2 新天地へ

 藤山葉子ふじやまようこは女神の後ろを歩いていた。

 周りの景色は暗かったが、遠くの方では星のようなものがキラキラと輝いている。

 

(これから私は、新天地で生きていくんだ)

 

 希望と若干の不安を胸に抱きながら、そう考えていると――。


「さあ葉子さん。こちらに座ってください」


 それは機械のような物だった。葉子は彼女に言われそこに座る。すると目の前に様々な映像が現れ始めた。


「すごい……! 何これ」

「これから生活していく場所を選んでもらいます。好きなものを選んでください。あなたが望めば、貴族でも王族でもなれます」

「一般人でいいです」

「それでは女神の加護は必要ですが?」

「今のところはいらない」

「はい、必要……っと」

「……」

「それでは飼いたいペットを選んでください」


 葉子の目の前に現れた画面には、様々な生物が表示されている。


「えーと……。ドラゴン、フェンリル、ホワイトタイガー。あと……女神? え?」


 葉子は、目の前にいる女神を見た。

 彼女は照れたようにこちらを見ている。「私を使役してください」と言わんばかりだ……。


「却下」

「ガーン!」

「私は犬とかフクロウとか、そういう動物がいいの」

「ドラゴンも可愛いですよぉ!」

「犬とかフクロウはだめ……? ドラゴンもいいけど、私には似合わないというか……」

「ぐふっ! 上目遣いで見つめる葉子さん……! 犬をもふもふする葉子さん! だめぇ美味しい……」

「大丈夫かしら、この女神」


 次に住む場所だが、葉子は街中にある立派な家ではなく、森の近くにある小さな家に決めた。

 葉子は昔から草花が好きだった。だから、緑豊かなこの場所で生きていくことにしたのだ。


「私、ここにするわ。かわいい犬と一緒に暮らしながら、ハーブとか色んな花を育てるの!」

「とても素敵です! ここは魔物も現れないので安心してくださいね」


 女神は画面を操作し消すと、にこりと微笑んだ。葉子もつられて笑顔になった。


「このまま道なりに進めば、その場所に着きますよー」

「よーし! ここまでありがとう、女神様!」

 

 葉子は出口へ向かおうとする。すると後ろから、湿り気に満ちた女神の言葉が聞こえてきた。


「……これからは私が、あなたの外敵を排除しますからね」

「おっかない女神ね、あなたって……」


 苦笑いを浮かべると、そのまま道を進む。

 しばらくすると、背後からもう一人の足音が聞こえてきた。


「まさか……。あなた、私に付いてくる気?」

「そうですよー」

「女神でしょ!? 何か……そういう場所にいるんじゃないの? 仕事とか忙しいんじゃないの?」

「そうでもないんですー」

「暇なの?」

「私は暇じゃありません。することがたくさんありますよ。まず葉子さんの観察でしょ? 葉子さんの研究に葉子さんの日々をまとめたり……」

「もういいわ……」

「ふふふ」


 すると女神が、後ろから葉子に抱きついた。背中に豊かな胸を押し付けると、彼女の耳元で囁いた。


「これからは私が、ずっと、ずぅぅぅっとあなたを養ってあげますからね……」

「それは困るわ」


 葉子が即答すると、女神がフリーズした。

 まるで、壊れかけのロボットのようにぎこちない動きをしながら、微笑んだまま問うてきた。


「……どうしてです。今までのように毎日夜遅くまで仕事をしなくてもいいのですよ? 寝不足になることもありません。私が身の回りのことを全てさせていただきます。お身体も洗います。頭から足の爪先まで。家事も全てお任せください。葉子さんはただ私のそばにいて、“のんびり”していればいいのです」


 それは笑顔だったが、怒っているのは明確だった。葉子はため息をつくと反論した。 


「確かにのんびりしたいと言ったわ! けれど何でもあなたに甘えていたら、私がどんどんダメになっていく気がするのよ」

「いいじゃありませんかぁ! あなたはこれまで頑張って生きてきたのです。これからはたぁくさん私に甘えてください。……ねえ?」


 女神はその指先で、優しく優しく葉子の頬を撫でている。ぽつりと、「可哀そうに。肌まで荒れて……」と呟いた。


「私はもう子供じゃないのよ。この異世界でもちゃんと生活できるようにならないと……!」

「ぐずぐずになるまで愛してあげるのに……。私を受け入れてくれないんですね……」


 女神は葉子から離れると、宙に浮きながらぶつぶつ独り言を言い始めた。

 お互い、しばらくの間無言だった。ふと、葉子は口を開いた。


「そういえば」

「……何ですか」

「あなたの名前、まだ聞いてない。良ければ教えて欲しいよ」


 女神は無表情で視線も定まっていない様子だったが、葉子のそばに下りたときにはいつもの笑顔に戻っていた。


「…………。申し遅れました。私のことはフローラとお呼びください」


 女神はフローラと名乗り、深々とお辞儀した。

 だが、彼女が名前を名乗るまで、一瞬の間があったことを葉子は見逃さなかった。


(フローラって確か花って意味だったっけ? だけど、名乗るのにそんなに時間がかかるものかしら。もしかして、何かそうせざるを得ない理由があったり、本当の名前は別にあるとか……)


