047: 開戦 -- 草原にて

 以前と同じく天空に受付場所が作られていた。しかし事前情報によると、今回のフィールドは森林から砂漠まで多様な環境を揃えた、かなり広い空間とのことだった。


「センリ、大丈夫か?」


 受付の無機質な空間の中でぼんやりと立っていると、前回緊張していたのをすっかり見破っていたらしいカナギが、心配そうに声をかけてきた。

 センリはいつものように笑みを張り付けようとしたが、少し考えて俯いた。


「……いや、結構緊張しとる。お前と戦えるんがこれで最後やと思うと、どうしてもな」


 そう答えると、カナギは一瞬きょとんとして、大きな声で噴き出した。


「っぷ、あはは! 何健気な後輩みたいなこと言ってんだ!」

「だ、誰が後輩や! 俺は真剣に悩んどったんやぞ!」


 笑われたセンリはついムキになって言い返した。しかしカナギは落ち着くどころか、ますます苦しそうに笑った。


『試合開始まで残り五分――』


 アナウンスが響いてようやくカナギは一息ついた。


「俺が人前で戦うのもこれで最後だろうな。そしてきっと、ブッファとセリアに会えるのも……」


 寂しそうな顔をするカナギに、センリはかける言葉を見つけられなかった。その代わり、影の中に潜む猫の視界からライバルたちの姿を拾い上げた。

 カーマとクーシーが無表情で時が来るのを待っていた。ゴーズィは緊張で固まるヨウを励ましている。

 そこから少し離れたところにスピネラがいた。その隣には広場で見かけた狐耳の少女が険しい顔で立っていた。

 あれはヨウの姉だ。この場で姉弟喧嘩に巻き込まれるのは避けたい。センリは重くなっていく胃を抱えながらまた猫を走らせた。

 会場の隅に、ブッファとセリアの姿はあった。いつものようにヴェネチア風の仮面を着けた彼らは、豪奢なドレスに身を包んだ女性に肩を抱かれていた。蝶を模した仮面を着けた彼女こそが、『マスカレード・ファミリア』のギルドマスターである“マダム・バタフライ”ファーラなのだろう。

 彼女の横にひっそりと佇んでいるのはメイドのようだった。顔には狐面を着けており、その素顔は分からない。その腰には本差しらしい刀を帯びており、恐らく前衛職なのだろうと思われた。

 ファーラはマサと組むと思っていたセンリは内心首を傾げた。ソーサラーであるマサなら刀を持っていないはずだ。


『転送開始まで、残り十秒――』


 センリはゆっくりと瞼を開けた。目の前のカナギがにっと笑って、励ますようにセンリの肩をぽんと叩いた。


「大丈夫だ、センリ。俺とお前なら」

「何だってできる。せやろ?」


 言葉を取るようにセンリが笑い返すと、カナギは目を見開いて破顔した。


「ああ、もちろんだ!」


 そして試合は始まった。

 二人が転送されたエリアは草原のようだった。物陰が無いので猫を偵察に使うことができず、センリは普段よりも慎重に辺りを見回した。


「向こうに森がある。行くか?」

「そうしよか」


 カナギが指さした方に駆けていこうとしたときだった。センリの足元の土をまくり上げて、バチバチと音を立てる雷の茨が生えだした。


「やべっ」

「<展延>!」


 センリの身体を宙に持ち上げた茨は、カナギの剣戟を受けて即座にバラバラになった。


「あんがと」


 空中で身を翻らせ着地したセンリは、【妖刀クラオカミ】を抜き放って即座に構える。そして見晴らしの良い草原に現れた、二人の少年を睨んだ。


「早速接敵か」


 カナギも苦々しい顔になって刀の切っ先を前に向けた。


「カナギ! センリ! 会いたかった!」


 そこにいたのは『マスカレード・ファミリア』の双子、ブッファとセリアだった。どちらも仮面で表情は窺えないが、ブッファはとても楽し気に腕をぶんぶんと振っており、セリアは肩をすくめているようだった。


