059: 役者 -- 砂漠にて

 マサの刀は熱に溶けだすようにその刃を溢した。そのなめらかな鋼は玉となって空に浮き、数珠のように連なってマサの周りを飛び回る。

 魔道具の一種、宝珠。それは変形するとはいっても変貌武器とは違い、その形が定まっていないだけのように見えた。


「僕のスキル<夢幻泡影むげんほうよう>は、八つのステータスのうち最も高い数値を上限とし、自由にステータスに割り振ることができるというもの。つまり変化後のステータスの合計値は、本来のものよりどうしても低くなるんです」


 マサは見せつけるように数珠を操った。説明を終わらせるまで攻撃に転じることはなく、それが彼を役者のように思わせた。


「どれぐらいの威力があるんだ、あれ」

「俺らのPOWなら、一撃でHP半分は持ってかれると思うで」

「それは……困るな」


 センリとカナギはひそひそと言葉を交わした。その会話を聞いたクーシーが、血の流れる腕を構えて言う。


「私のスキルで多少は抑えられると思います。3回は耐えるでしょう」

「それでも3回か。まあ、気合いで避けるしかないな」


 戦い慣れしたカナギらしい開き直りだった。その覚悟がこもった一声をきっかけに、炎と刃が火花を散らす、苛烈な戦闘が幕を開けた。

 カナギとセンリは火の玉を避けながら、その無限の刃渡の刀と空を駆ける風龍の力でマサに迫る。

 しかしマサの身体は数珠とともに自在に遊泳し、その動きを読むのが困難なばかりか、熱を帯びた宝玉に阻まれることもしばしばだった。


「くそっ。どんだけMPがあるんだ」

「INTの高さは消費するMPの量にも関わってきますから、かなりの耐久戦になるかもしれません。ただ……」


 カナギの焦りが滲んだ言葉に、クーシーが静かに返した。しかしその瞳は珍しく沈んでいる。


「魔法の使いすぎはMPの枯渇を招くだけじゃないんです。POWの数値が低ければ、かなりの頭痛がするはず……。あのマサという人、大丈夫なんでしょうか」


 彼女の言葉にセンリははっとした。

 POW—魔法攻撃に対するダメージ計算式で用いられるパラメータで、精神力と解釈されることが多い。

 八つのパラメータの中で最も使う頻度の少ないPOWが、死にパラメータとならないように設けられたシステム。それが、魔法を使用する際のデメリットとその緩和だ。

 INTだけ特化する狐のビーストが長期戦闘に向かないのは、POWの伸びが悪い割に魔法を連発しやすく、そのデメリットが大きくのしかかるからなのだ。


「<火柱>!」

『<Stern widerstand星の抗い>』


 不意に砂地から炎の柱が吹き上がった。その中へ足を踏み入れそうになったセンリは、間一髪飛び退いて回避する。

 避け切れなかったカナギは、クーシーの血文字が間に合ったらしく、HPが半分を下回ることはなかった。

 しかし体勢を崩してしまい、そこにマサが接近する。


「くっ! “力を貸せ! クラミツハ!”」


 妖刀の力を使いなんとか危機を脱したカナギに、マサは嬉しそうに語りかけた。


「僕と君は同じなんです。仕組まれた命同士、こうして命を削り合っている……素晴らしい悲哀ですね」

「何の話かさっぱりだ!」


 炎と刀が競り合い、カナギの肌を焦がした。


『<Stern heilung星の癒し>』

「すみません。もう体力が……」


 最後の血文字を書き終えたクーシーは、頭を振って筆を下ろした。その身体は透けていき、空中へ溶けていく。


「ありがとな。カーマにもよろしく言っといてくれ」

「分かりました。では、ご武運を」


 味方の数が一人減ったが、センリはさほど悲観していなかった。

 まだ戦場には、あの二人がいる。

 勝機は消えてない。その希望を胸に、センリは飛び出した。

 風よりも鋭く突き出した刀を、マサはなんなく避けて言った。


「そういえば、センリくんも僕たちと同じといえるんですね。偶発的であることを除けば」

「……言いたいことがあるんなら、はっきり言うてくださいよ」


 二人から刀を差し向けられながら、マサは不敵に笑った。


「僕たち三人は、才能しか認められない人生だった……そうでしょう?」


 あんなにも熱を持っていた空気が、一気に冷え込んだような気がした。


「僕は、優れた俳優になるように生まれさせられたんです。美貌、魅力的な声、如何なるときも仮面をつけ、本当の自分を見せずに生きる精神……」


 なぜこんなに寒々としているのだろう。こんなにも炎は燃え盛っているというのに。


「僕は生まれながらにそれを備えていた。そして生まれながらに、そうなるように仕向けられていた。そう……母の代わりになるために」


 初めて見る表情だ。穏やかな笑顔で、悲痛を嘆いて、己の運命に憤っている。


「ああ、頭が痛い……。あ、炎の中にいるから、頭痛がするのは当たり前ですよね。あはは」


 違う。その目は今を見ていない。

 目の前にいるのは、今のマサじゃない。

 センリは後ずさった。カナギも呆然として、火を振り撒いては笑うマサを見つめている。

 ごうごうという音。風と炎が混じって散った。

 その間を縫うように、場違いに明るい声が響く。


「とんでもなく燃えてるわね! いっちょ消火といきますか!」

「おい、俺を消防車にするな!」


 砂漠の向こうから現れたのは、白熊のような頭を覗かせたゴーズィと、その上に乗るスピネラだった。

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