第9話 北畠具教と明智光秀

 多氣の城で具教が道三敗れるの報を聞いたのは戦が長良川の戦いが終了して3日後のことであた。

軍議を行う広間では、鳥谷尾を始め、主立った家臣が集まっていた。その中には、美濃にて情報活動を行っていた大川助九郎、伊賀屋も列席していた。

「そうか、道三が死んだか。」

具教は時代の移り変わりを感じずにいられなかった。そして織田信長の行方が気になった。

「信長は無事逃げおおせたのか?」

「信長殿はなんとか逃げ帰り、尾張にて無事帰還との知らせでございます。」

鳥谷尾は配下の者からの情報を伝えた。特に美濃からの軍勢が迫っている様子もなく、美濃と尾張の争いはないとの見通しを語った。

 次に伊賀屋が、追加情報として六角の動きなどを捕捉した。

「六角義賢が美濃の国境に二百ほど兵を伏せております。おそらくは万が一の為と思われまするが、それにしては兵が少ないのが気になります。妙なことに、六角と織田信長が密約を結び、美濃を牽制しているのではないかとの噂も流れております。」

そしていぶかしげに鳥谷尾が後を続けた。

「美濃と近江は長年争い、それなりの力も持った同士でありました故、兵を置くのもわかりますが、尾張などごく小さな国で、六角とは格が違います。それが、本当に密約などあるのかどうか。」

確かに、鳥谷尾の言うとおりであった。

「それだけ信長が大きくなったということであろうよ。」

 具教はさほど驚かなかった。近江と密約があったかどうかが問題ではなく、美濃での敗戦の中でも逃げおおせた実力は配下も含めてそれなりの実力がある者が集まっているという証であった。そして、この負け戦を糧に、今後どう出ていくか、具教はその先を見据えていた。

「六角との国境、どう致しましょうか。」

長野藤定の後を継いだ長野具藤は、北畠からの養子で、家臣としてここに列席をしていた。

「今は美濃が安定するまでこちらに手を出す余裕はあるまい。いつもの通りので良いのではないか。」

具藤はほっとしたように具教の言葉を聞いた。

「さて、鳥谷尾、信長と会う算段はどうなっておる?」

しびれを切らしたように具教はいった。

待ってましたとばかり、大川助九郎が身を乗り出すのを「控えろ」と目で制し、鳥谷尾が続けた。

「それについては、大川助九郎なる我が配下が面白いことを聞きつけ、段取りをしております。」

「大川助九郎にございまする。」

 大きな体格をした助九郎がすっと前に出た。

「実は美濃にて、道三の家臣であった明智光秀なる人物と巡り会いました。道三の死後、朝倉を頼ると申しておりましたが、この男、土岐の流れをくむ血筋と申し、宮中にもお目通りにかかったことがあるようです。そして、濃姫、美濃では帰蝶と申しておりました信長の嫁とも遠い血筋。信長と会える手立てがないかと、そのものに会ってじっくり話してみようと、支度しております。

 これは妙案かもしれぬ。具教は思った。信長と連携すれば、六角とも対等に渡り合える。都にも通じているとなれば、幕府立て直しも可能ではなかろう。具教は自分の中で描く幕府改革の道筋が見えたような気がした。

「いつ会うのだ?」

「十日後に、美濃の常在寺にて。ここは道三の菩提寺でありまする。」

「よし、わしも行く。案内をせい。」

大川助九郎は具教の言葉に頬を赤らめていた。鳥谷尾が

「では、伴を付けましょう。」

というのを具教は断り、助九郎とふたりの忍びだと答えた。これには一同、慌ててしまい、なんとかひとりだけ、剣術ができるもの選んで三人で旅をすることとなったのである。


十日後、佐々木四郎左衛門という、これも剣術に長けた家臣と、浪人姿の具教、大川助九郎が常在寺にいた。

「このように御所様と旅ができるなど、夢のようでござる。のう、佐々木どの。」

大きな声で笑ったのは助九郎であった。

「ところで、寺では御所様でもありますまい。なんとお呼びすれば?」

そのままの勢いで助九郎は具教に問うた。

「北村智三郎、”ともさん”でよいか。佐々木は四郎右衛門でよい。」

「わかりもうした。」

 佐々木と大川は顔を合わせて照れ笑いをした。


 常在寺の和尚には前もって身分を明かしておいた。道三ゆかりの寺ではあるが、土岐の名前同様、北畠の名前も尊敬される名前であるようで、すんなりと通された。

 寺の中庭はだれか有名な庭師のワザか、枯山水がきれいに再現されている。これが浄土ということなのか。具教は父晴具の創った庭園と比べて色使いのなさにかえって感じ入っていた。

 その中庭の奥の間に、明智光秀は座っていた。都に通じているとは思えないほど質素な服装の浪人姿であった。痩せて色白には見えたが、目の輝きは一際目についた。

「北畠具教にござる。」

先に具教が挨拶した。

「明智光秀にございまする。中納言様には都で一度お見かけしたことがございます。」

キリッとした、それでいて優しい声の持ち主だったと感想を述べた。

【明智光秀、良い人物にめぐりあった。これは十分大きな仕事ができるやもしれぬ】

具教はそう直感し、光秀を上座に座らせ、自らは下座に席を持った。伴のふたりはこの光景にあっけにとられていた。



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