6 無一文
フローラが出て行ってから、数十分ほど経っただろうか。
次に窓の方へ走った。玄関から無理なら、窓を開けて外に出る腹積もりだった。だが、扉同様にここも開きそうにない。その様子を眺めていたスズランは、椅子から降りると葉子の足元まで歩いてきた。
(もしかしてフローラちゃん……、私がここから出られないようにした?)
いや、そんなまさか。葉子はその考えを打ち消すように首を横に振る。
(そういえば……)
今、何時なのか気になった。彼女は家の中を歩き回って時計を探したが、それらしき物は見当たらなかった。
次に窓付近へ行くと、ぼんやり外を眺め始めた。空は綺麗な夕焼けだ。しかし、一人と一匹が閉じ込められている家の中は、不気味なほど赤味を帯びていた。
どうすれば外に出られるのか……。
そう考えているときに足元から、「ぐおおお」と音が鳴った。どうやら、スズランのお腹の音のようだ。
葉子は半ば困ったように笑うと子犬を抱き上げた。犬を飼うと言ったものの、まだ必要な物を何も用意していなかったのだ。
「無計画すぎたわね。あなたのご飯、どうしよっか……」
ぐうう。今度は葉子のお腹が鳴った。そういえば、お昼を食べていない。
彼女はスズランを抱っこしながらキッチンへ行くと、ご飯になりそうな物を探し始めた。残念ながら、パンの一つも無いようだ。
「嘘……」
次々とそこらへんの棚の中を開けるが、食料の一つも無かった。今度は水が入っている樽らしき物を見つけたが、中身は空っぽだ。
「水もない」
はあ……とため息を吐く。葉子が落胆しているのを見ていたスズランも、つぶらな瞳を潤ませた。どうやらここには、食べ物も水も無い。
だとすると、フローラは朝ご飯をどうやって用意したのだろう。そんなことを考えていると、今度は家全体が揺れ始めた。
葉子は地震が来たのだと身構えた。慌ててスズランと一緒にテーブルの下へ避難する。目をつぶって揺れが収まるまで待った。
数分後。ようやく静かになったので、葉子はおずおずテーブルの下から這い出た。スズランは今の地震が怖かったのか、葉子にくっついている。
何ということだろう! 今度は家そのものがなくなってしまった!
「嘘でしょっ……!?」
フローラが用意してくれた家が、ここへ来て一日も経たないうちに失ってしまったのだ。
葉子は途方に暮れるしかなく、空を見上げた。沈みゆく太陽を眺めていると物寂しくなってきた。
くしゅん、とスズランがくしゃみした。彼女は慌てて、何か使えそうな布はないかと辺りを探す。かろうじて毛布が、ベッドだった物の下敷きになっていた。それを引っ張り出すとはたいた。
「これしかなくてごめんね……」
毛布をくるんであげると、スズランは悲しそうに、「くーん」と鳴いた。葉子は、今の状況に涙が出そうだったが、ぐっとこらえた。
今の出来事は一体何だったのか。フローラはどこへ行ったのか。彼女は水を汲むと言ったまま、まだ帰ってくる様子もない。
辺りはもうじき暗闇になりかけているが、ここにいても埒が明かない。葉子はスズランを抱き上げると、とりあえず小川の方へと歩き始めた。
「私は一人じゃない」
スズランもいるのだ。葉子は今ここで、へこたれるわけにはいかない。
だが、先ほどよりお腹は空いている。感覚的に体力も半分を切っていた。
彼女は歩きながらぼんやりと考えていた。動物に囲まれてのんびりしたいと思っていたものの、今そんな余裕はなかった。
(そもそも。ここで生活していくお金すらまだ持ってない)
今の葉子は無一文なのだ。職もなければ、さっきまで存在していた住居もなくなった。
彼女は、小川までとぼとぼ歩いた。遠くで水のせせらぎが聞こえる。
「水でも飲めば、少しは膨れるわ……」
小川に着くと、葉子は子犬を地面に下ろし両手で水を掬って飲み始めた。スズランは毛布にくるまれながら、眠たそうな顔で彼女を見つめている。
葉子は、その動作を繰り返しながら水を飲んだ。
「おいしいですか?」
彼女はようやく一息つくと頷いた。
「結構ひんやりしてるし、水が柔らかいのよね。味もまろやかだし……うん、飲みやすくておいしいわ」
「それは良かった。そうそう、その子は木の実が好きなんです。これをあげてください」
すると葉子の隣に木の実が入った巾着袋と、紙袋に入ったパンが置かれた。
「ありがとう。……って、あれ?」
そういえば、自分はさっきから誰と話しているのだろう?
頭に疑問符を浮かべていると後ろから、「わふっ」と嬉しそうな鳴き声がするので、葉子は振り向いた。
そこにはあのときの少年が、スズランに木の実をあげていた。
「あなたは、スズランをくれた……」
少年はスズランに木の実を与えると、被っていた帽子を外し、ぺこりと葉子に頭を下げた。
「少々、あなたたちが気になったもので。どうぞ、そのパンを食べてください」
「え? いいの?」
「さっき街のパン屋で買ったんです。安心してください」
この状況を不思議に思いながら、葉子はパンをほおばった。
今食べているものは、丸くて中にクリームが入っている。とてもおいしい。紙袋の中には、二個のパンが入っていた。
「ありがとね……」
葉子は少年に礼を言うと、紙袋に入っていた分をすべて平らげた。
少年はスズランを撫でていたが、葉子を見つめると名乗った。
「僕の名はエルピス。その……あなたと一緒にいたフローラなんですが、彼女は僕の姉なんです。姉が、あなたに何かとご迷惑おかけしていたら……」
葉子は驚いた拍子に、思わず後ろへひっくり返っていた。
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