


「フローラちゃん! 何てことするのよ」


 葉子は怒りをにじませている。金髪の女は目を白黒させると、「よ、葉子さん?」と一歩下がった。


「食べ物がもったいないじゃない! エーデルさんがせっかく作ってくれたのに! あのクッキー、絶対おいしい気がする」


 彼女はカフェオレを飲み干すと叫んだ。


「甘いものが欲しい! 無性にあんぱんが食べたい! 私、買いに行ってくる!」


 そう言うと、葉子はドアノブに手をかけた。


「あ、あんぱんですか? ええと……私が買ってきます! 葉子さんはここで“のんびり”していてください!」


 葉子の返事を待たずに、フローラは部屋から出て行った。

 一方その頃。隣の部屋では、金髪の少女が白い子犬を抱いてソファーに座っている。


「僕と姉さんは同じ空間にいない方がいいですね。スズラン。これが終わるまで、大人しくしていましょう」

「もわ~ん?」


 これとはつまり、このSSのことだ。

 エルピスはスズランを膝に乗せると、うつらうつらし始めた。

 数分後。部屋に紫髪の男が入って来るなり床に座り込んだ。彼は紙袋から残骸の入った袋を手に取り開けると、一気に口の中に掻き込んだ。


「どうしたのですか、エーデルさん! ずいぶん大胆に食べていますが……。それって昨日作っていたクッキーですよね?」


 クッキーの残骸を噛み砕いて飲み込むと、エーデルは一息ついた。


「そうよ、エルちゃん。葉子ちゃんに手作りをあげようとしたら、アーテーに邪魔されたの……」


 エルピスは困り顔になった。


「姉がすみません……」

「まあ……大丈夫。袋越しに踏まれただけで、中身は外に出ていないから」


 彼は眉間にしわを寄せると立ち上がり、袋をゴミ箱に捨てた。


「おまけにあの女、クッキーに私のを入れていると言い出すのよ。そんな物を入れて、葉子ちゃんが嫌がるのはちょっとねぇ……」

「確か、人間界の文化にあるあれですか? バレンタインデーでしたっけ」

「そう! 手作りのチョコレートに、自身のピーとかピーを入れる人間もいるらしいじゃない。そういえば……ちゃんと音、被さってる? 私、卑猥なこと言ったから」

「エーデルさん、効果音間に合っていますよ」

「仕事が早いわね! 流石エルピス」


 金髪の少女が持っている端末から、自主規制音が鳴っている。

 彼は目元の涙を拭うと腕を組んだ。クッキーを葉子に食べてもらえなくて落ち込んでいたのだ。


「エーデルさん。まだチャンスはありますよ。落ち込まないでください」

「うん……」

「スズランを抱っこしていれば、心も癒されますよ」

「そうねぇ……」


 紫色の眼が真っ白い毛玉を見やった。スズランはグレートピレニーズの子犬で女の子だ。


「くーん」


 しかし毛玉は不安げにエーデルを見上げた。骨ばった手がスズランを抱こうとするが、あちらこちらに逃げ回る。


「この子……。何だか嫌がっているようだけれど。私、何もしてないよね?」

「おそらく遊んで欲しいだけでは? ほら、スズラン」

「もわ~ん」


 つぶらな瞳が、彼を見つめている。


「んふ、スズラ~ン。こっちにいらっしゃい」


 彼は口元に笑みを浮かべると、子犬の遊び相手をし始めた。

 エルピスはソファーに座ってその様子を眺めていたが、やがてうつらうつらと眠り始めた。

 

 またまた一方その頃。

 隣の部屋では、葉子が驚いていた。あんぱんがいくつも皿の上に置かれているのだ。彼女は目を輝かせた。


「あんぱん! 十五個も⁉」

「ぜえ……はあ。は、走り回って買ってきたのです……。葉子さん、これで機嫌を直してください! 中身はこしあん、つぶあん、コーヒーあんです!」

「フローラちゃん、ありがとね! でも、汗すごいけど大丈夫? 水飲む?」

「葉子さんが心配してくれていますぅ! 不審者もいないし、あなたと私の二人っきりですね……!」


 葉子はおいしそうにあんぱんを頬張り始めていた。フローラは微笑むと、彼女の隣に座った。

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