015: 二面 -- 闘技場にて
喉を押さえた手から血を滴らせてセリアは座り込んでいた。仮面でその表情は読めなかったが、ブッファのほうを見つめる彼はどこか恨めしそうな雰囲気を漂わせていた。
「セリア」
センリが呼びかけると、セリアはゆっくりとセンリを見上げた。
その横にそっと腰を下ろし、ブッファとカナギの方に目をやりながら、センリは口を開いた。
「俺もな、兄さんがおんねん」
出し抜けに吐き出されたその言葉に、セリアが小さく息を呑んだような気がした。その反応に、ブッファと彼が兄弟であることは間違いないのだろうと思った。
「不器用やったけど優しい人やった。大学に行かないまま働いて、それで得た金を俺の学費の足しにしてくれた」
セリアは微かに俯いた。白いつるりとした仮面に影が落ちていた。
「俺は、自分で言うのもなんやけど、めちゃくちゃ頭が良かった。それで高校生のときにアメリカに渡ることになった。そんとき兄さんに見送ってもらって……それが最後になった。兄さんに会えたんは」
なぜ自分は赤裸々に喋っているのだろうと、センリは自問しながらも語り続けた。一度流れ出た水は止められないように、言葉もまた滔々と溢れた。
「俺がアメリカに渡ってしばらくして、兄さんの精神がおかしくなったと親から連絡がきた」
セリアははっとしてセンリの顔を見上げた。
「もともと兄さんは自分を責めがちだった。というか、親がそうだった。兄さんはずっと俺と比較され続けた。それを真に受けた俺も、兄さんは馬鹿なんだと思い込んでいた。……とんでもない思い上がりよな」
センリはそっと首を傾けて、セリアの方に顔を向けた。大人びた格好に包まれたその少年らしさを眩しく思った。
「俺はお前が羨ましい、セリア。だってお前の兄さんは、あんなに生き生きしとるんやから」
闘技場の真ん中では、カナギがいよいよブッファを追い詰めていた。彼の刀が鎌を弾き、次いで手首を寸断した。ブッファは一瞬悲鳴を上げたが、すぐに楽しそうな笑い声に変わった。
異様な光景だった。遊びと暴力をはき違えていると思った。しかしその二者に、違いなどないのかもしれなかった。
「あはは! もう降参!」
「分かった。また今度、勝負をしような」
カナギは手早くブッファの首をはねた。彼は空に浮かんだまま粒子となって消えていき、それをカナギは鳥が飛んでいくのを眺めるような顔つきで、ただ見送っていた。
ふいに横のセリアがせき込んだ。魔法の詠唱をするのかとセンリは刀に手を添えたが、彼はただぺたりと仮面に手を当てて、数回息を吸ってから喋り始めた。
「センリさん。僕たちもまた会いましょう」
彼の声色は数段子供らしくなっていた。
カナギがくるりと振り返って、ゆっくりとこちらに歩いてきた。セリアは降参の意志を示すように両手を上げて立ち上がり、横のセンリに向けて続けた。
「次は素顔で」
カナギは不思議そうに首を傾け、センリに視線を投げかけた。センリは何も言わず、ただカナギに頷きを返した。
その意図を汲み取ったカナギは、さっと刀を閃かせた。頭と胴体が切り離されたセリアは、後ろに倒れ込みながら粒子へと変わっていった。
『試合終了。勝者は次の試合が始まるまでロビーにて待機してください。転送開始まで5、4、……』
寒々しい闘技場にアナウンスが響き渡った。この試合が観客の目にどう映ったのだろうかと思うと、センリは今更腹痛を感じるのだった。
―――――
何故か敵プレイヤーと並んで座りカナギを見守るセンリの姿に、マガミは頭を抱えた。
「こんなん良くておもしろ試合扱いじゃねえか! 何やってんだセンリの野郎!」
その叫びにざわざわと笑いが広がる中、ヨウが励ますように言った。
「でも、おかげでカナギさんの動きが見やすいですよ! 勉強になります!」
「勉強しろとは確かに言ったが……! そうじゃねえだろ」
文句を言い足りなさげな顔をするマガミは、スナック代わりの肉まんを取り出して頬張った。
そして視界の端にメッセージ受信の通知が表示され、口の中の肉まんの熱さに顔をしかめながらそれを読んだ。
『心的外傷の具現が発生するかと思ったのですが、杞憂でしたね』
その文章はマサからの試合の感想だった。マガミは口内の熱を吐き出し、返信を入力した。
『お前がそうなるように仕向けたんだろ。どうせセンリの横に座ってたガキあたりに、兄弟のことを打ち明ければ動揺を誘えるとかなんとか、お前が吹き込んだんじゃねえのか』
『あら、バレました?』
マサの返事は素早かった。
『お前は無理やりにでも研究に有利な場所を作ろうとするからな。科学者の姿勢として良いとは思えん』
『汚職警官にだけは言われたくないですね。それに、実験に適した環境を用意するのも科学者の仕事ですよ』
口撃もあっけなくやり返され、マガミはむかっ腹を誤魔化すように肉まんに噛みついた。
『そういえば、ドクターはすっかりカナギくんに興味が湧いたみたいです。そこであの計画をお話してみたところ、ドクターからも肯定的な反応を頂きました』
ふいにテレビの音声が盛り上がった。どうやらそろそろ次の試合が始まるようだった。
マガミは沸き立つギルドメンバーを眺めながら、つまらなさそうな顔で肉まんを口に押し込んだ。
『そうか。センリだけが唯一の懸念点だな。マサ、今度頼みごとをしてもいいか』
『ええいつでも。それでは、うちはカーマちゃんの応援に戻りますね』
マサの返信を読んだマガミは、肉まんを飲み下して口の端を乱暴に拭った。獲物を捕らえたという達成感が、ありありとその顔に表れていた。
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