第10話 北畠具教の野望

  

 ここは世の中の騒がしい雰囲気とは別世界の静寂が流れていた。そよそよと庭から入る風さえも十分に感じ取れる。

 「それにしても、中納言様がそのお召し物とは驚きました。」

柔やかに光秀は具教を眺めた。

「いやいや、忍びの旅にござってな。この衣装も、ここにおる大川助九郎が古着屋で仕入れてきた。少々くたびれておるが、なかなかであろう。」

具教は笑って答えた。具教にとってはは久しぶりに、心から笑える楽しい旅でもあった。

「今は北村智三郎と名乗っておる。明智殿もそのように心得ていただきたい。」

「そう、”ともさん”と呼んでおるのじゃ。」

具教の言葉に助九郎が大きな、おどけた声で続けた。それに皆、どっと笑った。まさに助九郎は重苦しい話をするときには役に立つ者だ、具教は連れてきて良かったと思った。

 「さて、明智殿、道三殿は気の毒であったが、今はどうされておる。」

その質問に光秀は、敗戦の後、領地を失い、新しい主を求めていくつかの領主を訪ねたが、今は朝倉孝景の領内にて住まわせてもらっていることを淡々と語った。

「信長には会ったことがあるのか。どのような者か知りたいのだが。」

具教は本題に入った。

少しの間をおいて、明智が話し始めた。

「信長殿と道三殿がお会いになった席に何度か同席しております。気性が激しいところは道三殿譲りと申しましょうか、よく似ておられました。こうと思えば一気に前に進むような勢いを感じてございます。」

ここまでは想像通りだった。だからこそ、道三は信長に将来を託すほどの信頼感を持っていたのであろう。

「ただ、信長殿はそれ以外の部分でも、他の守護や豪族達とは違い、桁違いの好奇心を持ってございました。」

「ほう。」

これからどのような話が聞けるのか、北畠一党の三人は、思わず身体を乗り出して次の話に聞き入った。

「私がここに通うようになったきっかけは、種子島、つまり鉄砲をここで見たからでございます。」

「ここで?」

具教は不思議であった。人を殺す道具である鉄砲がここで手に入る?

「以前、この寺でポルトガルの商人が宿泊したことがありまして。それが縁で鉄砲が手に入りました。最初はこれでシカやイノシシが獲れると、多くの農民が集まるようになり、鍛冶の者ども興味を持って見に来るようになりました。」

「今、みられるのか?」

具教は話には聞いていたが、まだ現物を見たことがなかった。

「いえ、今はここにはありませぬ。堺の鍛冶連中が自分でも作れるのではと、領国に持ち帰り、真似をしているところにありましょう。」

鉄砲が、すでに日本国で作れる日も近いのか?それほどまでに進んでいたのか。具教は驚いた。

「それで、信長との関係は?」

佐々木が話を本題に戻せとせかした。

「信長殿はその話を聞きつけると、私に案内をさせ、鉄砲の試し打ちをさせましてございます。その後すぐ、堺の職人に会ってこの錬金術の費用をいくらか渡し、帰らせたのです。」

「これほど信長の行動は早いのか。」

具教はうなった。その頃、鉄砲が戦に使われるようになると、戦が全く異なる様相になると考える武将は多かった。具教もそのひとりである。しかし、まだ舶来品で、高価であり、誰もが購入できる物ではなかった。それを日本国でできてしまえば、値段は下がり、少し財のある武将であれば大量に購入できる。そこまで信長が考えていたのか。具教は、そう思うと今から興奮の鼓動を感じずにはいられなかった。

日光はちょうど庭の中程まで影が伸びるように当たっていた。すでに四時間、ふた時が経過していた。

 住職がお茶を持ってきた。この頃は入れたての抹茶である。別室にて点てたお茶を小坊主がそれぞれの前に運んできた。

「どうぞ、お茶をいただいてください。」

住職はそれだけを言い残し、小坊主とともに退出した。

「お茶の作法は知らないのですが、よろしいのか?」

助九郎が戸惑っていた。

「助九郎、ここは誰もおらぬ。そのようなことは気にせずとも良い。」

安心した助九郎は茶碗のお茶をすすり、むせくんだ。その仕草にまた、皆が笑った。

「さて、明智殿。私は幕府を立て直そうと思うておる。それも今の足利将軍ではなく、新しい将軍の下でだ。」

「なんと仰せられる」

明智光秀は驚いた。

「しかし、そのようなことができるでしょうか?」

光秀の声に落ち着いて具教は口を開く。

「やらねばならないのだ。この戦の世を終わらせるために。そのために、貴殿や信長の力を借りたいのだ。」



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