「応戦しながらなるべく森の方へ向かおう」

「せやな。ただ、向こうも裏がありそうや。気ぃ付けや」

「ああ」


 そう言葉を交わした直後、ブッファが草を蹴散らす勢いで鎌を片手に切り込んできた。

 刃が打ち合う音が高く木霊する。瞬時に前に出たカナギが刀で受け止めて、鎌の勢いをいなしていた。

 弾かれたブッファは鎌をぶんと振って上手く体勢を立て直し、そのまま重力と戯れるように鎌を振り回しながらカナギの周囲を駆け巡った。

 対するカナギは隙を見せぬまま刀を構え、じりじりと身体の向きを変えてブッファの動向を睨む。

 センリは手の中の黒い刀を握りしめて意を決すると、ブッファの背に向かって刃を抜き放った。しかし前方から飛来した雷の球に気づき、慌ててそれを切り捨てた。


「させませんよ」

「まあ、そうなるよなあ」


 顔を上げると、魔導書を片手に持ったセリアがゆっくりと歩いてきていた。そして手をかざしまた雷の球を浮かばせるのを見て、センリはさっと距離を取った。

 とにかく遮蔽物のある所へ行かなければ。見晴らしのいいこの草原では、センリの能力が使えない上に飛び道具を使う相手の方が有利だ。


「カナギ! こっちへ!」

「分かった!」


 カナギはすぐに返事を寄こしたが、阻むようにブッファが回り込んで鎌を振った。


「駄目! カナギはこっちで僕と遊ぶのー!」

「くっ。流石に気付いてるか」

「ええ、もちろん気づいていますよ。地形の有用性、そしてカナギさん、あなたを封じ込める必要性にもね」


 セリアが手の向きを変えると、今度はカナギの足元から雷の茨が突き出した。しかしカナギは冷静に懐から黒い短刀を取り出し、手際よく茨を刈り尽くした。


「これじゃ簡単に対処されてしまいますか。やはり<麻痺耐性>があると、なかなか動きを止められませんね……」

「セリア、どうするー?」

「火力で押し切るしかありません。足止めは頼みました」

「えへ、了解!」


 そしてまた打ち込まれる刃をいなしながら、カナギは眉をひそめてセリアの方を警戒していた。


「カナギ!」


 センリは踵を返し、カナギの助太刀へ向かおうとした。しかしその足はセリアの茨に絡めとられてしまう。


「ブッファ、練習通りにやりますよ」

「うん!」


 セリアの足元に魔法陣が浮かび上がった。ばちばちと雷光がセリアの周囲を取り囲み、風に巻かれて彼の髪がふわふわとなびいた。


「まずい! あれは雷魔法の最上位スキル……」


 センリは茨の棘を身体に食い込ませながら叫んだ。足元の影から猫を走らせたとしても、雷の光に近づくことはできないだろう。


「範囲外まで逃げるしかないな」

「そんなことしたって、もう間に合わないよ!」


 カナギがじりじりと距離を離していくのを、上機嫌にブッファは追いかけた。


「さあ! 神の怒りを食らう準備はできていますか!」


 セリアが上ずった声を上げたのと同刻、空からひそひそと言葉は降ってきた。


「“星とは神の言葉、魔法とは神の模倣。星の怒りは沈黙の中に、人の罪科は沈黙の中へ”」


 その瞬間、センリを縛る茨たちが一気に霧散した。セリアが立ち上らせていた雷たち、そしてその足元の魔方陣も消えていき、彼は愕然とした様子でその声の主を見上げた。


「スターシーカー……なぜここに」

「私はただ迎えに来ただけ」


 空から舞い降りたのは、金の羽を輝かせるクーシーだった。彼女はセンリを守るようにその前に立ち、セリアたちを見据えた。


「迎えって、誰をや」


 センリが険しい顔でそう尋ねると、彼女はちらりとこちらを振り向いて言った。


「センリさん、あなたを」


 そう言い終わるや否や、彼女はセンリの手を掴んで羽をきらめかせた。


「カナギには悪いけど、センリには私たちの計画に付き合ってもらう」


 その言葉を聞いたカナギは、はっとして刀を構えた。


「させるか! <展……」

「カナギは僕と遊ぶの!」


 しかしそこにブッファが切り込み、カナギはその刃を弾き返すしかできなかった。


「カナギさんが孤立するなら僕たちとしても望んだことです。ブッファ、僕はMP回復に専念しますから、それまで時間稼ぎをお願いします」

「了解!」


 草原の風景がだんだんと下へ離れていくのを見ながら、センリは叫ぶしかできなかった。


「カナギ! 俺はすぐ戻る! それまで何とか耐えてや!」

「ああ! 信じてる。俺たちなら勝てる」


 センリの腕を握りしめるクーシーは、ふと柔らかな声で呟いた。


「今度、二人の絵を描かせてください。いい絆を写し取れると思います」

「……考えとくわ」


 そうして空の冷たい風に髪を弄ばれながら、センリはクーシーに運ばれていった。

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