「えーと、それじゃあフローラ様。今後ともよろしくね」

「なぜ……様付けなのですか!? うぅ、ひっく……」

「そ、そんな泣くほどのことなの? だってあなたは女神様で私は一般人よ。神様には敬称を付けなきゃ失礼でしょ?」

「駄目……っ。私はあなたにフローラと呼ばれたいのです!」

「じゃあフローラさん!」

「ああんっ。まだ距離があります! どうぞ、フローラとお呼びください」

「注文の多い女神ね……。それじゃあ、フローラちゃん」

「……」

「ちゃん付けもだめなの? 私、フローラちゃんってかわいいと思うんだけどなぁ」

「ふへっ……!?」


 そのとき女神に電撃が走った。

『フローラちゃん』と葉子の唇が一文字ずつ発音している。フローラちゃん。フローラちゃんフローラちゃん……。


 女神の中で、何度もその言葉が反芻される。次第にその言葉で心がぬくもり、またとてつもない恍惚を覚えた。


「……ああっ、とても……気持ちが良いです。身体が火照ってしまいます。ふう……」

「あ、あのぅ……大丈夫?」

「はーい! 私は大丈夫です!」

「じゃあ、よろしくね。フローラちゃん」

「はいっ! こちらこそよろしくお願いしますね。これからはその名前、たぁくさん呼んで私を可愛がってくださいね? うふふっ」


 しばらく歩いていて葉子は立ち止まった。後ろから、「どうしたんですか?」と聞こえる。


「私も着替えなきゃいけないけど、あなたのその恰好どうにかならない……?」

「確かにそうですねぇ……。少々お待ちください」


 フローラがそう言うと、ふわりと光に包まれた。葉子は眩しくて目をつむった。

 次に目を開けたときには、メイドに近い恰好をしたフローラの姿があった。


「それでは、あなたの使用人という設定でいきますね?」


 年の頃は二十歳前後だろうか。サラサラの長い髪の毛は三つ編みにハーフアップされている。服を着ていてもわかるくらい今にもはちきれそうな胸……。フリルのついたエプロンにロングスカート。スリット部分からは色白の足が覗いている。

 葉子は思わず叫んだ。


「けしからん……! ガーターにニーソ! かわいい!」

「あら」

「あ、ごめん……! 学生の頃からメイド服に憧れてたのよ。ほら、クラシカルな方……」

「それなら今度着てみます? あなたなら絶対似合いますよ」


 フローラが、葉子の上半身に胸を押し付けてきた。彼女は顔が赤くなるのを感じていた。鼓動が早くなる。


(女同士なのに、どうしてこんなにドキドキするのかしら……)


 すると、フローラのシャツのボタンが一つ飛んでいった。葉子は唖然とした。シャツの中から胸が見えているのだ。彼女が不思議そうに小首を傾げる。

 葉子は、思わずシャツのボタンに手を伸ばしていた。


「あらあら。葉子さんったら、ずいぶん積極的ですねぇ……。ふふ、見るだけではなく、好きなだけ触ってくれてもいいのですよ?」


 葉子が無言で、フローラのシャツのボタンをプチプチと外していくと、豊満なバストが現れた。次にロングスカートを捲っていくと、彼女の下半身が露わになった。


(ブラを付けてない!? おまけにこの子、何も穿いてない!!)


「だって必要ないですし」


 葉子の心の叫びが漏れていたらしい。


「この服……私好みなのですが、胸がきついんですよぉ。ボタンがすぐ飛んじゃうんです。裸だと過ごしやすいのですが……駄目?」

「だめです! 年頃の女の子がそんな恰好。お腹も冷やしちゃだめ!」

「葉子さん。この肉体は若い娘と同じですが、私の実年齢はもっと上です。人間ではないので生理もないし、破壊されてもそのうち再生します。なぁんにも心配しなくて大丈夫ですよ」

「はあ。私がこの子を守らなきゃ……」

「逆です。あなたは私に守られていれば良いのです」

「……。せめて下着を穿いてちょうだい。あなたは、女の子なんだから」

「あなたが言うならそうします。その代わり、私に似合う下着を選んでくださいね? 楽しみにしています」

「わかった。明日街の店に行ってみよう。案内お願いね」

「はいっ。任せてください!」


 そうして二人は、新しい住居に辿り着いた。


「空気がおいしい」


 青空と緑の景色に癒されながら、葉子が伸びをしていると、再びフローラに抱きつかれた。 


「葉子さん葉子さんっ。好きです! 結婚しましょう!」

「はいはい。でも私たち女同士だけど……」

「性別や種族を超えた愛は尊いと思いませんか? それに私は、両刀なので何も問題ありません!」


 そう言ってフローラは、葉子の頬に優しくキスをした。

 

「ああそう……? 私はできれば異性がいいな……」

「何か言いました?」

「……よーし、明日はあなたの下着買いに行って、かわいいわんちゃん探しに行くわよ!」

「はい!」

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