最終章 二人の青年は共に背負って行く

046: 準備 -- 『仇花の宿』にて

 首枷のおかげで暴走せずに済むと知った千織は、テイマーの力を戦闘でも使うことに決めた。

 カナギに練習相手を頼み、刀の扱いを修練した。猫たちを操作しながら自身も刀を振るうのはなかなか難しかったが、経験を積むうちになんとか形にすることができた。

 そして黒豹へ転じる能力。首枷のおかげか全身が豹へ変わることはなく、首枷から伸びた影が手や足に巻き付くことで、身体の一部だけに豹の力を備えることができるようになっていた。

 驚いたのは、その能力を使っている間、千織も黒猫たちと同じように影の中を移動できることだった。しかしカナギは数回見ただけで影の機微を読み取れるようになったらしく、同じ相手に多用するのは得策ではないと千織は心に留めた。


「戦えるテイマーか、面白いな」


 練習試合を終え、刀を納めながらカナギはそう言った。膝をついて息を整えるセンリはちらりとカナギを見上げて尋ねた。


「カナギはテイマーと戦ったことあるん?」

「テイマーは無いけどネクロマンサーはある。モンスターの後ろに隠れて勝負が決するのを待ってる奴ばかりだ。確か、ファーラもそのタイプだったはずだ」

「ファーラ?」


 カナギの説明の中に聞きなれない名前があり、センリは目を丸くしてまた尋ねた。するとカナギのほうもきょとんとした顔になり、首を傾げて口を開いた。


「知らないのか? 『マスカレード・ファミリア』のギルドマスター、ファーラ。通称“マダム・バタフライ”。自分を餌にして有利な状況に持ち込むのが特徴の、駆け引きでのし上がった凄腕ネクロマンサーだ」


 カナギはファーラという人物の戦い方まで熟知しているらしい。おそらく、PKエリアで出くわしたことがあるのだろう。

 センリはPKエリアに用事があることはなく、通るときもその敏捷性を生かして一瞬で突っ切るため、PKに巻き込まれたことはない。

 そのため『マスカレード・ファミリア』の情報も、マガミに与えられたもの以上のことは知らないのだった。


「頭脳派か。今回のイベントやとかなり厄介な相手になりそうやな」


 センリがそう返すと、カナギは神妙に頷いた。


「ブッファとセリアがファーラの罠に誘い込もうとしてくるかもしれない。相手に戦う場所を選ばせない立ち回りが必要だ」


 そうしてカナギは視線を落とし、考え込むように沈黙した。

 センリは縁側に腰を掛け、マガミの言葉を思い出した。

 今回、『マスカレード・ファミリア』の側にマサがいると彼は言った。ということは、ファーラと組むのが彼なのだろう。

 彼らも脅威だが、恐らく今回も出場するであろうカーマとクーシー、そして新興ギルドの宣伝に忙しいスピネラやゴーズィも警戒する必要がある。

 そこでセンリははっとして口を開いた。


「せやカナギ。この前ヨウに会うたんやけど、あいつもイベント出るって」


 するとカナギは一瞬目を見開き、手をポンと打った。


「なるほど。ゴーズィの相方はあいつか」

「そうらしい。ヨウ、どんぐらい強い?」


 センリがそう聞くと、カナギは少し唸って答えた。


「飲み込みは早かった。俺ぐらい使いこなせているとは言えないけど、俺の教えた技は一通り頭に入ってるはずだ。それに、あいつにはマガミも教えたことがある」

「マガミが? 珍し」

「狼のビーストとしての力を生かす戦い方があるらしい。詳しくは俺も知らないんだ」


 ため息交じりにそう言って、カナギはセンリの横にそっと座った。


「もう一つの新興ギルド、『ゆきみの館』の方はどうなん? この前、広場で派手に暴れとるんを見たけど」

「ああ……。ギルドマスターが出るのは聞いてるけど、その相方が誰かは知らないな」


 『ゆきみの館』ギルドマスター。一瞬で噴水から氷像を作り上げた、氷の魔術師。

 その名前は、確かスピネラと言ったはずだ。

 一筋縄ではいかなそうな火力職というだけで、単なる盾職であるゴーズィよりもよほど怖い相手だった。

 センリの懸念が伝わったかのように、カナギは考えながらも詳しく説明し始めた。


「『ゆきみの館』のギルドマスター、スピネラは氷魔法が得意なソーサラーだけど、その強みは魔法じゃない。彼女の編み出した氷魔法スキル<鏤氷フローズン・アート>は、氷で立体物を作ることができる。それを自在に操って武器にするのが、彼女の十八番だ」


 <鏤氷フローズン・アート>。たしか広場で氷像を作るときに使ったスキルのはずだ。

 センリは一つ頷いて尋ねた。


「つまり……魔法で作った武器で戦う、前衛職みたいなもんってことか?」

「そう。耐久は脆いから、剣豪とかアサシンが近いな。でも魔法職らしく後方支援もできる。臨機応変に戦い方を変えるから予測しづらい」


 そこでカナギは一息つき、より深刻な声色になって言った。


「それに一番すごいところは、一度見たものを正確に模倣できるってところだ」

「一度見たものを、正確に……」


 彼女がつけていたクーシーの羽、あれは<鏤氷フローズン・アート>で正確に模倣して作ったものだったのだ。

 それが飛行能力を有していたということは、強力な装備をそのままコピーして使うことができるのだろう。

 たとえ材質が脆い氷だとしても、その強力さは計り知れない。

 センリが愕然としてカナギの方を向くと、彼は言いづらそうに眉をひそめながらおずおずと口を開いた。


「彼女は動きの模倣も上手い。正直……ヨウよりもスピネラの方が、俺の剣技を上手く使う」

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