058: 本性 -- 森と砂漠にて

―――――


 目の前で竜の首がちぎれた。その頭部は、牙に捕らえたゴーズィもろとも森へ落ちていく。

 スピネラは慌てて急降下し、ゴーズィの姿を探した。

竜が死んだせいか血の波は徐々に引いていき、森は元の穏やかな風景を見せていた。

 その木漏れ日の中にもごもごと動く鎧の塊のようなものを発見し、スピネラは大きく叫んだ。


「ゴーズィ!」

「……大丈夫だ、問題ない」


 そう言いながら立ち上がったゴーズィは、あちこちが破損した鎧をポンと叩き、平気をアピールした。

 穴の開いた兜からは赤っぽい褐色の肌に雪のような白髪、そして可愛らしく動く熊の耳が見える。

 スピネラは安堵の息を吐き、呆れたように返した。


「それ、『神は言っている。ここで死ぬ運命ではないと――』ってやつでしょ」

「おお、知っているのか。生まれる前の作品だろ?」

「あったりまえよ! 私は誇り高きネット民だもの。カナギぐらいの年になると、流石に通じないだろうけどね」


 そんな雑談を交わし、緊張がゆるむ。

 しかし突然、木陰の中から赤い奔流がほとばしった。


「危ない!」


 ゴーズィが叫んでスピネラの前に立ちはだかった。その肩を、赤い線が貫く。


「痛みはある、が……それだけだ!」


 ゴーズィは刃の欠けた斧を持ち上げ、続けて叫ぶ。


「<変貌せよモーフ: 死に急ぐ者の魂エインヘリャル>」


 白い斧は金に輝き、その柄とする大剣を分離させた。その片刃に細かく線が入り、徐々に浮き上がって天使の羽毛のようになる。

 盾もまたその縁をだんだんに変形させ、剣と同じく神々しい姿となった。


「MPを常時消費する形態だ。あまり使いたくなかったが……致し方ない」

「つまり、本気ってことね。協力してあげようじゃないの!」


 二人がそう構える先の暗がりから、影を弾くように輝く真珠が現れた。

 仮面の下の素顔は思いの外幼く、ツインテールがやけに似合っている。

 もっと落ち着いた雰囲気だと思っていたスピネラは、少しその表情を意外に思った。

 ファーラ。仮面の淑女は今や少女に戻ったかのように、顔いっぱいに怒りを浮かべていた。


「あーもう! 最後の晴れ舞台なのに台無し!」


 彼女が憎悪を滲ませて叫んだ。スピネラとゴーズィは目を点にし、思わず顔を見合わせる。


「……そんなキャラだったか?」

「別にどんなキャラでもいいでしょ! えーん、スズちゃんにがっかりされちゃうよう」


 ゴーズィがおずおずと尋ねると、彼女は怒りながら泣き真似をする。まるで拗ねた子供だ。

 こんなに幼い人だったの。スピネラは自分のことを棚に上げつつ、心の中でそう呟いた。

 そんな彼女が実子をあんなに容易く手にかけたのだと思うと、スピネラは腹の底がすっと冷えていく気がした。


「スズちゃん。私頑張るね。スズちゃんのためなら、私どれだけ傷ついたっていいもん」


 ファーラは恍惚とした顔で、首にナイフを突き立てた。空を走った血流が、軌道を変えてスピネラたちに襲いかかる。

 ゴーズィが輝く盾で血飛沫を弾いた。金の粒子がその弾みに舞い、それらがある程度空に集まると、パラディンの回復スキル<清浄なる光>の効果を発揮する。

 時間稼ぎはできる。スピネラは自身のMPの回復を待ちながら、ファーラに向かって問いを投げかけた。


「それもスキルなの?」


 首から蜘蛛の足のように血を生やしたファーラは、冷え冷えとした目でスピネラを見つめ返した。


「そうよ。<血に濡れる終幕アンサンブル・フィナーレ>……。私の子供たちも同じスキルを使うの。それぞれ形は違うけど、同じ題名」


 発現したスキルが同じ。

 それは家族であることが関係しているのか、はたまた、トラウマの根が同じということか。

 スピネラは少し興味を惹かれたものの、深く立ち入った質問をすることはしなかった。


「さあ、終演といきましょう!」


 ファーラは華々しく叫んだ。先程までの子供らしい様子はもうなかった。

 まるで名役者がいくつもの人物を演じ分けているかのようだった。

 ファーラの首から伸びる血が細く分岐し、次々と地面へ突き刺さった。そして地中から引き抜くように、虚なスケルトンたちを出現させる。

 操り人形の軍隊が、一斉にスピネラたちに襲いかかった。


「<聖なる障壁>!」


 ゴーズィがそう唱えると、彼の盾を延長したかのように光の壁が現れた。その金色の光に触れた途端、骸骨たちはじゅうじゅうと音を立てて消えていく。


「やっぱり、駄目でしたか」


 諦めたように呟くファーラに、スピネラの放つ氷柱たちが突き刺さった。


―――――


「なるほど。支払ったHP分の固定ダメージ、または固定回復になるんですね。暴力でもあり献身でもある、カーマちゃんらしいスキルです」


 マサはそう言って薄く笑った。そして刀を横に持ち、左手でその刃をなぞる。


「マダムも死んでしまったようです。おそらくはあの二人のギルドマスターが……。これは結構、ピンチかもしれませんね」


 その言葉とは裏腹にマサは焦りを感じさせない、むしろ静かに澄んで冷ややかな瞳をセンリたちに向けた。


「でも味方がいなくなったということは、ようやく本気を出せるということです」

「本気……?」


 カナギが苦々しく尋ねた。今までは本気ではなかったのかと言うかのようだった。


「ええ。僕のスキルは仮面でもあり、枷でもあるんです」


 マサの瞳が燃え上がったような気がした。あのときの、対岸の火を見つめているような目とは違う、炎の中にいるような目。


「<夢幻泡影むげんほうよう>」


 マサの姿が炎のようにゆらめいた。濃茶の髪は炭化するように黒へと変色し、簡素なメイド服は火傷した皮膚のように膨れ上がって、豪華絢爛な着物へと化ける。

 そして彼の頭からするすると生え出たのは、ビーストであることを示す狐の耳だった。

 『仇花の宿』の協力者であり、マガミの忍刀であるマサ。その正体は、炎魔法を操るソーサラーなのだ。

 知恵の天使の力を受け継ぐ狐のビーストは、誰よりも強烈な魔力を有する。

 だからだろうか。ただ立っているだけだというのに彼の周囲は燃え上がり、その姿はいつまでも蜃気楼のように歪んで見えた。

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