016: 黄金 -- 闘技場にて
ひっそりとした受付フロアで、センリとカナギはのんびりとセミファイナルの終了を待っていた。頭上にあるモニターに試合の様子が映し出され、実況と解説の声も聞こえてくる。
『おおっと! ここでシールド付与! ガンナーを無理やり前衛にすることに成功し、火力と盾と支援の三役を二人で見事に補っています!』
『バフスキルのクールタイムを意識すれば隙を見破ることができるのですが、クーシーさんは瞬時発動型のスキルと時限発動型のスキルを織り交ぜて使っているので、いつその効果が発動して途切れるのかを見極めるのが難しいようです』
熱く盛り上げる実況役と冷静に状況を分析する解説役は、場内アナウンスの声とほとんど同じようだった。それでも聞き分けができるほど、彼女たちの声には見事に感情が表れていた。
しかしそれ以上に耳に飛び込んでくるのは、激しい銃声だった。ぱぱぱと銃撃音が絶え間なく響く様は、降りしきる雨の中にいるかのようだった。
『しかし、どうしてカーマさんはあんなに乱射できるんでしょうか? 魔弾はリロードが要らない代わりに、かなりのMPを消費するはずですが……』
『おそらくクーシーさんがMP回復のバフをかけているのでしょう。火力職のワンマンチームと見せかけて実際は支援職が暗躍しているというのは、先ほどのセンリ・カナギチームと同じですね』
まるでセンリの疑念を見透かしたかのように実況解説の少女たちは喋った。
「センリ、あれをどう崩す?」
モニターを睨むように見つめながらカナギがそう尋ねた。センリも眉根を寄せながら、ゆっくりと口を開いた。
「素早く支援役を倒しに行くしかない。あれは恐らくスターシーカー……回復よりもバフでの支援が得意な職業や。耐久力はそんなにないはず」
「確かに。でもそれをあのガンナーが許すか?」
カナギが凝視するモニターには、歪んだ笑顔を振りまきながら撃鉄を引きまくる少女がいた。狙い撃つというより弾を撒き散らすと言うべきその戦い方は、決して接近することを許してくれそうになかった。
「今回の試合の始まり方を覚えとる? しょっぱなからカーマは打ちまくって牽制。その間にスターシーカーの子が恐らくMP回復のバフを盛り、そっからはMPの量を調整しながら撃つだけでもう隙無しよ」
「なるほど。つまり最初が肝心ってことか」
カナギはすぐに要点を掴んだらしい。センリは彼の頭の回転の速さに内心驚きながら続けた。
「せや。俺が最速でスターシーカーの子に切り込む。カーマの意識が俺に逸れたらカナギがその隙を突けばいいし、もしそのまま銃を乱射されたとしても、スターシーカーさえ落としてしまえばこっちは凌ぐだけでええ」
カナギは納得を示すように小さく頷いて、ふと首を傾げた。
「銃弾の凌ぎ方はどうするんだ?」
センリは少し考えて答えた。
「流石のカーマも全方位を一気に射撃することはできんはずや。俺は死角に逃げ込み続ける。カナギの場合、弾ごと空間を切れば退路は作れると思う」
「それは……やってみないと分からないな」
珍しくカナギは不安そうだった。しかしそれも当然だった。
いくら剣道界で名を馳せたカナギでも、銃を相手にしてどれほど立ち回れるかは分からない。
しかも銃は他の遠距離攻撃と違い、間髪入れずに連撃が可能だ。その上DEX基準で威力が調整されるため、DEXに成功率が左右される生産を極めた人間ほど、その威力が高くなるのだ。
『試合終了。勝者は次の試合が始まるまでロビーにて待機してください』
アナウンスがそう告げた。少しして受付の中に、二人の少女が姿を現した。
三日月のような角を抱いた豊かな金髪をかき上げ、カーマはふとこちらを見た。ひどくつまらなそうな顔だった。
その傍らにひっそりと寄り添う少女は、人形のように愛らしく無機質な表情をしていた。口は上品に噤まれて、金に輝く丸い目はぱっちりと見開かれている。
「話しかけにいくか?」
カナギは小声でセンリに問いかけた。彼もまた二人の少女がまとう歪んだ圧に、どうすればいいか分からないでいるのだろう。
「いいや。喋っても試合の様子以上の情報は出てこんと思う。そんなら、こっちの口が滑るリスクを冒す必要はない」
そうセンリが返すとカナギはきょとんとした顔をした。その様子を見てセンリは、彼にとって対戦相手とは、戦う敵ではなく高め合う仲間なのだと気が付いた。
「仲良う会話するんも諦めたほうがええで。横の子がどうかは知らんけど、カーマはお気に入りと一緒にいるときに邪魔に入られるんがめちゃくちゃ嫌いやから」
それを聞いたカナギは深々と頷いた。
彼はそういった独占欲を理解できるのだろうかと、センリはふと気になった。
『間もなく最終試合を開始いたします。転送開始まで残り5分』
アナウンスが四人の間の空気を張りつめさせた。
虫を見るような目でこちらを見ていたカーマは、横の少女に何か耳打ちをされた途端に朗らかな表情になった。その変わり身の早さにもはや感嘆しそうになり、センリは大きなため息を吐いた。
自分以外の三人は緊張を感じさせず、ありのままに振舞っているように感じられた。自分ばかりが考えを巡らせているのが馬鹿らしくなってきたが、それしか自分の武器は無いのだと、センリは己を鼓舞し続けた。
「センリ」
カナギが天真爛漫な顔をセンリに向けて口を開いた。彼の藤色の瞳はいつの間にこれほど輝くようになったのだろうと、センリはぼんやりと思いを馳せた。
「頑張ろう。俺たちなら最高の試合ができる」
そう言って差し出された拳を見やり、はっとしてセンリは答えた。
「ああ。俺らならなんだってできそうや」
センリはそう言って、自分の拳をカナギの拳に突き合わせた。カナギの眩しい笑顔は、センリの緊張に固まった心を溶かしていくかのようだった。
『転送開始まで残り10秒。……5、4、3、2、1……転送開始』
浮遊感の直後、センリはすぐに闘技場の地面を踏んで駆け出した。そして輝く蝶の羽を捉えた瞬間、赤い刃を抜刀した。
空気を裂くような音がした。センリははっとして跳躍しようとしたが間に合わず、血を噴き出す足を呆然と眺めながら、その身を空に投げ出した。
「そう来ると思ったよ。お兄ちゃん」
耳慣れた声が聞こえてきた。嘲笑を隠そうともしない声だった。煙を吹かす銃口をこちらに向けたカーマが、にたりと笑みを浮かべていた。
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